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2008年7月31日 (木)

手間だけはかかってる

こんなもん作ってみました。

http://homepage2.nifty.com/nishidah/m_jsdfjobs.htm

未完成だけどね。

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2008年7月29日 (火)

幕僚長人事は秋?

昨日の記事で触れるのを忘れていたけど、幕僚長人事は一般の将官人事から数日遅れて発令されることがある。だから、まだこの夏に幕僚長人事がないとは言えないわけだ。

とは言え、今日の時点でまだ閣議了解は得られていない。また今回の8月1日付異動の内容を見ても、幕僚長人事は秋になる可能性が出てきた。
ま、実のところ夏でも秋でも予測にはそれほど影響がないのだ。時期だけの問題。

現在の統幕の顔ぶれは、統幕長・齋藤隆海将、統幕副長・下平幸二空将、統幕学校長・姉崎泰司陸将。齋藤統幕長の勇退、田毋神空将の統幕長就任というシナリオからは、統幕副長は海自に割り当てという予測が立つ。現任の海将から統幕副長の候補者を考えると、高嶋博視・護衛艦隊司令官、松岡貞義・航空集団司令官、倉本憲一・教育航空集団司令官しか考えられない。この間までは高嶋海将かと思っていたけど、倉本海将もありそう。

空自関係は昨日書いたので省略。たしかに、あいた航空支援集団司令官に統幕から戻ってくる下平空将というのはありそう。

折木陸幕長が秋に勇退するとなると、後任は泉一成・東部方面総監か火箱芳文・中部方面総監。同期で同日陸将昇進なので一見横一線のようだが、方面隊の格としては首都をかかえる東部方面隊のほうが上。現師団長でもっとも先任の角南俊彦・第6師団長が方面総監に栄転か。

万一、次の統幕長が折木陸将ということになると、統幕副長はやはり空自かな。とすると下平空将の留任だろうか。

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八月一日と書いて「わたぬき」と読む

8月1日付で発令される自衛隊の幹部人事が閣議了承された。

夏の将官人事発令へ (DSI 日米国防組織情報 HOT TOPICS)

これを見て思ったこと。「三十一の予測なんてあてにならない」

まず、もっとも波乱の少ない海自から。香田自衛艦隊司令官(防大16期)の勇退は予定通り。ただし後任の泉徹・海自幹部学校長(17期)は予想していなかった。自衛艦隊司令官の椅子が17期にまわってくるとは思っていなかった。こうしてみると、海幕長が17期だからと言ってほかの17期が全部引退しなきゃいけないというわけでもなさそうだなあ。今回だけの現象なのかもしれないが。
幹部学校長の後任は武田壽一・大湊総監(19期)。そして大湊総監の後任には現自衛艦隊幕僚長の河村克則海将補(21期)が海将に昇進して就任。自衛艦隊の2トップが交代したことになる。海将昇進はもうひとり、19期の宮浦弘兒・現海幕装備部長が補給本部長に就任する。河野美登・現補給本部長(17期)は勇退。

陸自では、某市ヶ谷レーダーサイトが次期陸幕長本命としていた廣瀬誠・北部方面総監(17期)が勇退した。その他の勇退者は輪倉昇・西部方面総監(17期)、山口淨秀・中央即応集団司令官(17期)、武田正德・第1師団長(法政大)、中村幹生・第10師団長(17期)、川合正俊・技本開発官(17期)。これで17期生は全員勇退。次の陸幕長(つまり次の次の統幕長)は18期から出ることになった。本命・泉一成東部方面総監、対抗・火箱芳文中部方面総監。
北部方面総監の後任は、酒井健・陸上幕僚副長(19期)。陸幕副長に関口泰一・第3師団長(20期)。第3師団長に陸将補から昇進の長谷部洋一・第12旅団長(20期)。
西部方面総監の後任は、用田和仁・第7師団長(19期)。第7師団長に陸将補から昇進の荒川龍一郎・陸幕人事部長(21期)。
技本開発官の後任は、師岡英行・第2師団長(19期)。第2師団長に陸将補から昇進の佐藤修一・第13旅団長(19期)。
中央即応集団司令官と、第1師団長、第10師団長にはそれぞれ陸将補から昇進した柴田幹雄・北部方面総監部幕僚長(19期)、渡邊隆・陸幕教育訓練部長(21期)、千葉徳次郎・東部方面総監部幕僚長(21期)。

