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2008年6月14日 (土)

別に聖地だなんて思ってないけど

三十一が初めて目的をもって秋葉原に出かけたのは高校生のときだったと思う。1980年代前半のことだ。大学生になり、専門課程に入ると校舎が都心になったこともあって頻繁に通うようになった。しかし本当に足繁く通うようになったのは、むしろ社会人になってからである。それでも20年近くになる。

以前は用もないのに毎週のように通ったものだが、最近では新製品に対する欲望も萎えてきたのでそれほど頻繁ではない。それでも月に2~3回以上は間違いなく行っているだろう。事件現場の交差点も、ヤマギワと三菱銀行があったころからお馴染みである。むしろソフマップのほうが違和感があったりして。

はじめ秋葉原は無線と電子パーツと家電の町だった。パソコンは無線関係店の片隅に場所を与えられていたに過ぎない。それが専門店が裏通りにできはじめ、やがてそれらは表通り(中央通り)沿いに進出し、アキバは家電とパソコンの町になった。そのころから中央通りは歩行者天国になっていたが、中央通りの両側に散らばる店舗をいったりきたりするための便利な通路としてもっぱら使われていた(少なくとも三十一は)。中には歩行者天国の真ん中に座り込んで今買ってきたばかりのパーツで自作パソコンを組んだりしていたやつもいたが、パフォーマンスなどはほとんど見られなかったと思う。同人誌を売る店などもちらほら出来てはいたが、雑居ビルの上のほうとか、狭い階段を上った先とかそんな場末感ただよう店舗で細々と商売をしていた。

しかしネットとゲームとパソコンとアニメは親和性が高い。これらの市場の消費者は共通していることが多い。やがてこれらは一体化して秋葉原の町を席巻していく。この頃が三十一にとってのアキバ黄金時代だったかもしれない。しかしこういった傾向が深まっていくと、こうした文化の中でも極端な現象が多く見られるようになってくる。例えば今やオタク文化の代表的な扱いを受けているコスプレに対して三十一はほとんど興味がない。やる気ももちろんないし、見ていても面白いと思わない。オリジナルの劣化した模造品にしか見えないのだ。だから最近秋葉原を歩いていても苦々しい思いをすることが多くなった。いつの世でも目立つのは極端な連中である。実際の数がどうあれ、目立つ連中がマジョリティ扱いされる。マジョリティだと認識されるとますます集まってくる。

こうした現状が三十一の気質にあわないせいか、最近はめっきりアキバに出かける回数が減り、出かけた場合でも比較的短時間で後にすることが多い。「オタクの聖地」になってしまった秋葉原は三十一にとって居心地が悪くなってしまったのだ。
それでもやはり秋葉原というのは三十一にとってまだ特別な町であり続ける。明日は秋葉原に出かけるつもり。

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