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2007年1月20日 (土)

「枯れた技術」は自然に枯れたわけじゃない

先日ちょっと書いたが、松浦さんが L/D で「はやぶさ2」についていろいろ書いている。その中の旧ISASと旧NASDAの「失敗」に対するメンタリティの違いに関する記事を読んで思ったことをちょっと書いてみよう。

主に工学系で使われるものだと思うが、「枯れた」という言葉がある。「枯れた技術」「枯れた構成」「枯れたバージョン」などと使って、十分な実績をもった成熟したものというニュアンスをもつ。
どうしても失敗できないプロジェクトの場合はまず「枯れた技術」を組み合わせることを考える。そうすればまず失敗することはない。余計なトラブルの対応に忙殺される可能性もほとんどない。
しかし、考えてみれば当然のことだが「枯れた」技術は最初から枯れていたわけではない。誰かが「まだ枯れていない」技術のトラブルを洗い出し、トラブルを潰し、実績を積んで「枯らせた」のであって、そこには膨大なリスクとコストがかかっている。
仮にすべての人がこのリスクとコストを回避して、新しい技術を「枯らせる」ことを怠ると、いつまでたっても新しい技術が定着することがなくなってしまう。つまり、進歩がなくなるのである。

「失敗できないから、多少時代遅れでも『枯れた』技術だけを採用する」という選択ももちろんあるだろう。その一方で「多少のリスクは覚悟の上で、最先端のまだ『枯れていない』技術を採用する」という選択肢もある。どちらを選ぶかはそれぞれのプロジェクトが置かれた状況によるものであるから一概にどちらがよいとは言えない。
しかし、『枯れた』技術を選択したものは、5年なり10年なり100年なり以前にまだ『枯れていなかった』その技術を、コストをかけて『枯らせた』人たちの恩恵を受けていることを意識しているだろうか。
普段から意識している必要はないかもしれないが、せめて「新しいものに飛びついていらぬ苦労を背負い込んでいる馬鹿な連中」というような考えだけは改めてもらいたい。

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