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2007年6月30日 (土)

六~七日目・帰京ちょっと寄り道

釧路から札幌に向かう。よく考えたらわざわざ釧路に宿をとる必然性はなかったような気もするが、予約してしまったものは仕方ない。キャンセルしてもキャンセル料がもったいないし。スパカツを食いに来たと思えばよかろう。
出るときに結構時間がぎりぎりで焦っていたせいか、鍵を室内に置いたまま出てきてしまった。あとチェックアウトするだけなのでフロントに一声かけておく。カード式なのにいちいち返せってのもどうかなあ。

釧路からは始発のスーパーおおぞらに乗り込む。始発駅だから特に指定席も必要ないだろう。実はこれがフリーパスを使って乗る最後の特急なのだ。6回まで指定がとれるのに、2回しか使わなかった。まあ使い方次第だけど、6回は充分な数だろう。
釧路駅は相変わらずの地平駅だが、少し帯広寄りで高架工事らしきものをしていた。ここを高架にしても踏切の解消くらいしかできないと思うんだけどなあ。むこうは海だし。
自由席をいいことに海側の窓際を確保したんだが、昨日に引き続き天気がよくない。尺別~音別あたりの一番海に近いところでも、波打ち際はわかるが、水平線はかすんでわからない。
白糠に着いたところでアナウンスが入る。車両点検のためしばらく停車するとか。おやおや。乗り継ぐ予定の列車まで、多少の余裕はあるがありあまっているというほとではない。1時間単位で遅れたりすると困るなあ、と思っていると、今度は何も言わずに発車してしまった。1分くらいしか停まっていなかったんじゃないかなあ。とか言いつつも、その後まもなく入ったアナウンスによれば6分遅れなんだそうな。ってえことは、これまで所定より遅く走ってたってことかなあ。
帯広を経て狩勝峠を越え、石狩国に入ってくる。石勝線は相変わらず山中を走るが、ところどころに線路と並行して高架橋のようなものをせっせとこしらえているのが見える。これは石勝線の線形改良工事、などではなく、札幌方面から十勝に抜ける道東自動車道の工事なのだろう。いまいましい。

さて、石勝線のヤマの中であれこれと考える。JR北海道は、現在「オホーツク」、「サロベツ」、「とかち」の一部、「北斗」の一部に使っているキハ183系を、現在「宗谷」に使われているキハ261系の増備で置き換えるつもりなんだそうだ。純粋な振り子式であるキハ283系の増備はもうない、ってことなんだろうなあ。
まあ、オホーツクとサロベツをキハ261系にするのはいい。ちょっと悩ましいのは、現在キハ283系が投入されている「とかち」6往復のうち2往復と、まだキハ183系を使っている「北斗」11往復のうち4往復をどうするか、ということ。三十一としては、「とかち」をキハ261系にそろえて、ひねり出したキハ283系を「北斗」に充当してキハ281・283系に統一してほしいところだが、2往復対4往復で数が合わない。所要時間もそれほど変わらないので、「とかち」からでは「北斗」の置き換え分は出てこない。かと言って「北斗」の一部にキハ261系を投入するのもどうかなあ。キハ283系を増備すればすむ話ではあるけれど、そんなことはしそうもないなあ、貧乏なJR北海道としては。
実はもうひとつ、夜行特急「まりも」と臨時夜行特急「利尻」に使われているキハ183系はどうするんだ、という問題もあるのだけど。

結局、列車は8分遅れで札幌に到着。面倒なのでまた荷物をコインロッカーに放り込み、腹ごしらえと土産の物色とそれから大通り公園へちょっと写真をとりに。大通り公園に行くときは歩いていったんだが、帰りは面倒になって1駅を地下鉄に乗る。

13時半ごろ、札幌の改札をくぐって帰京のために乗る列車を待ちかまえる。おお、入ってきたぞトワイライトエクスプレス。なんで札幌から東京に戻るのにトワイライトエクスプレスに乗るのか、それはもう「テツ」だからとしか言いようがない。北海道にわたって二日目、たまたま札幌でトワイライトエクスプレスを目撃して、しげしげと眺めているうちに思いついたのだ「これで帰ってもいいなあ」
大阪に昼過ぎに着いたとしても、新幹線を使えば午後のうちに自宅まで戻ってこられる。首尾良く切符がとれたらそうしよう、と思ったのだが、幸か不幸かきっぷはとれてしまい、こうして乗り込むハメになる。