最後は空自。勇退は藤井泰司・航空教育集団司令官(17期)、石渡幹生・技本開発官(17期)、そして赤松知光・防衛医大幹事。
航空教育集団司令官<菊川忠継・航空幕僚副長(18期)<岩崎茂・西部航空方面隊司令官(19期)<小野田治・空幕人事教育部長(21期、空将補から昇進)。
技本開発官<山崎剛美・空幕装備部長(21期、空将補から昇進)。
こうなると次期空幕長は永田久雄・総隊司令官(17期)として、総隊司令官の後任は織田邦男・航空支援集団司令官(18期)かなあ。

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2008年7月26日 (土)

軍艦拝観

去年のことだが、舞鶴でひさしぶりに実物の自衛艦を見て、眠っていた何かが目覚めたような気がした。
我が家から一番近くで実物を目にすることができるのは横須賀だ。学生のころ、あるいは20代のうちはけっこう横須賀まで行ったなあ。でももう10年以上現物を見ていなかった。写真では見ていたけど、こんごう級もむらさめ級もたかなみ級もこの目で見たことはないのだ。

というわけで今年の横須賀の夏の基地公開は楽しみにしていた。以前は「ちびっこヤング大会」通称「ちびヤン」と言ったはずだが、今年は「サマーフェスタ」になっている。ちょっとはネーミングセンスに改善が見られた、のか? しかし公式サイトの URL は相変わらず「ちびヤン」だ。

海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 (2008年8月2日)

デジカメのバッテリーも買ったし、いざ出撃。

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2008年7月19日 (土)

地球にやさしくない

最近、エコだエコだと流行のようだけど、遺憾ながら三十一はあまり「地球にやさしい」と言われることをしていない。いくつか例をあげてみよう。

1.冷房の温度を28度以上に設定する
 我が家のエアコンはしばらく前から調子が悪く、ここ数年は使っていない。リモコンもどこかに埋もれてしまった。買い換えたほうがいいかなあと思わなくもないが、工事のための足場もないし、そもそもとても他人を家に上げられる状態でないのでそのままになっている。確かに夏は暑いけど、慣れれば意外になんとかなるものだ。

2.エコドライブ
 ガソリンの価格とは関係なく数年前からほとんど乗っていなかったので、この春に自動車を処分してしまったのは既述の通り。ひとりもので送り迎えしなきゃいけないような子供も老人もいないし、最寄り駅まで歩いて通えないこともない。買い物は駅前で事足りるし、いざとなったら大抵のものは配送にできる。旅行も最近はもっぱら鉄道だ。いいじゃん好きなんだから。

3.PETボトルのリサイクル
 以前、飲み物を買って入手した2リットルのPETボトルに水道水を詰めて冷蔵庫で冷やして普段飲んでいる。水道水も冷やすとわりと飲める。三十一の場合は、100%レモンジュースをアクセントに少し入れている。コップの底に数ミリのレモンジュースを入れ、冷えた水道水を流し込む。夏場にがぶがぶ飲むのには最適だ。うっかり放置してぬるくなってしまったときには、もともとが水道水なので流してしまっても惜しくない。冬場はポットで沸かした湯で割っている。PETボトルは何度も何度も再利用されるのでリサイクルに出されることもない。

もっと「地球にやさしく」するためには、部屋を片づけてエアコンを買い28度以上に設定して運転し、ハイブリッドカーでも買って高いガソリンを入れて燃費に気を使いながら買い物に行き、毎日PETボトルの飲み物を買って毎日リサイクルに出さねばならんのだろうなあ。でも三十一にはできそうもありません。ごめんなさい。

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2008年7月18日 (金)

ひょっとして依頼されてますか?

