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2006年11月30日 (木)

「うぃきぺでぃあ」を信じないでください

ウィキペディア は安易に信用しちゃならん、というのは知っている人は知っていることで、実際三十一も「これちょっとおかしいんじゃないの」という記事を何度も見たことがある。

最近見つけた「親任官」の記事はその中でもちょっと凄い。「おかしい」どころか「間違い」と言ってもいいだろう。問題は「親任官(武官)」と題された項目。陸軍大将・海軍大将以外は全部「親補職」だ。その下に「親補職」の説明があるけど、これもおかしい。親任官は大将だけだからこそ、中将以下の階級の者が「親補職」に在職中は「親任官の待遇を享ける」のである。例えば参謀総長に陸軍大将が補職されようが、元帥が補職されようが、「参謀総長」という職はあくまで親補職。親任官ではない。

『この「親任官」は、日本の歴史に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。」』

ということだったので、しゃしゃり出る気はなかったがあまりに酷いのでいっちょ訂正してやろうかと「編集」ボタンを押したらプロバイダの使ってる IP がブロックされていて編集できなかった。
いつまでもこんなのが残っていると精神衛生上よくないので誰か修正してくれないかな・・・

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2006年11月29日 (水)

「シーア派」

三十一的には、「シーア派」がその名をとどろかせたのはあのイラン革命だが、考えてみればあれからすでに四半世紀が経ったというわけだな。
そういう経緯もあって「シーア派」と言えば「原理主義な過激派」という印象が強いのだが、実際には近頃ニュースを騒がせているイスラム原理主義者はほとんどスンニ派なのである。ただシーア派はイランを除いたほとんどの国で比較的少数派であって、差別的待遇を受けることが多いから過激な行動に走ることが多い。プロレタリアートが共産主義に走るのと同じ構図か。

読んで興味深かったのが、これまでほとんどの国で少数派に位置におかれ、いわば「自分の国を持たなかった」シーア派がもっていた国境を越えた連帯のようなものが、革命イランの成立によって「シーア派信徒間の共闘」が「国家としてのイランへの援助」とかなりの部分重なるようになってしまったためかえって単純に行いづらくなったという分析だ。その結果、イラン以外でのシーア派はむしろ「ペルシャに対するアラブ(あるいはそれぞれの民族)」としてのアイデンティティをより強く意識するようになったという。
シーア派中心のイラン革命が逆にシーア派の求心力を減退させた、ということか。

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2006年11月27日 (月)

「フェスティバル上等。」

ラノベが続きますけど、たまたままとめて買ったものです。これもシリーズもの。

「スラプスティック」というのはけっこうよく使われる宣伝文句だけど、往々にしてそれは「勢いだけ」と同義だったりする。しかしこの本の場合は「勢いだけ」ではなく、「勢い」+「バカップル」(ちょっぴりSFパラレルワールド風味)ということになるだろうか。

・・・駄目じゃん。

もともと絵柄につられて買ったようなもので、内容にはそれほど期待していなかったんだが、シリーズもはや6冊目ということでわかるとおり、そこそこ売れているらしい。そして三十一も読み続けている、というわけだ。
あたま空っぽにして読むにはぴったりかもしれないが、しかし本当に空っぽにしてしまうと読めないという微妙さ加減がちょうどいいのだろう。

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時計を買った

生身の三十一を知るものは驚くかもしれない。

三十一は普段、腕時計というものをしない。たぶんしなくなって10年以上経つだろう。これでもれっきとした(かどうか知らないが)サラリーマンでありながら、慣れてしまえば実はそれほど困らないものである。入社したときから今までずっとポケベルを持たされていてそれが時計代わりになったということもあるけれど。三十一が腕時計をするのは長期海外出張に飛ばされているときくらいだ。

そんな三十一だから高級腕時計なんて代物にはまったく興味がない。安価でそこそこ正確であれば十分だと思っている。その三十一が唯一、自分からほしいと思ったのが「懐中時計」である。なぜかって? だって渋いじゃん。いわゆる「鉄道時計」は懐中時計そのものだし。しかしもちろん緊急性などない。だからここ何年かは、ときどき思い出したかのように時計屋をのぞいては「やっぱり売ってない」と確認するにとどまっていた。

