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2006年11月29日 (水)

「シーア派」

三十一的には、「シーア派」がその名をとどろかせたのはあのイラン革命だが、考えてみればあれからすでに四半世紀が経ったというわけだな。
そういう経緯もあって「シーア派」と言えば「原理主義な過激派」という印象が強いのだが、実際には近頃ニュースを騒がせているイスラム原理主義者はほとんどスンニ派なのである。ただシーア派はイランを除いたほとんどの国で比較的少数派であって、差別的待遇を受けることが多いから過激な行動に走ることが多い。プロレタリアートが共産主義に走るのと同じ構図か。

読んで興味深かったのが、これまでほとんどの国で少数派に位置におかれ、いわば「自分の国を持たなかった」シーア派がもっていた国境を越えた連帯のようなものが、革命イランの成立によって「シーア派信徒間の共闘」が「国家としてのイランへの援助」とかなりの部分重なるようになってしまったためかえって単純に行いづらくなったという分析だ。その結果、イラン以外でのシーア派はむしろ「ペルシャに対するアラブ(あるいはそれぞれの民族)」としてのアイデンティティをより強く意識するようになったという。
シーア派中心のイラン革命が逆にシーア派の求心力を減退させた、ということか。

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