だいぶ以前にとりあげた Wikipedia の「短期現役士官」だが、気がついたら加筆依頼のスタブがつけられている。すでにこのスタブのコメント自体にもツッコミを入れたくなった。昭和13年7月に任官した最初の主計科二年現役士官の中に小数だが主計少尉候補生がまじっている。つまり専門学校出身者だよね。拡大もなにも最初から対象なのだが。

主計科だけが短現じゃないこととか、帝国大学に限らず旧制大学卒業者も対象とか、多少の改善はみられているようだ。だけどね、そもそも背景が違うのさ。

軍縮で採用を減らした結果、兵科・機関科将校の配員に支障をきたしたことは事実だ。だがそれと二年現役制度はやや性格が違う。軍縮期の採用調整のおかげで不足したのは、第二次大戦期の中堅将校だ。

採用調整とは関係なく、一般に軍隊では平時に比べて戦時に必要な員数が極端に大きくなる。特に大量に必要になると考えられていたのは大中尉クラスの下級士官である。戦時に合わせて平時からつねにそれだけの人数を抱え込んでいるのは非効率だ。しかし軍人、とくに士官の養成にはそれなりの時間がかかる。戦時になってから対策をうっても戦力として間に合わない。平時からあらかじめ準備しておく必要があるのだ。これらの要員は、あらかじめある程度の軍務の経験と知識をもっておきながら、平時には一般社会で働き、戦時必要な際に召集されて軍務に就くことになる。

日本海軍においても、そのための制度は以前からあった。主に商船学校出身の商船乗組員を戦時に召集して勤務させる海軍予備員がそれにあたる。商船学校ではそのための軍事学の授業があったし、海軍将校も配属されていた。この海軍予備員と、かつて現役として勤務しながら配員の都合で現役を退いた予備役軍人が、戦時召集のためのプールとなる。余談だが、Wikipedia の海軍予備員の項目はなかなかよくできている。短期現役士官の執筆者にはみならってほしいものだ。

ところが、この海軍予備員は兵科および機関科だけが対象で、主計科や軍医科などの将校相当官ではこの制度は適用されない。そのために考え出されたのが二年現役制度で、大正14年にまず軍医科ではじまった。つまり、新任された軍医科士官のうち、これまで通り軍内でキャリアを重ねて昇進していく永久服役士官のほかに、短期間現役として勤務して軍務を経験したのちに予備役に編入されて一般社会で生活し、戦時に召集されて軍務に就く二年現役士官を一部採用したのだ。現役期間はひととおりの軍務を習得するために必要な二年間とされた。例えば二年現役士官を毎年20名採用したとする(昭和4年の実績は22名)と、平時のある一時点では現役として勤務している二年現役士官は40名。毎年20名ずつが入れ替わっていくので、10年この制度を続ければ予備役にある士官は200名となる。平時定員に比べて最大5倍の戦時定員が確保できる計算だ。

昭和13年に主計科および技術科(当時は造船・造機・造兵科)に拡充され、昭和17年に新たに武官化された法務科でも当然のように採用された。

ここで指摘しておきたいのは、二年現役制度を発足させるに当たり法令上の改定は必要なかったということだ。実は法令上二年現役制度の根拠はない。完全に海軍部内の運用だけで対応できた。もともと将校相当官の任用資格として大学・専門学校出身者というのはあった。軍医についてはずっとそうであったし、主計科でも経理学校で生徒教育がはじまるまではずっと大学・専門学校出身者を採用していたのだ。また、現役士官の誰をどのタイミングで予備役に編入するかは、人事を握る海軍大臣の専管事項だ。

採用される側の二年現役士官にもメリットはある。海軍士官に採用された時点で、当人は海軍兵籍に編入され士官の分限を得る。さもなくば――その他の未徴収兵と同じく――兵籍上は(ほとんどが)陸軍二等兵となってしまう。万一の戦時に、陸軍に一兵卒として召集されるのと、海軍で士官として勤務するのと、どっちが嬉しいかというのは当人次第だが、まあ、ほとんど後者だろう。

Wikipedia の記事では相変わらず「任期3年」などという意味不明な記述を掲載し続けている。そのうち気がむいたら三十一版の記事をどこかで紹介するかもしれない。ま、あてにしないで。


追記:

ひとつ書き忘れた。「海軍武官任用令」に、大学出身者は中尉に、専門学校出身者は少尉に任用すると明記されている。この規定は当然、二年現役士官にも適用される。

今見たら、主計少尉の任用条件が変だなあ。多分入力間違いだろう。

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2008年7月17日 (木)