それが本気で探す気になったのは、今月初めに北海道に旅行に行った帰り「北斗星」の車内で時計代わりに使っていたPHSの電池が切れ時刻がわからなくなる、という事態に直面したからだ。当日の朝までホテルで充電していたPHSだが、丸24時間経った翌朝には電池が切れていた。それはもう電池が駄目になってるんだろうというのは重々承知しているんだが、列車の中という密室でまったく時刻がわからないというのがこれほど心細いものとは思わなかった。おまけにこの時乗っていた「北斗星」はダイヤより遅れて運転していたそうなのである。時計がないから自分では確認できなかったが車掌が車内放送でそう言っていた。

余談だが三十一はこれまで「北斗星」にあわせて3度乗っているが毎回遅れている。

閑話休題。そういうわけで安物ではあるが(と言ってもそこそこの値はする)懐中時計を入手した。さて背広を着ているときはこの時計はどう装着すればいいのだろう。

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「銀盤カレイドスコープ vol.9」

というわけで完結。

真ん中あたりでは、さては逆「紫の上」展開になるかと期待したが結局は色恋沙汰には成長しなかったようで。本筋とはまったく関係ないけれど。

ある程度、予想通りの結末で「友情・努力・勝利」という某少年誌を思い起こさせる。しかし正直なところ7巻あたりからガブリーの印象が強くて主人公を食ってしまった。もっともこれだけアクの強い主人公だけに完全に食われるまでにはいかなかったけれど、それでも「レギュラー出演の脇役」から「準ヒロイン」くらいには出世した感がある。

リアとタズサの関係が完全に修復しなかったのも、リアルである(あ、ネタばれ)。
大団円というわけではないが、おさまるところにおさまったと言えよう。「完結感」(そんな言葉があるかわからないが)はちょっと不足気味だけど。

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また負けた

また負けましたな。

先週馬鹿な負け方をしたかと思ったら、今度は連敗かい。しかも同地区のKC相手に。
これでKCにも並ばれちまったというわけだな。

なんだか激しく既視感に襲われている気がするのは三十一だけだろうか。去年は地区優勝したけれど、その前までの数年はほとんどこんなパターンだったような・・・
うまくすればワイルドカードに滑り込めるかもしれないけど、そんなんじゃプレーオフを勝ち抜けるかどうか。

だんだん悲観的になりつつあるなあ。

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2006年11月26日 (日)

「銀盤カレイドスコープ vol.8」

これアニメになってたのって去年だっけ。今年のはじめだっけ。まあいいや。アニメになる前の原作の時点からすでに読んでいたけど、別に自慢するようなことではなくてただ書評サイトで評判が良かったから読んでいたというだけの話。
そもそも、最初の2巻で話としては完結していたはずだったのに、好評だったのだろう、ここまでひっぱられてきた。しかしこの vol.8 と同時に発売された vol.9 で本当に完結ということになったようだ。まあちょうど潮時だろう。ずるずると引きずって支離滅裂のまま尻切れトンボに終わったあれやこれや・・・ウホン。それはそれとして。

絵に描いたような萌え絵柄(まあ本当に「絵に描いた」わけだが)で表現される主人公がリンクで○○するのはちょっと想像したくなかった。
ストーリーの感想は次巻を読み終えたところで。

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2006年11月25日 (土)

165系は湘南電車?

http://www.asahi.com/life/update/1124/014.html

秩父鉄道の「秩父路号」引退の記事中で

>秩父路号は、もともと東海道線を走るだいだいと緑色の「湘南電車」(165系)

165系を「湘南電車」というのは違和感があるなあ。確かに橙と緑の塗り分けではあったけれど、やはり「湘南電車」というからには113系もしくは80系でないとね。

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2006年11月23日 (木)

「天使は結果オーライ」


実際に読み終えたのは一昨日くらいだったと思う。
旧装版を血眼になって探してようやく入手したのは5年くらい前だったかな。

内容はほとんど変わっていないと知りつつ新装版もやはり買ってしまった。
評判が良ければ続編を出す気になるかもしれないという淡い期待を抱いて、そのために三十一ができる唯一の方策として売り上げに貢献してみたという次第。
しかしせっかく買ったんだからまた読んでみる。
何度読んでも楽しく読めた。ただイラストのスキンタイト宇宙服がちょっとおとなしくなったような気がしてそこだけが残念。

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2006年11月22日 (水)