とった切符はB寝台個室シングルツインというやつ。一人用の個室なんだが、補助ベッドがついていて二人でも泊まれる。えーと、これ補助ベッドというよりかなりちゃんとしたベッドなんですけど。このソファ兼用のベッドよりよっぽど寝心地いいんじゃないかなあ。窓がないけどね。

14時5分に動き出した列車は、千歳線室蘭本線函館本線を経由してまずは五稜郭へ向かう。この個室は北海道を走っている間は海側だけど、本州にわたったら山側になってしまう。まあいいか。実際、北陸本線や信越本線からは海が見えるところはけっこう限られている。親不知あたり、それから滑川あたりの富山湾、そして柏崎~直江津間の信越本線くらい。海がよく見えるのは本当は羽越本線のはずだけど、真夜中になってしまう。三十一はこれまで羽越本線に乗ったことがないので初乗車なのだが、夜中なのはちょっと残念。

そういえば、このトワイライトエクスプレスの上り列車は、森~大沼間で砂原線と呼ばれる函館本線の迂回線を経由する。この区間も実は未乗。機会を付くって制覇しなくてはと思っていたのだが、今回は諦めかけていた。期せずして制覇することができた。同じ意味で、二日目の函館から札幌に向かう北斗が七飯~大沼間で藤城線と呼ばれる迂回線を経由していたので、厳密な意味では今回で函館本線を完全制覇することになる。
五稜郭を出たあたりで、札幌で入手していた弁当を食する。食堂車の6千円もするような懐石弁当や、1万2千円もするようなフルコースは食っていられない。「北斗星」と違って予約時間帯以降のパブタイムでは食事メニューはそろっていないらしい。発車後に弁当の注文を聞いてまわっていたから、頼めないこともなかったようだけど、いくらするのかな。ただし、朝食の予約だけはしておくことにする。

そうそう、大事なことを忘れていた。この個室に入って室内を見わたし、まず目についたのは壁に作りつけられたコンセントであった。さっそくPCをつなぐ。おお、電気きてるぞ。これで時間つぶしは万全。札幌駅で買っておいた文庫本の出番はないかな。

青函トンネルも今更どうという感慨もわかない。なにしろ7回目だ。青森信号場で機関車がED79からEF81に代わっているようだが、信号場なので降りるわけにもいかず、衝撃で連結作業を推測するのみ。ちょうどパブタイムになったので、食堂車に行ってみる。少しでも食堂車に金を落とさないといずれ食堂車そのものがなくなりかねないからね。しかしビール一杯とチーズ盛り合わせで1600円は高いなあ。おまけに三十一がのんびり飲んでいたら、他の客はいなくなってしまった。大丈夫か、これ。

部屋に戻ってベッドメークをし、寝る前に本など読んでいたら駅に停まったので外をのぞいてみたら秋田であった。秋田の町は初めてなのでちょっと感慨にふける。これから羽越本線に入るはずだが、ちょうどいいきっかけなので寝てしまう。

あまりよく眠れなかったが、それ自体はいつものことなのでベッドのせいではないだろう。目が覚めて外をのぞくと薄明るい。駅をふたつばかり通過したが、駅名は読み取れなかった。JR東日本の管内ではあるようだけど。てことは、信越本線のどこかかなあ。やがて少し大きな駅を通過したので見てみると柏崎だった。次あたりから海沿いになるので、隣のサロンカーに移動。誰もいないサロンカーから海岸の眺めを満喫する。去年の9月に金沢に行く途中ではあまりよく見えなかったのでリベンジだ。

笠島をすぎたあたりで自室に戻り、富山あたりで朝食に呼び出されて食堂車へ。食べ終わったころちょうど金沢着。ここから先は未知の領域だ。サロンカーへ移ってしばらく外を眺める。あ、BGMに流れてるのはシューベルトの未完成だなあ。そういや、個室の案内にもBGMをFMで流してるって書いてあったっけ。部屋に戻ったら見てみよう。
小松をすぎたところでちょうど未完成の演奏が終わったので、部屋に戻る。あと3時間くらい、時間があるようなないような半端な時間。PCに向かってせこせこと内職をして時間をつぶす。

