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2007年9月25日 (火)

「人物アメリカ史(上)」

例えばトム・クランシーの小説などを読むとつくづく思うのだが、アメリカ人はアメリカ的価値観というものに信仰とも言うべき確信を抱いているらしい。自国内で信仰する分には勝手だが、それを国外にまで持ち出さないでほしい。これまでの歴史的背景が違う地域に押しつけられても木に竹を接ぐようなものだ。
この本を読むと、アメリカ人がそのような価値観を育ててきた過程がよくわかるが、そのなかでも特に印象に残ったことがある。アメリカは初期の移民からフロンティアが消失する前世紀初頭までの300年以上の間、アメリカ人の主観的には未開発のまま放置された無主の地を獲得して開拓することで成り立ってきた。精神的にはこの「フロンティア・スピリット」は未だに生きている。この感覚は、現在のアメリカの「行き詰まったら新しい場所で新しいことを始めればいい」という発想に直結している。それはアメリカの進取の気性の源泉でもあるのだが、そのような環境を持たない地域が持っている問題への無理解を助長している。アメリカ人の目には「能力不足」の言い訳でしかないと映っている。産業への規制は格差を是正するものではなく、能力の自由な発揮を阻害するものとみなされていた時代が長くつづいた。欧州的な「均衡のとれた成長」という考え方とは無縁だったのである。一方、アメリカの成長は事実上無限に存在した資源とその消費に支えられていたから、省資源とか二酸化炭素排出の削減といった発想からも縁遠かった。アメリカのエネルギー政策の主要な関心は「エネルギーの確保」にあって節約にはなかったと思う。

こういった発想法を一朝一夕で覆すのは無理だろう。時代が変わっているということはさすがのアメリカ人も全く理解しないわけではあるまい。でも、上空から見たあのだだっ広い平野を思い出すと、発想法の違いがそう簡単に埋まるとも思えないのである。

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