「世界の歴史20/近代イスラームの挑戦」

この本はたぶん911の直前くらいに執筆されたものだと思う。

三十一の印象では、古典的な発達史観はすでにその役割を終えている。複数の文明、または文化圏を比較してどっちが進んでいる遅れていると評するのはナンセンスだ。そういうレッテル貼りは非建設的だということが歴史学者の間ではかなり共通認識になっていると思う。
しかしいまだに「アフリカは遅れている」「イスラムは前近代的だ」「中国は遅れている」「日本は欧米に比べて・・・」という論調があとを立たない。単に「先進国」の真似をしたところで、その文化圏の実情に合わなければ進歩にならない。何をどう組み合わせて選択するかはそれぞれの状況と立場による。そうした選択の結果は、前例のないまったく新しい発展段階を示す。万人に共通の完璧なカリキュラムなど存在しない。

で、イスラームだ。

19世紀はイスラームにとって「もっとも長い世紀」だった。それは端的に言ってしまえば西欧的価値観との衝突である。イスラームと西欧の価値観の違いはその頃に始まったものではない。ムハンマドの時代からそれはあったのだ。十字軍も西欧とイスラームの衝突の現実化という側面をもつし、15~17世紀頃のオスマン帝国のバルカン進出、ウィーン攻囲もそうである。その頃にはイスラーム側が優勢だったのだが、19世紀には西欧側が優位に立った。それだけのことだ、と言いたいところだがそうもいくまい。19世紀の西欧の世界進出はそれまでの衝突と本質的に違っている。その違いを引き起こしたのはやはり産業革命だろう。産業革命は結果として圧倒的な力の差を生んでしまった。このインパクトがあまりに強すぎたために「産業革命を経た西欧ふうの発展」が唯一絶対の「カリキュラム」だと受け止められたのかもしれない。イスラームやその他の社会はそれに対抗できるだけの「カリキュラム」をいまだに提示できていない。

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2008年7月16日 (水)

「エリアル04」


あ、まだくっついてなかったのか。 前巻で結婚式場から花嫁をかっさらってきたんだからとっくにくっついているもんだと思っていたんだがなあ。なにをぐずぐずしているのやら。いまだにひとりものの三十一が言っても説得力ないけど。

この巻で「うらやましい」と思ったのはビートル。登別と熱海をハシゴですか。こんだけ移動が楽ならいろいろと楽しいことが考えられるだろうなあ。

そういや、主人公メカであるエリアルが新型になってたっけ。主人公メカにしては印象薄いぞ。

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2008年7月15日 (火)

防衛省・幕僚監部の改編案

防衛省改革最終案 (DSI 日米国防組織情報 HOT TOPICS)

もともと、内局と各幕僚監部を統合して運用部門を内局の1部門とする防衛省案と、基本的に今の枠組みを残しつつ制服と背広が人事的に相互登用するという官邸案が出ていた。結局、五百旗部防衛大校長が主導する官邸案に軍配があがったことになる。

三十一としては適当なところに落ち着いたと思う。防衛省案は制服組を背広組の下に置くことになり、内局の背広組の意図が疑われる。制服組の士気によい影響は与えないだろう。制服の統合幕僚長と背広の事務次官が並列して大臣を補佐する体制を維持するとした官邸案のほうが結局は機能するのではなかろうか。

最終案のキーポイントの第一は、これまで幕では課長以上の職に就けなかった背広組を幕の副長クラスまで登用し、いっぽうこれまで内局で課長になれなかった制服組を内局の次長クラスに登用するとしていることだ。つまり、これまで「制服組の幕」「背広組の内局」と縄張りが決まっていたのを、比較的高いレベルまで人事交流させようというのだ。幕の課長職は1佐クラス、それも新任1佐にはまずまわってこない。内局でも課長の上には参事官クラスの局長しかいない。だから課長クラス以上でよそから人材がやってくるというのはかなりインパクトがあるはずだ。もっとも、幕の各部に副長(正確には副部長)が置かれているのはごく一部に過ぎないし、内局でも局次長職があるのは防衛政策局と地方協力局くらいだ。この交流人事のために副部長/局次長を増やすというのはこのご時世に難しいだろうなあ。実際には課長職がメインになるだろう。シンボル的に防衛政策局次長あたりに制服組が、幕総務副部長あたりに背広組が配置されるかもしれないが。

