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2007年11月14日 (水)

「生物と無生物のあいだ」

それほど期待して読み始めたわけではないのだが、かなり面白かった。kikulog でWTC陰謀論とか血液型性格判断とかマイナスイオンなどといったお題目を弄んでいる人々に是非読んでほしい。ただし、そういった人々は読解力が乏しいのでどの程度理解できるやら。
非常に面白い本なのだが、読みきるには多少の根気が必要かもしれない。もちろん、一般向けの書籍なのでそれなりに説明がされているのだが、特有の語彙とか言い回し、厳密な論理構成がちりばめられていてその手の文章に慣れていない人にはちょっと読みづらいだろう。

「生物とは何か」という命題はむしろ科学というより哲学の問題のような気がするが、しかし生命活動の仕組みを科学の手法でもって細かく解明していくと、そこには生命活動に固有のふるまい、あるいは傾向が見いだせる。そういったものを帰納していくと、生命の本質が見えてくる。それは研究の本来の目的ではないが、違った意味で究極の目的と言えるのかもしれない。

生命の本質は「自己複製」であると考えられた時代もあった。しかし、自己複製を行なえば生命であるかというとそれは違う。また、自己複製を行なわないものは生命ではない、というとそれもまた違う。ウィルスは自ら自己複製は行なわないが、他者に寄生することによって自己複製を行なう。ウィルスが生物か否かというのは議論の余地がある。いっぽう、生命活動とは「エントロピーを減少させる活動だ」という説明をすることもある。つまり、生物は自分を構成する細胞のひとつひとつにマクスウェルの悪魔を飼っていることになる。これは一種の説明として価値があるものではあるけれど、しかし「生命」の定義としては足りない。その逆は必ずしも真ではないし、また生命は閉じた系とは言えない。
しかし、この「閉じた系ではない」という事実からまた異なった見方が生まれてきた。この著者が主張しているのがまさにそれである。人間を含む生命は「閉じた系」ではないから、外部からなんらかの栄養なり情報なりを摂取して不要なものを排泄する。常識的には、これは「生命活動に必要なエネルギーを摂取して老廃物を排出する」と考えられている。つまり「人体」という箱の中を外部から取り入れた物質が通過していく、という模式図である。ここでは「人体」はある程度固定されたものととらえられている。しかし現実は異なる。その「人体」を構成する物質を分子レベルにまで細分化して見ていくと、その個々の分子はあらゆる個所で常に入れ換えられているのである。自分の見慣れた顔、身体、手足、はては小学生の時に転んで怪我をした傷跡まで、どれひとつとして1年前と同じ物質によって構成されたものはないのである。著者はこのダイナミズムに注目する。生命とは、物質が流れていくその過程の中で一時的にとどまって仕事をする「場」にすぎない。著者はこれを「動的平衡」と呼ぶ。生命は、身体を壊して作り直すという作業を際限なく続けている。なぜそのようなことをしているかと言うと、常に作り替えることによって老朽化あるいは不慮の事故による機能損失を先回りして防止しているのだ、と著者は考える。

これは非常に面白い見方だが、多くの人間には受け入れにくい考えだろう。しかしこの考え方を受け入れたとき、人間を含む生命というものに対する見方は変わらざるを得ない。そして三十一にはその変化は、けして悪い方向には向かわないと思えるのである。

ところで、あとがきに著者が小学生の時に暮らしていた町の話が出てくる。実はこの町は三十一が今住んでいる町で、登場する小学校、短大、公営住宅、公園のすぐ横を歩いて通勤している。そうか、あの小学校でNHKの「ようこそ先輩」を撮っていたのか・・・

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