きっぷは大阪まで買ってあったのだが、京都で降りることにする。早めに帰ることにしたのだ。能登地方の大雨の影響で北陸本線のダイヤが乱れていたらしく、京都駅着は8分遅れ。考えてみれば、京都駅を通過したことは何度もあるが、京都駅で降りたのは中学の修学旅行以来ではなかろうか。もちろんその当時と今の駅は似ても似つかぬものになっているはずだ。もうン十年前のことなど覚えていないけど。今の駅はこんな感じ。
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700系のぞみに乗って東京へ。京都から東京までは2時間半ほど。新幹線は偉大だ。

昨日から今日の旅程:
釧路(0739)→札幌(1131+8) 4002D
札幌(1405)→京都(1214+8) 8002レ
京都(1306)→東京(1526) 9306A

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2007年6月27日 (水)

五日目・北から東へ

朝6時前に起床し、チェックアウトし、朝食を食べてから駅へ。
7時10分のスーパー宗谷に乗り込む。最初、自由席を探したらそこそこ混んでいたみたいなので改札に引き返して指定席を頼んでみる。どうも新人さんだったらしいのだが、出てきた切符が13:45の「サロベツ」の切符。ちょい待て、朝の7時にわざわざサロベツの切符を頼むやつがいると思うのか。「いや、宗谷だから」「宗谷はもうないんです」じゃあそう言え。だったら自由席にするよ。
5時間かけて札幌に到着する。さすがに疲れたなあ。ときどき意識を失っていたりした。利尻富士が見えるあたり(見えなかったけど)ではまだ起きていたが、兜沼を見た記憶がないので寝ていたんだろうなあ。天塩川の流れも見ていたりいなかったり。昨日見た河原の牛は今日もいた。

札幌ではまた荷物をコインロッカーに放り込んで銀行へ。今月中に振り込まなきゃいけないお金があったので、札幌で振り込み。このために振り込み用紙ももってきていたのだよ。旅行前に時間を作って銀行に行くより、旅行のあいまに札幌で振り込めばいいやと東京にいたころに思いついて、今日決行。ついでに自動引き落としの手続きまでしてみたり。札幌くんだりまで来て何してるんだか。その後、帰りの切符を確保。諸事情により、当初予定より一日早く、明日の夜行で帰ることにする。北海道フリーパスの有効期間はあと1日残っているのだが、しかたない。今回、フリーパスをあまり有効活用していないような気がするなあ。これまでに比べて、だけれど。次は奮発してグリーン車用を買ってみるという手もあるかもしれない。次があるのか、と言われそうだけど、多分ある。

札幌での用事は済んだので、スーパーおおぞらに乗り込んで釧路に向かう。今回の特徴は用事がないかぎり札幌には寄りつかない、ということ。泊まりは無いし、滞在時間も今のところ合計4時間くらい。明日の滞在時間も2時間くらいの予定。

スーパーおおぞらが狩勝を越えて十勝に入ると、一面の霧。全体に霧が多いというのは予報で聞いていたが、本当に真っ白。その後釧路に着くまで霧は晴れなかった。

釧路に着いてホテルに落ち着き、夕食を食べに出る。釧路名物と言われるスパカツなるものを食してみる。焼いた鉄板の上にスパゲティが盛られ、その上にトンカツが乗り、その上からカレールーがかけられているという代物。まずくはないけれどちょっと濃い。また量も多い。思わず電話を横に置いて写真を撮っちゃいましたよ。
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今日の旅程:
稚内(0710)→札幌(1207) 2032D
札幌(1358)→釧路(1748) 4007D

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2007年6月26日 (火)

四日目・岬めぐり

今日は稚内泊まり。昨日も稚内まで往復したんだが、宿がとれなかったのでやむなくそのままとんぼ返り。今日は宿を稚内にとったおかけで宗谷岬まで往復できる。

朝10時前のスーパー宗谷で稚内に向かう。遅い出発だが、これより前に稚内に着くためには、昨日乗った列車に始発で乗らなくてはいけない。旭川発は朝の6時5分。三十一にはまだ真夜中だ。もっとも、ゆっくり出ればいいという安心感のせいでホテルを出たのがギリギリになってしまったけれど。

