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2008年6月24日 (火)

騙されたほうが悪いのか

先日とりあげた「ウォーターエネルギーシステム」について、kikulog で興味深いやりとりがされていた。

ウォーターエネルギーシステム、水発電 (kikulog)

コメント番号105あたりから始まった展開だけど、最初から読んだほうが流れが分かりやすいと思う。
kikulog ではよくある展開の、大勢に異を唱えて袋だたきに合うというパターンだが、要は日経の記事をどう評価するかというものだ。三十一も問題の記事を改めて読んでみたが、確かにちゃんと読めば読み取れるくらいの内容は書かれている。「言い分垂れ流し」というほどひどい内容でもなかったと思う。
会社の発表(と日経の記事)だけでも、この「製品」がうさんくさい代物であることは読み取れる。それについては(袋だたきにあった当人も含めて)kikulog 中での認識は一致している。ではどこに差があるかというと、

「この記事で自分は充分理解できた。それで騙されるようなやつは騙されるほうが悪い

と、

「この記事で自分は充分理解できた。だけどこの見出しの付け方は誤解を招くよね

の違いだ。

これは要するに「自己責任」の範囲を広くとるか狭く見るかの考え方の違いに由来する。それぞれの「考え方」の違いでロジックではないからお互いに歩み寄るつもりがないと絶対に話がかみ合わない。常連の側には kikulog という場でのマジョリティであるから譲る気はなかった。いっぽう、袋だたきにあった側もまったく譲る気配がなかった。結果は御覧の通りの喧嘩別れ(一方的な撤退宣言)である。

三十一のみるところ、日経の記事の問題(があるとするなら)は、上述の通り見出しのつけかただ。「水と空気だけで発電」は明らかに間違いであるし、実際に間違いだった。「大げさ」どころの話ではない、はっきりとした「ウソ」である。kikulog を見るかぎり、誰もが「おかしい」と感じるくらいのわかりやすい「ウソ」だった。この見出しだけを見て騙されるような人間が出たとして、「騙されるほうが悪い」と思うか「騙されるような見出しをつけるほうが悪い」と思うかの違いが、この興味深い、しかし不毛なやりとりをうんだ。

よく知られている通り、菊池教授は「ニセ科学」に強い問題意識をもっていて、この「ウォーターエネルギーシステム」についても「ニセ科学」の文脈で話をしている。また有り体に言ってしまえば、kikulog はその菊池教授の意見表明の場であるから「危機感などない」という人間を受け入れる余地がない。「ニセ科学」に対抗するためには一般の科学リテラシを高めることが必要だから、kikulog に一貫しているのはいかにして一般の科学リテラシを高めるかという命題である。そこに日経のような「一流」マスコミがリテラシに欠けた見出しをつけた記事を配信したのだから批判されるのは自然な成り行きだった。その場で「リテラシが低いのは本人の責任だ」という発言をするのは「KY」としか言いようがない。

三十一の考えを簡単に述べてみよう。前に書いたことにも通じるのだが、自己責任の範囲を広くとりすぎるのは、アダムスミス流の素朴な自由資本主義を信奉するのと同じで逆に非現実的だと思う。「騙すのも騙すのも自己責任で」という考えを突き詰めていくと、最終的には逆に損失となるだろう。払い戻し率の低いギャンブルみたいなもので、一部の人間は儲かるかもしれないが、大多数の人間は損をすることになる。自分は「一部」のほうに入ると思っているかもしれないが、「大多数」になってしまった人もみんなそう思っていたのだよ。もしそうなっても文句を言わないように。「自己責任」だからね。

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コメント

「僕達は科学と常識を統合します」p

投稿: kikulog: | 2008年7月13日 (日) 11時17分

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