第二のポイントは、内局の運用企画局を縮小してその機能の大半を幕に移し、内局に残った分については防衛政策局の管轄としている部分。つまり、運用企画局は機能を分割されて廃止の方向となる。もともと運用企画局の前身である運用局が1997年に設置された(2006年運用企画局に改編)ときから幕との役割分担が不明確で存在意義を疑問視されていたらしい。この最終案がそのまま実現するとなると、運用局/運用企画局は10年あまりで姿を消す徒花になってしまう。運用企画局の機能を大部分うけつぐことになる統合幕僚監部運用部は、部長に将をいただくこともある(現部長は林一也陸将)重量級の組織だ。統合幕僚会議を廃止して統合幕僚監部を設立した最大の眼目が統合運用であるから、運用部は統合幕僚監部の根幹と言っていいだろう。内局に運用企画局を残している現状では、統合運用も画竜点睛を欠いていた。今回の措置でより統一された統合運用の実現が期待される。

また、防衛参事官制度を廃止するとしているが、これは自衛隊創設当時の「文民統制をなにがなんでも維持しなくては」という強迫観念の産物で、すでに意味を失っている。意味を失っているというのは、もはやそんな制度に頼らなくても文民統制は確立しているからだ。

最後に三十一の希望を述べるなら、せっかくの機会なので統合幕僚監部の機能強化をさらに進めてほしい。特に三十一が気にしているのは統合された自衛隊としてのドクトリンの策定だ。専門家でない内局の背広組にドクトリン策定をまかせるのは無理がある。といって、これまでのような三自の各幕が別々に防衛計画を立てているようでは実戦で有効かどうか疑問だ。統合幕僚学校で研究はされていただろうが、あくまで学校は学校で執行機関ではない。各幕の防衛部を廃止して統幕の防衛計画部に統合するぐらいの思い切ったことをしてもいいんでなかろうか。

それからひとつ懸念点。背広組と制服組の交流はけっこうなのだが、どうも官僚のやることとして特定のポストがそれぞれの「既得権益化」しそうな気がする。つまり、「某部の某課長は背広組のポスト」といった具合に既成事実化し、逆に背広組以外はそのポストに就けない、ということになりかねない。だいたいこれまでだって内局の経理局長は大蔵省からの出向組のポスト、装備局長は通産省からの出向組のポストなどとみなされていたからねえ。両局が統合されて経理装備局長になってからは少し風向きが違うようだけど。

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2008年7月14日 (月)

常識と非常識のはざまで

911陰謀論でもアポロ捏造論でもいいが、こういう(本来の意味とは違う)懐疑主義者の思考傾向は興味深い。とはいえ、ちっとも面白くはないんだけど。

たとえば911のケースでは、WTCのビルの壊れ方が不自然に見えるというところから始まって、あのビル崩壊は実は飛行機の衝突によるものではなくあらかじめ仕掛けられた爆薬による制御解体だったのではないか、ひいてはイスラム過激派によるテロだったというのはウソでアメリカ政府による自作自演だったなどという主張に至っている。

アポロの場合、宇宙飛行士の歩き方がまるでワイヤーで吊っているようだとか、遠くの景色が妙にはっきり見えてまるで書き割りのようだとか、空が黒いのに星がまったく写っていないのはおかしいというところから、あれは実際に月には行っておらず地球上で画面を合成したのだなどと言う。

911でもアポロでも、まず最初は印象である。「不自然に見える」「吊っているようだ」「書き割りのようだ」「空が黒いのにおかしい」。これらは要するに受け取る側の「感じ方」であって、その感じ方はそれぞれの人間のこれまでの経験に依存する。別の言い方をするならば、その観察者の「常識」に反しているために違和感を感じる。だけどその「常識」って本当に正しいのか?