指定にしようかどうしようか考えたけど、やはり自由度の高い自由席にしておく。しかしこれが結構混んでいた。始発でないということもあるけれど、やはり朝イチのスーパー宗谷は便利な列車なんだろうなあ。窓際の席にはありつけず、通路側の席に座る。窓際の席の乗客が名寄で降りたので、そちらに移る。しかしこちらは進行方向右側、つまり天塩川や利尻富士の反対側なのだ。そこで、三十一と同じく旭川から乗り込んだ家族連れがバラバラに座っていたところに「こっちに移りませんか」と恩を着せながら左側の窓際を確保するという手を弄した。美深を過ぎたあたりでのことである。

それから稚内まで2時間あまり、この路線はすでに4度目、さすがに少し緊張感が薄れてきた。それでも日本離れした景色であることは間違いない。天塩川の対岸の川岸で牛が水を飲んでいるのを見たのは初めてかもしれない。列車の中からは利尻富士は見えなかった。昨日は見えたのになあ。

駅のソバ屋で腹ごしらえをし、荷物をホテルに預けて定期観光バスに乗り込む。稚内駅すぐそばのバスターミナルからノシャップ岬、宗谷岬などの観光名所をめぐって4時間弱でもとのバスターミナルまで帰ってくるという行程だ。この観光バスが稚内に戻ってくるのは18:20頃。上り最終のスーパー宗谷4号が稚内を発つのは18:02。あと30分行程を短縮するか、あるいはツアーの出発を30分早めるか、どうにかして30分早く戻って来られるのであればスーパー宗谷で日帰りできたのに。

バスに乗り込んだのは三十一を含んで8人。三十一を除いた全員が50代以上と思われ、しかもあらかた夫婦ものである。三十一が浮く浮く。バスはまず稚内の名所である防波堤ドームを車窓からながめ、ノシャップ岬へ。つづいて稚内の市街のすぐ裏にそびえる山のてっぺんにある稚内公園へ。以前はロープウェーがあったらしいけど、今は廃止になってしまった。開基100周年記念タワーというのがあって、この天辺が展望台になっている。今日はこの時季にしては天気がよかったらしく、すばらしい展望だった。利尻富士もはっきり見えたし、ノシャップ岬はもちろん稚内市街、声問岬、大沼、そしてはるか宗谷岬まで一望できた。さすがにサハリンは見えなかった。

稚内公園を出て宗谷岬へ。1時間ほどかかったが、到着してまず宗谷牧場へ。日本最大の牧場だそうだけど、なるほど、確かに広い。これでも半分くらいしか見えてないらしいのだが、地平線まで延々つづく牧場というのも初めてみた。

そして宗谷岬へ。岬の高台には海軍望楼と灯台が置かれ、海岸沿いには日本最北端を示す碑が置かれているが、三十一は高台のほうでほとんど時間を潰してしまった。海軍望楼に昇っては降り、構造を把握しようと試みる。それでも二階にどうやって昇っていたのかわからなかった。外に階段でも作りつけてあったのかなあ。
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稚内に戻ってきたのは6時10分ごろ。駅前にさしかかった頃に踏切の鳴る音が聞こえた。時間的に上りのスーパー宗谷以外に考えられない。あとちょっとなんだけどなあ。もう考えてもしょうがないけど。4時間の観光で3600円なり(展望台入館料込み)。

今日の旅程:
旭川(0953)→稚内(1328) 2031D
稚内(1430)→稚内(1810) 宗谷バス定期観光バス

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2007年6月25日 (月)

三日目・宗谷本線の旅

起きて、7時に朝食を食べるためロビーに降りる。普段は喫茶店かな、ここ。
なんとなく予想していたが、やはり三十一しかいなかった。そのせいかどうかわからないけれど、おかずがずいぶん多い。ホッケがメインで、シラスおろし、梅干し、昆布の佃煮、味付け海苔で全部かと思っていたらそこに目玉焼きが出てきた。納豆もついていたのだが、三十一にとっておかずのうちには入らない。全部食べたらけっこう満腹になった。

