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2008年6月19日 (木)

進化論と創造論とIDとNHK

興味深い研究成果が論文発表された。

E-Coli実験に情けない反論をするインテリジェントデザイン理論家Michael Behe (忘却からの帰還)

ひとつの大腸菌とその子孫を20年間、4万4千以上の世代を観察して、もともとの大腸菌が持っていなかった「クエン酸を利用する」という形質を獲得したことを確認した、という画期的な(と三十一は思うのだが)研究である。

この研究を行なった Lenski は500世代ごとに大腸菌を冷凍保存していて、必要に応じて「時間をさかのぼって」観察できるように準備していた。さまざまな世代、さまざまなグループの大腸菌を解凍して培養を再開させ、「クエン酸を利用する」新しい形質が獲得されるかを調査したところ、あるグループの特定の世代以降から繁殖したグループのみがこの形質を獲得し、それ以外のグループではこのような進化は起こらなかった。すなわち、この時期に起こった何らかの変異が「クエン酸を利用する」形質の獲得を導いたということになる。

まあ実験の詳細はいいだろう。細かいことが知りたければ原論文にあたってください。三十一もそこまでは読むつもりがない。

アメリカで「進化論ではなく創造論を学校で教えるべきだ」という主張があることを報道などで知っている人は少なくないと思う。日本人から見ると荒唐無稽としか思えないが、一定の支持は得ているようだ。しかし宗教と理科を混同させるこの種の主張で建前としての「政教分離」を突破することは難しい。そこで考え出されたのがID(インテリジェントデザイン)説だ。これは様々な種が何らかの知性を持った(インテリジェント)存在によって創造された(デザイン)というもので、誰が見たって創造論の言い換えに過ぎないのだが、ID論者は「インテリジェントな存在は現在のところ未知であって、神だと主張しているわけではないから宗教ではなく、ID理論は進化論と同列の科学的な仮説である」と強弁している。

Lenski の実験はインテリジェントな存在の介入なしに大腸菌が新しい形質を獲得したことを示している。おそらく初めて進化そのものをリアルタイムで観察した実験だろう。そういう意味で非常に画期的だ。創造論者に対する強烈な一撃と言えよう。

日本では、創造論が市民権を得ることはまずないだろう。生物が進化によって単純なものから複雑なものを生み、その末端に我々人類があることは一般常識になっていてそれに疑問を呈する人はほとんどいない。

だから日本ではアメリカみたいな心配はしなくていい、などと思っていると大間違いで、実は最近三十一は日本人の進化論理解にすごく不安を感じているのである。
例えば日曜の夜、大河ドラマの前に流されているドキュメンタリー番組などでもよく見られる論調なのだが、「~の目的のために~と進化した」と単純化した説明がされることが多い。「高いところの葉を食べるためにキリンの首は長くなった」といったたぐいだ。この説明自体が直ちに間違いというわけではないが、重大な誤解を招くおそれがある。これではまるで個々の生物の意志が進化をもたらしたみたいではないか。

進化の過程は世代を通じて進行していくということを忘れてはいけない。ある特定の個体が高いところの葉を食べたいと思ってがんばって首を伸ばしたとしても、そういう後天的に獲得した形質は遺伝しない。遺伝しない形質は進化に寄与しない。意味がないのである。進化するためには、変化を遺伝子に書き込む必要がある。残念ながら個人の努力の結果は遺伝子に書き込むことはできないのだ。

変化をもたらすのは突然変異だ。突然変異はまったくランダムに起こる。キリンの突然変異は、首を長くする方向へも短くする方向へも平等に発生する。ゾウの鼻も、個々に見れば短くなっても不思議ではない。突然変異とはそういうものだ。
その突然変異をある方向に方向づけるのが適者生存である。突然変異は、環境に適する方向にも適さない方向にも平等に働く。しかしたまたま不適な形質を与えられて生まれた個体は適応できない。したがってこの不適な形質は生まれては来るけれど長続きしない。適応した方向の形質を与えられた個体のほうが生存に有利だ。この差はそれほど顕著なものではない可能性がある。あるグループは100のうち50が生存するのに対し、別のグループは100のうち51が生存する、くらいの差でしかないかもしれない。しかしこのわずかな違いも無数の世代を経る間に進化として目に見えてくる。
進化の過程の裏には、繁栄してきた種の何倍もの適応できず子孫を残すことができなかった種と個体があったに違いない。そうした無数の犠牲の上に立って今我々がいる。

そういや、やはりNHKの爆笑問題の番組で「いまもう進化しきっちゃってるじゃないですか」などと言っていたけど、いまの状態が進化の途中であると(途中でないと)誰に言えるというんだろう。これも「目的が先にあって」それに合わせるために進化がすすんでいくという誤解に基づいているに違いない。
もっとも、これからもヒトという種が進化をつづけていくかというとちょっと疑問があって、つまり多少の不適な変異であっても生存にあまり影響しないようになっているように思える。よほどのことがないかぎり適者生存が機能しなくなっているわけで、そうなると進化も停まっちゃうのかなあ。

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