WTCにしたって、あの規模の建造物が事故にしろ制御解体にしろ崩壊する場面を911以前に見た人間はいない。もっとずっと(WTCに比べて)小さなビルの制御解体から類推してるにすぎない。そもそも、普通のビルにしたって事故で崩壊する場面などというものは滅多に見るものではない。何が「普通」かもわかっていないのに「おかしい」と判断する基準は何だろう。

同じように、真空で重力が地上の6分の1しかない環境で数10キロにもおよぶ宇宙服を着込んだ人間がどんなふうに動くかをアポロ以前に見たことがある人間はいない。面倒なのでいちいち説明しないけど、遠くの景色がはっきり見えるのも暗い空に星が見えないのも「真空」ということで説明できる。空は暗いけど昼間なんですよ、あれ。

もちろん、一般の人間がそんな環境のことを詳しく知っている必要はない。人間の「常識」は空気があり重力加速度が 9.8kgw である環境に最適化されている。つまり人間の「常識」は環境に大きく制約されているのだ。前提が異なる環境では「常識」は常識ではない。そこでは非常識が常識となり、常識が非常識となる。

「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」という有名な言葉がある。多くの人にはいまさら説明不要だろうがさきごろ亡くなったSF作家クラークの言葉だ。「魔法と見分けがつかない」というのは「現実のものとは思えない」、つまり「常識に反するふるまいをする」ということだろう。地上以外の環境での「常識」との違和感は多く「環境の相違」に起因しているが、地上でみられる現象での違和感は大部分スケール感の欠如、と言ってまずければスケール感の差異に起因しているように思う。例えばWTCにしてもそうだ。あの規模の高層建造物を10階建てのビルとまったく同じ構造でただタテに引き延ばしたとしたら、自重でとても立っていられないだろう。生物の進化が「まるで意志があるように見える」のは、膨大な試行錯誤のうち結果を残した部分だけが見えているからだ。

これほどさように「常識」はあてにならない。「おかしいと感じた」ときには果たしてその前提は正しいのかどうかまず自分の感覚から疑ってみることが必要だろう。

と、さんざん「常識」をこき下ろしておいて矛盾するようだが、特に911陰謀論者が駆使するロジックはまったく「常識」に反している。上述した通り、陰謀論者の主張の骨格は、WTCの崩壊は制御解体によるものでテロは自作自演だったとするものだ。率直に言ってこの主張はできの悪い「あと出しじゃんけん」に過ぎない。テロリストの立場に立って考えてみよう。これが仮に誰かの自作自演だったとしてもテロリストに原因をかぶせようとしてるのだから同じことだ。

そもそも、WTCを崩壊させる必然性はどこにある?

飛行機を突っ込ませて多数の犠牲者が出れば目的は達するのだ。結果としてWTCが崩壊してしまったのは瓢箪から駒のようなもので、もともと想定していたものではなかった。911以前に飛行機の衝突でWTCが崩壊すると考えていた建築学者は誰もいない。想定していなかったから研究もなかったのが実態だ。911陰謀論者は、飛行機の衝突でWTCが崩壊してしまったのを「おかしい」と感じたわけだ。「おかしい」と思われそうな仕掛けを誰が仕掛けるものか。

三十一がもし陰謀をたくらむなら、ひそかにテロリストに手を貸してハイジャックが成功するように仕組むだろう。WTCに爆薬をしかけるなんて手間のかかる露見のリスクが高い作業はしなくてすむし、成功しても失敗してもテロリストは「自分が自分の意志でやった」と信じているからバレにくいし自然だ。
それだとWTCは崩壊しないかもしれないけど、それで何か問題がありますか?

WTCに飛行機が突っ込んだけど建物の崩壊までには至らなかったとして、ブッシュ政権はアルカイダへの攻撃を手控えたと思うかね?

常識を疑うべき場面では疑い、常識に従うべき場面では従うべきだろう。その区別をするために必要なのは「常識」、かな。

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2008年7月12日 (土)

受難と不祥事の1等陸佐

陸佐を痴漢容疑で逮捕 立ち話の女性触る (asahi.com)

邸宅プールで陸自1佐死亡 酔って侵入、転落か (asahi.com)

ひとつ目のニュースは、朝霞駐屯地に所在する東部方面総監部の装備部後方運用課長をつとめる1等陸佐。名前もわかっているがあえて記さない。
ふたつ目のニュースは、西部方面総監部の部長職にある1等陸佐で、幹部学校入校のために上京しての事故とか。該当するのは総務部長、防衛部長、人事部長、調査部長、装備部長の計5名。そのうち誰のことなのかは報道からはわからない。

おなじ日に総監部で役職をもつ1等陸佐がひとりは痴漢容疑で逮捕され、ひとりは酔った末の事故で命を落とした。偶然には違いなかろうが奇妙な符合だ。事実は小説よりも奇なり。