「『水からの伝言』を信じないでください」を読んで考えよう

激しく今さらな気がするが、やはりリンクしておこう。

「水からの伝言」を信じないでください

三十一はこの趣旨に全面的に賛同する。

はじめ、この記事のタイトルを
  「『水からの伝言』を信じないでください」を信じよう
とするつもりだったのだが、やめた。

三十一が思うに、「水伝」が正しいか正しくないかは本質的な問題ではない。
もちろん、「水伝」が正しくないことは自明であろうと思う。
学校教育に使用することにも反対する。

しかしそれ以上に、そして「水伝」以前からしばしば三十一が苛立ちを覚えたのが、自分で考えることなく「誰々が言ってるから」「テレビでやってたから」「大企業が売ってるから」というだけの理由で簡単に信じ込んでしまう「思考停止」が蔓延していることだ。

このアピールを出しているのは学習院大学の物理の先生だが、「専門の学者が言ってるんだから信じちゃいけないんだ」というのも同様の思考停止である。

このアピールをきっかけに巻き起こった「反証実験」騒動も結局は問題の本質をどこにおくか、単に「水伝が正しいか正しくないか」を問題にするのか、それとも「水伝のようなニセ科学が一定の支持を得てしまうその背景」を問題にしているのかのズレが引き起こしたように思える。
「やって見せれば済むこと」という主張は知らず知らずのうちにその「思考停止」の陥穽に陥っているのだ。

だからタイトルを「信じよう」ではなく「読んで考えよう」とした。読んで判断するのは自分であり、その責任も自分にある。他者に判断を委ね、責任まで委ねようとするのは虫が良すぎる。

「水伝」に関するリンクはいくらもあるが、少なくともここは読んでおこう。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1163435860

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機嫌が悪い

実質的に最初の書き込みがこれだというのはどうかと思うが、事実だからしかたない。

今週は機嫌が悪いのである。

なぜなら、今週の試合でデンヴァーが負けたのだ。
(なんのことだかわからない人は旧サイトに飛んで「愚痴の捨て所」全6年分余を読んでみよう ^^;)

現在デンヴァーは地区首位だがサンディエゴと同率で並んでいる。
今週の試合はそのサンディエゴを地元に向かえての直接対決。シーズンも後半に入りつつあるこの時期、どうしてもとっておきたい試合だった。その試合を落としたのだ。

しかしただ負けただけならそれほど機嫌が悪くならない。
その負け方がどうにも納得のいかない負け方だった。

終盤まで勝っていた試合をひっくり返されたのはいい。
そんな試合は昨年まで何度も見てきた。デンヴァーの持病だと思えないこともない。

場面は後半も4Q、残り3分10秒。スコアは27-28でわずかに1点差。
デンヴァーの攻撃だがすでに4ダウンとなり、ポジションは自陣38ヤードという状況。

実はこの試合、三十一は会社の昼休みに自席で見ていた。
テレビではなく公式サイトのスコアブックをリアルタイムで見ていたのだが、このとき三十一は当然パントを蹴るだろうと思っていたのだ。
まだタイムアウトも1つ残っていたはずだし、残り3分10秒ならこの厳しい位置で無理をする必要はないはずだ。

しかしリロードした三十一は愕然とした。
デンヴァーのヘッドコーチ・シャナハンはギャンブルに出たあげくインターセプトをくらい、敵にボールを献上した上にエンドゾーンの手前23ヤードまで進まれてしまった。
結果、やすやすとタッチダウンを許し残り時間1分あまりで35-27に差を広げられた。

ここ何年かのシャナハンはよくこういう、いい言い方をすれば強気な、しかし三十一からみると無謀なプレーを選択して墓穴を掘ることがある。
この敗戦でデンヴァーの状況はかなり厳しくなった。
そろそろシャナハンも交代したほうがいいんじゃないか?

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blog はじめました

まずこれだけは説明しておかないと今後わけがわからないと思うので。

「三十一」はハンドル名です。「みそひと」と読みます。
PC-VAN 時代から長年使っているハンドルなのでそれなりに愛着がある、というかすでにこれ以外のハンドルなんて考えられない状態になりつつあり。

山本五十六が「五十六」と命名された理由を自分に適用したら「三十一」になりました。
詳しくは旧サイトでも見てください。
http://homepage2.nifty.com/nishidah/

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