7時50分の普通列車で稚内に向かう。今日は平日なので高校生が乗り込んでくる。とは言えそれほど混んでいるわけではない。むしろ旭川方面から名寄で降りる高校生のほうが多いだろう。たぶん行く先は美深だろうなあ。その先に高校がありそうな町は音威子府くらいしかないが、そこまで行くと遅刻になる。実はこれは下りの始発列車なのである。名寄から通学できるのは美深が限度ということだ。

さて今日の予定は、当初のもくろみでは昼過ぎの定期観光バスで宗谷岬まで行って、そのまま最終の特急に乗って旭川まで戻ってくるはずだったのだが、この観光バスに乗ると特急に間に合わないことがわかった。ではというわけで稚内に宿を探してみたが、今度は宿がない。稚内まで行ったとしても、宗谷岬にも行けずそのまま戻ってくるしかないのだ。別に今日無理して稚内に行く必要もないような気がするが、わざわざ名寄くんだりまで来た意味がなくなってしまう。ので各駅停車で宗谷本線を乗り尽くすというだけの目的で往復する。まあ偵察だな。

さて各駅停車に乗って宗谷本線を行くと、ほとんどが無人駅である。ところがその無人駅にも二種類あることがわかる。ひとつは昔からある駅が無人になったもの、もうひとつは臨時乗降場が駅になったもの。まず駅というかホームの構造が違う。地面がかさ上げされてホームが作られているのがもちろん前者で、学校の朝礼台に毛が生えたような高床のホームが設置されているのが後者だ。しかしもうひとつ違いがあることに気づいた。それは駅の設置場所というか、駅へのアプローチである。昔からある駅には、主要道から駅に向かって入ってくるアプローチのための道がある。その道はまっすぐ駅に向かい、駅でとぎれている。しかし元臨時乗降場の場合、道路と線路が接近した場所にあとから乗降場が作られるケースが多い。したがってたいていは踏切の隣にホームがある。一両編成ならともかく、二両編成の場合は後ろの車両が踏切にかかってしまっていたりする。もっとも、こういった臨時乗降場あがりの駅は、道があるから成立するのであって、名寄盆地とか美深付近の多少なりとも開けた地形のところでしか見かけない。天塩川沿いの山間部ではこういう駅は成立しないだろう。

さて、音威子府で50分近く停車。その間に上りのスーパー宗谷と、名寄行きの普通列車が出ていく。楽しみにしていたソバは、店が開いてなかった。残念。駅舎のなかの天北線に関する展示はなかなか面白かったけれど、書き割りの絵がキハ181系だったのはどうかなあ。天北線はおろか、北海道にもキハ181系が走ったことはないはず。

また動き始めた列車で稚内に向かう。天塩川のほとりを走るのは3往復目、5度目になる。何度見てもいい景色だ。幌延までおりてくると川から離れて丘陵地帯になる。抜海付近では利尻富士が見えた。上のほうはかなり雲がかかっているけど、前2回はまったく見えなかったので3度目の正直だ。写真撮ってみたけどよくわからないだろうなあ。
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稚内で上りの列車を待つあいだにラーメンなど食す。大盛りは本当に大盛りだった。普通でもよかったなあ。帰りの列車はキハ183系のサロベツ。本当はスーパー宗谷に乗りたかったんだけど、この時間帯はサロベツしかないのでしょうがない。夕方のスーパー宗谷を待ってると、旭川に着くのが10時を過ぎてしまう。稚内で時間をつぶすのも大変だしなあ。
せっかく指定券がとれるので、北海道フリーパスで無料で6回まで使える座席指定をうける。この調子でいくと使い切れそうもない。前回使ったときも座席指定は6回も行かなかったと思うなあ。そのときは回数制限がなかったけれど。

さて、しょうがないのでサロベツでは寝て帰ろうと思ったのだが、ふと見ると座席の下の壁面にコンセントがある。使えるのか? 試しにパソコンを繋いでみると、おお使えるぞ。PCをいじっていたら4時間つぶれてしまった。手が疲れたけど。