あ、それと、ひとつ目のニュースについてNHKでは「朝霞駐屯地の後方運用課長」って報じてたけど、「朝霞駐屯地に所在する東部方面総監部の(装備部)後方運用課長」が正しい。「○○市に所在する××株式会社の課長」と、「○○市の課長」は同じじゃないよなあ。


追記:

ほかの報道によると、亡くなったのは西部方面総監部の人事部長だそうな。これまたあえて名は記さないが、去年の9月に立川の東部方面航空隊長から熊本・健軍駐屯地の西部方面総監部に異動してきている。49歳ってことは防大25期くらいかな。

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2008年7月11日 (金)

さわゆき放火とヘリ墜落

海自護衛艦火災、21歳海士長を逮捕 (asahi.com)

はじめ「揚錨機室から発火」という報道を承知したときには「ケプスタンのモーターが過熱して潤滑油に引火したかな」と想像したのだが、放火とは思わなかった。火事そのものはたいしたことがなくてご同慶のいたりである。さわゆきもそろそろ代艦が取りざたされるような艦齢に達しているが、このままなにごともなく任務を全うしてほしいものだ。昨年度と今年度に1隻ずつ予算成立した5000トン型護衛艦は、はつゆき型のはつゆき、しらゆきの代艦になる。さわゆき代艦は21年度かな。22年度にずれこむかな。

それはともかくとして、この記事の最後の一節はこうである。

この火災の取材に出た青森朝日放送の取材用ヘリが墜落し、1人が死亡、3人が行方不明になっている。

NHKのニュースでも「墜落した、放送局のチャーターしたヘリが取材に向かっていた護衛艦の火事は・・・・」と伝えていた。えーと、何がいいたい? ヘリが落ちたのは放火をしたこの犯人のせいだとでも言いたいのか? 犯人はもちろん放火について裁きをうけなければならないが、ヘリの墜落までは責任とってられんよ。

因果関係を必要以上にさかのぼって考える手法をもてあそぶやからは意外に多いけど、実はこのやり方はほとんど意味がない。間接的に影響を与えた要素をむやみに増やしていくと、やり方によってどんな原因にでも結びつけられる。極端な話、まったく逆の原因から同じ結果を導き出すことも可能だ。「風が吹けば桶屋が儲かる」とよく言うけど、「風が吹かなかったから桶屋が儲かる」という原因・結果の連鎖もでっちあげられるに違いない。こういうやり方でなされた「証明」は実のところ証明になっていないのだよ。

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あの騒ぎは何だったのやら

なんだかなあ。

「異常行動とタミフル関連なし」 1万人調査で厚労省 (asahi.com)

転落事故などを受けて厚労省は昨年3月から、タミフルの10代への使用を制限。三つの調査を進めてきた。他の動物実験や臨床試験でも服用と異常行動の関係は示されておらず、厚労省は今後、出そろった三つの調査結果をもとに、措置を継続するかどうか方針を決める。
今回の調査では、07~08年にインフルエンザで受診した9715人について解析。タミフルを服用した7487人のうち、異常が現れたのは11.9%の889人。一方、服用しなかった2228人でも12.8%の286人に異常があり、割合は変わらなかった。

「タミフルを服用した患者のうち1割に異常行動がみられた」という報道それ自体はウソではなかった。しかし「タミフルを服用しない患者にも1割で異常行動がみられた」という事実を同時に示さないとまったく意味が変わってしまう。
これから得られる結論は、若いインフルエンザ患者はある割合で(おそらく高熱のために)異常行動を起こすことがある、ということだろう。それはタミフルの服用の有無には関係なく起きる。つまりタミフルだけを悪者にしてきたこれまでの報道は誤解を招くだけだった。

これは単に無実のタミフルに罪を着せた、というのにとどまらない。タミフルさえ飲まなければ大丈夫という誤った対応をとらせることになる。冤罪の影には裁きをうけずにすんだ真犯人が隠れているのだ。

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2008年7月 8日 (火)

10/133

以前から報じられている通り、NASAでは2010会計年度中に国際宇宙ステーション(ISS)を完成させて、スペースシャトルを引退させることにしている。
このたび、最新のシャトル運航予定が明らかになった。それによると、今年中にあと2回、来年に5回、そして2010年前半に3回の合計10回が予定されており、うち9回がISS向け(建造およびメンテナンス)、1回がハッブル宇宙望遠鏡のメンテナンスとなっている。

