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2007年10月29日 (月)

城と海

今朝は昨日よりもっと遅く目が覚めた。今日は旅程に余裕があるだけに、切迫感がないのだろう。実は、余裕があるどころの話ではなく、今夜は米子に泊まるという以外何も決まってないのだ。鳥取から米子までは特急で1時間弱。その他はまるまる空白なのである。本来なら(普通の観光客なら)鳥取を訪れればまず砂丘、というところなのだろうがそこは三十一のすることである。砂丘に行って自分が何をするかまったく想像できない。つまり行って見たいものなどないということだ。天気もよくないし、違った方向で考えよう。ひとつ目についたのが、街の北にそびえる鳥取城である。石垣以外何も残ってないようだが、池田家が長年因幡伯耆両国を支配した拠点だけあって、それなりの規模はあるだろう。さて、では駅からどうやって城まで行くか。タクシーかバスかそれとも歩きか。駅の観光案内所でバス路線を研究していたら、100円循環バスというのがあって、このうち1系統で城のすぐ下までいけるらしい。20分に一本という比較的頻度の高い運転をしているそうなので、これで行って帰ってくるのがよかろう。

バスに20分ほど揺られて城跡の公園前で降りる。降りた目の前がすでに堀になっていた。左手は県立博物館、右手はかつて大正天皇が皇太子時代に鳥取を行啓したときに宿舎として建造されたという瀟洒な仁風閣。しかし今日は月曜とあってどちらも休館。しょうがないので城跡を登りはじめる。来てみてわかったのだが、鳥取城は平山城で、主要部分は平地からそれほど高い位置にあるわけではないが、背後は標高差200メートルはくだらないと思われる山を背負っており、その山頂に山上丸という最終防衛拠点が置かれていた。とりあえず二の丸まで登り、さらにその上の山上丸に向かう登山道に挑戦したが、これがかなり本格的な登山道で早々にリタイア。しかし二の丸からでも鳥取の市街地が一望できて、池田のお殿様はこんな気分だったのかなあと思う。
Pa290016




ちなみにすぐ下に見えるのが仁風閣。

景色を堪能して下山し、またもや循環バスに乗って駅にもどってきたのは昼前。昼食を求めて放浪しているうちに雨がぽつりと降ってきた。雨だという予報も砂丘に足を向かわせなかった一因だ。
1時過ぎころ、乗る予定の列車には少し早いがホームにあがる。ちょうどそのくらいの時間に「スーパーはくと」が入ってくるからだ。HOT7000系で運転される「スーパーはくと」は東京にいてはお目にかかれない。今回、乗車する予定はないがせっかくだから実物だけでも見ておきたい。そうこうしているうちに若桜鉄道からの直通車両が入ってきた。4本ある鳥取駅のホームのうち、1番線にはHOT7000系のスーパーはくと、2番線にはローカルのキハ47、3番線にはこれから乗り込むキハ187系のスーパーおき、そして4番線には若桜鉄道の「さくら4号」。すべてのホームが埋まることがあるなんて思っていなかったのでちょっと意外だった。思わず記念写真を撮ってしまう。
スーパーおきでは進行方向右側、つまり海側に席を占める。もっとも、どの程度海を眺めることができるかわからないが。JR西日本が誇る(と三十一が勝手に思っている)キハ187系振り子気動車のスーパーおきは、このあと5時間かけて長駆、新山口まで走るが、三十一は1時間ほど乗るだけで米子で降りてしまう。スーパーおきの走りはかなりきびきびしていて小気味良い。昨日乗っていたキハ47とは大違いだ。比べるほうが間違っているけれど。並行する国道9号線を走る自動車を次々に追い抜いていく。実に気分がいい。昨日は逆に抜かれてたからなあ。天気予報通り、雨が降ってくる。しかしそれほど激しい雨ではなさそうだ。伯耆大山で電化された伯備線と合流して、やがて米子着。

当初考えていたよりも鳥取で時間を食わなかったので、このまま境線で境港まで足を伸ばす。できたら米子で荷物をコインロッカーに預けていきたかったんだが、乗り継ぎ時間が短かかったのでそのまま荷物をかかえて境線に乗りこむ。大篠津では、すぐ上を米子空港に着陸する旅客機が通り過ぎていく。おお、駅から駐機場のエアバスがよく見えるぞ。よく見えるどころの話ではない、境線は米子空港の滑走路延長のためにやがて迂回させられることになるのだ。だったらどうせのこと、米子空港と駅を直結して境線を空港アクセス鉄道にすればいいのになあ。

境港に到着して、すぐそばに見える港へ。境水道を挟んで向かい側には美保関半島の山がそびえている。山陰地方でも有数の港湾である境港には海上保安庁の基地があるんだが、巡視船岸壁は空っぽ。すべて出払っているらしい。あとでニュースで知ったのだが、ちょうど不審船対策の合同訓練があって、それに参加していたようだ。思ったよりも見るべきものがないので早々に引き返す。境港駅を出てすぐ、右手に更地が見えたのだが、えーと、地面の一部が黒く焦げてないか? そういや、境線沿線で火事があったってニュースがなかったかな。次の駅で大量の高校生が乗り込んでくる。しまった、そんな時間帯か。次の駅でもほぼ同数の高校生が乗ってきて車内は非常にやかましい。しかし、午前中の鳥取城登山未遂の疲れが出たのか、そのやかましさに睡魔が勝ってしまう。起きたり意識を失ったりをくり返しているうちに米子に到着。

米子で列車を降りると、ホームの向こう側に見える側線にDE15が停車していた。米子はまだ地平駅で、ホーム脇に側線が何本もひかれているという近頃珍しい構造の駅だ。ホームからDE15のショットを狙おうとデジカメを構えていたら、目の前のホームに列車が入ってくる模様である。近づいてくるのは、どうやら客車だ。いわゆるジョイフルトレインで、先頭にみえるサインによると「サロンカーなにわ」である。そう、先頭が客車ということは推進で進入してきたのだ。米子駅自体は電化されているけれど、普段JR西日本の客車列車はないから、ひょっとしたら・・・という期待通り、牽引(推進)機はDD51であった。DD511186。何枚か撮影したところで、跨線橋をわたって反対側のホームに移る。足回りを含めて写真を撮るためである。ふと見ればえらくごっついカメラを構えた男性が何人か見受けられる。鉄ですな。この団臨が鳥取方面に(あるいは岡山方面に)去っていくのを見送ったあと、改札を出てホテルへ。

今日の旅程:
鳥取(1334)→米子(1431) 1005D
米子(1437)→境港(1520) 1657D
境港(1608)→米子(1649) 1662D

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