本日の旅程:
名寄(0750)→音威子府(0852) 4325D
音威子府(0940)→稚内(1159) 4327D
稚内(1345)→旭川(1733) 2042D

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2007年6月24日 (日)

「まぶらほ・さらにメイドの巻」

このシリーズは読まなくなってしまったけど、この中のメイドシリーズだけは読んでいる。とてつもなく馬鹿馬鹿しいからだ。
ヒロインの宮間夕菜(CV:生天目仁美)がだんだん相良ソースケ化しているのが傑作。このシリーズだけアニメ化してくれないかなあ。クルセイダーなんていうキワモノまで出てきたし。

旅行中ほとんど他に本を持ってきていないため、何度も繰り返し読んでいる。それで気づいたのが「ヴォロシーロア記念大学」なんていうマニアックな学校の名前が出てきたけど、これは実は「ヴォロシーロフ記念大学」の誤植である。

あともうひとつ、リーラたちが秋葉原に来て見つけたのは「で○こ」ですな。待ってるにょ。

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二日目・函館から名寄へ

泊まったホテルは朝市の目の前。
どうもこのホテルは、朝市で朝食がとれるというのがウリになっているらしく、朝市の中の指定の食堂で定食を食べられる食券をくれた。せっかくなので早起きして食べに行く。
しかし朝からドンブリを食べる気にもならなかったので、無難に「銀ダラ定食」を食す。時季はずれのような気もするが、じゃあ何の時季なんだと言われても思いつかないので同じことだろう。
朝食を終えて部屋に戻りのんびりしていたら、乗る予定だった特急が発車する時間が迫っていてあわてて駅に向かい、かろうじて飛び乗る。
函館から札幌まで、というこの道行きもこれまで何度か通ったことがある。しかし今回乗ってみて思ったのは、短距離利用者が意外に多いな、ということ。函館・札幌間を乗り通す人がどれくらいいるのかわからないが、もしこうした乗客が減っているとすると、北海道での札幌への一極集中、裏返しとしての地方中核都市の地盤沈下が進んでいるということだろう。函館とか帯広で商売をするくらいだったら、拠点を札幌に移してしまったほうが得策という判断によって札幌へ集中する傾向が強まって、札幌と地方都市の間の流動の規模が小さくなったのかもしれない。何ら証拠があって言ってるわけではなく、いつもの三十一の妄想なので信用しないように。

今回は、あまり札幌に長居をしないというコンセプトを自らに課しているが、今日だけは少し札幌で時間をとってみた。持ってくるのを忘れた小物類と、ガイドブックを手に入れるためだ。駅前の大丸の上のほうに本屋があるのはわかっている。言ってみたら三省堂だった。適当なガイドブックと、ちょっと前に出ているのを知った文庫を一冊。今回はあまり本をたくさんもってきていない。時間がかかりそうなのを一冊だけもってきている。この点もいつもと違う。しかしまあ、新刊の文庫くらいは買ってもいいだろう。旅行期間中に発行された毎月買っている雑誌類は、さすがに買わずに立ち読みですませる。

札幌での用事は済んだので、旭川に移動。適当な特急に乗るべくホームにあがろうとして、隣のホームにちょうどトワイライトエクスプレスがとまっていることがわかったので、そちらに向かう。考えてみれば、実物を間近で見たのは初めてだなあ。一昨年、洞爺駅で通過しているのを見たことはあるけれど。写真など撮りながらひとつのアイデアを思いついたのだが、実現できるかどうかわからないのでもう少し内緒にしておこう。

スーパーホワイトアローで旭川へ。だいぶ高架駅の工事も進んでるなあ。夕方少し前の列車に乗り換えて名寄に向かう。キハ40の2両編成だが、このあたりのローカル列車の通例でワンマン列車である。高校生がわりと目立つ。部活帰りかな。新旭川を過ぎて石北線とわかれるとまもなく旭川運転所だ。何か面白い車両が留置されていないかと窓外を注視していると、列車がおもむろに停まった。駅じゃないよな。信号待ちかな。運転所への入出庫とぶつかったかなあ、などと理由を想像していると、少ししてまた動き出した。そして目に入ったのは線路脇に置かれた昇降台と、その階段を下りていく一人のJR職員。便乗者を下ろしていやがったな。確かに、駅からここまで結構あるからなあ。近くに駅もないし、回送列車がないときにはこうやって営業列車に便乗してるわけか。運転所にはDE15のラッセルヘッドが並んでいた。しかしこれ、半端な数じゃないぞ。20台ぐらいずらりと並んでいる。全部生きてるのかなあ。

各駅停車の列車は、もちろん各駅に停まっていく。南比布なんか、ここに駅がある意味があるのかとすら思う。どこから駅にアプローチしてるんだろう。当初の予定では塩狩駅でいったんおりて周囲をうろつき、25分後の列車で名寄に向かうつもりだったのだが、塩狩峠に近づくにつれて雨が降ってきた。それもわりと本降りだ。もういいや、このまま名寄まで行ってしまおう。6時過ぎに名寄につく。名寄に着く直前に、線路脇にキマロキ編成が保存されてるのが見えた。意表をつかれたので写真も撮れなかった。おまけに駅から歩くと結構ありそう・・・。行くのは無理かな。名寄までが宗谷本線高速化事業の対象だったので、それなりに大きな町だろうと思っていたのだが、・・・思っていたのだが、うーん。富良野よりは大きいかな。イメージとしては根室に近いかも。
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名寄で泊まるホテルは、はたして今日の宿泊客は三十一の他にいるんだろうかと心配になるような場末感ただようホテル。でも部屋の内部はわりとまとも。

本日の旅程:
函館(0830)→札幌(1147) 5003D
札幌(1400)→旭川(1520) 3015M
旭川(1625)→名寄(1824) 329D

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2007年6月23日 (土)

転地療養

実はここ半年くらいずっと調子がよくないのである。

そのためというわけではないけれど、気分を変えるためにも北海道に来ている。ここんとこ毎年来てるんだけどね。
本当だったら、金曜日に早く帰ってその日の夜行で発ちたかったんだけど、仕事がかたづかなかったので結局今朝から荷造りをして昼前の新幹線に乗って北へ向かう。
実は今日乗った列車は、去年の11月にやはり北海道に向かったときと同じ列車なのであった。偶然とは言えない、この時間帯に北海道まで接続が良好な列車はこれしかないのだ。前回はこの列車でその日のうちに札幌までたどりついた。今回は函館に泊まる。
本当は札幌まで行きたかったんだけど、ホテルがとれなかったのだ。ネットで探すと一泊3万とか。ねばればもう少し見つかったのかもしれないけど、危ない橋を渡る必要もないので、今日は無理せず函館で宿をとることにした。

本日の旅程:
東京(1056)→八戸(1403) 15B
八戸(1415)→函館(1744) 4015M

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「海軍乙事件」

「宮中某重大事件」「満州某重大事件」「海軍甲事件」と並んで、名称だけでは何のことやら意味不明な「海軍乙事件」。わかる人(つまり三十一のことだ)はこのタイトルだけでわかるだろうけど、なんらかのサブタイトルでもつけてやったほうが親切だったかも。
この文章が最初に公になったときには、公刊戦史はまだ刊行されておらず、この「海軍乙事件」について初めて明らかにされたらしい。日本海軍に興味のある人の間ではいまやこの「事件」を知らない人はいないが、なにごとも「初めて」は評価されるべきである。
単に「初めて」というだけにとどまらず、現地陸軍部隊がゲリラと交渉して福留参謀長一行を救出する過程などは非常に詳しく記述されている。しかし日本人は普段必要もないことには妙に細かいくせに、肝心なところで突然大雑把になってしまうのはどうしてだろう。

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「世界平和は一家団欒のあとに2」

正義のヒーローとくれば、巨大ロボットはつきものだよね。
最初の巻がかなりドロドロな展開だったので、2巻はどうなるかと思ったら、少しおとなしくなっていて安心して読めた。バカ小説として気楽に読むもよし、深読みするもよし。

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「主君『押込』の構造」

日本人の考える「忠誠心」というものの特質をある意味明らかにした本。
「御家大事」という言葉がまさに象徴的である。絶対の忠誠の対象であるべきの主君でさえ、「御家」のために存在するので、「御家」を潰すような主君は排除の対象になってしまう。
考えようによっては合理的な思考と言えなくはない。

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2007年6月17日 (日)

神保町散策

久しぶりに土曜日の神保町を散策。何ヶ月かぶりになるだろう。
まずいつものようにその筋の古書店に入って、書棚を眺めて「しまった」と思った。戦史叢書がごっそり入荷していたのである。去年くらいまで、戦史叢書をこつこつと(というか、もりもりと)買い進めて来ていたのだが店頭に並んでいたものは全種類入手してしまい、あと残っているのは人気が高く入手が比較的困難なものだけになっていた。おかげでしばらく足が遠のいていたのである。
その買い残していた本のうち4冊を書棚に発見。特に「本土決戦準備(1)関東の防衛」は諦めかけていただけに嬉々として購入。
あと残っているのは、海軍の部「海軍航空概史」「潜水艦史」(この2冊は手に入りそうもないなあ)、陸海軍共通「大東亜戦争開戦経緯」、陸軍の部「陸軍航空の軍備と運用」「陸軍航空作戦基盤の建設運用」「陸軍軍需動員」くらい。
作戦関係で残っているのは、最近話題の「中部太平洋陸軍作戦(2)ペリリュー・アンガウル・硫黄島」だけ。
あと少しなんだけど、最後の詰めがなかなか・・・

その後、三省堂本店に行く。レイアウトが大幅に変わってるなあ。2Fのレイアウトが変わったときに「使いづらくなった」と思ったのだが、その使いづらいレイアウトが上の方の階にまで及んでいる。そのせいというわけではないが、結局何も買わなかった。
戦史叢書4冊でもう金がなかったということもあるけれど。

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「海軍一軍人の生涯」

米内光政の伝記。米内の伝記には阿川弘之のものもあり、実際読んでいるのだけれど、印象としては「いい人」という以上のものを持ち得ないなあ。

もうちょっと違った側面を掘り出してくれたならよかったんだが。

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「日本の歴史別巻・対談・総索引」

前半がすごく面白かった。

前半というのは、対談のうちの前半である。さすがにこの本の物理的な後半を占めている総索引を読むほど物好きではない。
もともとこの対談は、単行本の発刊のときに折り込みとして挟まれていた小冊子に掲載されていたもので、本来なら各巻に付されていたほうがわかりやすかったんじゃないかな。
索引だけで一冊作るわけにはいかなかったのかもしれないが。

対談の片方が著者自身であるのは当然だけど、相手に選ばれたのがこれもそうそうたる面々。司馬遼太郎だの丸山真男だの松本清張だの内田吐夢だの萩原延寿だの。
これだけでも一読の価値あり。

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「待ってて、藤森くん!2」

姉オチかい。

そうきましたか。ネタばれになっちゃうけど、姉vs姉という構図が出てくるとは思いませんでした。てえことは、本命は吉野かな。

青春の青臭さがぷんぷんする。読んでるほうが恥ずかしくなるぞ。

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2007年6月10日 (日)

「小娘オーバードライブ3 遅れて来た魔法使い」


海底軍艦大活躍の巻。

要するにそういうことだと思うのですが、何か違いますか?
いやー、懐かしいなあ轟○号。

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2007年6月 3日 (日)

「変な学術研究1」

変な学術研究と言っても、もともとは専門の学術雑誌に掲載されたきちんとした論文で、発表した本人は大まじめであることは間違いない。
だが、まじめだからこそ笑えるというのは世の常である。特にこの本は著者がフランス人というだけあって、斜に構えた皮肉な表現が秀逸である。こういう表現をうけつけない人には腹が立つだけかもしれないけれど。

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「新幹線不思議読本」

息抜きに買った本。
不思議というほどの不思議はないけれど、風邪っぴきのときに読むのにはちょうどよかった。風邪ひいてるなら大人しく寝ていろというセリフは聞かなかったことにする。

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ハルヒ新刊発売延期

だ、そうです。来月かな。

なんとなく予定通りに出ないような気がしていたのでそれほどショックではない。
そもそも、これまでさんざん待たされたのが2ヶ月おきに新刊刊行なんて虫のいい話を信じるほどナイーブではないのだよこちらは。

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