NASA sets schedule for remaining shuttle flights (spaceflightnow.com)

いまからほぼ2年後、2010年の5月末に打ち上げが予定されているエンデバー、STSー133が最後のフライトになる。当初予定では1機で100回ほど繰り返し打ち上げに耐え、1週間ほどの間隔で打ち上げるというもくろみであったはずだが、実際には1982年4月の初打ち上げから28年間余りで133回である。のべ5機のシャトル・オービターが使われたから平均しても1機あたり27回ほどになる。予定の3分の1以下だ。打ち上げペースに至っては比べる気にもなれない。1回あたりの運航予算もNASAはおおっぴらに公表したがらないが、当初の予定とはケタが違ってしまった。
そして何より、133回の運航のうち(少なくとも)2回で致命的な事故を起こしてしまった。

ま、いまは残り10回を無事に終わらせることが第一だろうけど、それが無事に(あるは事あって)終わったときに、スペースシャトルという存在が宇宙開発の歴史の中でどう位置づけられるかなあ。壮大な寄り道とされるのか、それとも過渡的な現象とみられるのか、あるいは先駆者と評価されるのか。

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2008年7月 4日 (金)

役人批判をする政治家の見識

ちょっと古い記事だけど、いま話題の日経TechOnで宇宙基本法に絡んでこんな投稿を見つけた。

役所が日本の宇宙開発をダメにする

筆者は参議院議員だそうだけど、次のくだりを読んで暗澹たる気分になった。

基本に戻って、宇宙政策とは何かを改めて考えてみましょう。私は、この政策には三つの観点が必要なのだと考えます。

(1)天文学、宇宙物理学など科学の推進
(2)宇宙技術のスピンオフによるイノベーションの推進
(3)納税者に対する夢の提供

ここでは議論をしませんが安全保障の問題がこれに加わります。

あのさぁ。
一番大事なことを忘れてないかなあ。三十一はつねづね、宇宙開発は一種のインフラ整備だと言ってきた。つまり、荷物を確実に目的地に届けるための手段である。道路整備とか、港湾整備とか、空港建設とかそういったものと本質的には同一である。筆者はこのコラムの中で「独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)も『いかに失敗しないでロケットを打ち上げるか』に意識が集中しており」と批判しているけど、実はそれこそが最重要だろう。もちろん目的は大事だ。インフラ整備自体は目的ではあり得ない。整備されたインフラを使って何をするかという議論は必要だろう。しかし、正直言ってこの期に及んでまだそんな議論をしているのは日本くらいである。
ここ数年を見たときに打ち上げ回数は年間50ないし70回程度、今年は半年で33回だから比較的ペースが早いほうだ。そのうち3分の1から半分くらいが商用打ち上げだろう。つまり、ロケットの構成にもよるけれど2000万ドルから2億ドルという打ち上げコストに見合うだけの利益が見込まれているのだ。日本企業が関係する衛星も毎年のように打ち上げられている。外国のロケットでね。
三十一は、宇宙開発に関して言えば道路の使い道を政府が考えるような時代は終わったと思う。インフラさえ整備してやれば使い道は利用者が勝手に考える。政府(や軍)は民需用に用意したインフラのおこぼれを利用すればよいのだ。

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グリコにおまけ、ビールにプラッシー

ちかごろ一部で昭和ブームだとか言われているようだけど、こんなものまで登場した。なつかしー。

お米屋さんじゃないけどプラッシー ([間歇日記]  世界Aの始末書)

この記事に反応するのはある一定の年齢以上の人だろう。プラッシーってタケダだったのか。知らなかったよ。

三十一が幼少のみぎり、我が家ではビールをケースで買っていた。そういえば最近あのケースを見なくなったなあ。瓶ビールを1ダース運ぶことができるプラスチックのケースだよ。ビール瓶もケースもリサイクル(なんて言葉は当時なかったが)されていて、酒屋が配達と回収をしていたものだ。もっとも、ケース自体は酒屋の持ち物だったけど。
酒屋がビールを配達してくれるときに、お得意さんへのサービスとしてケースの上にちょこんとのせられていたのがプラッシーの瓶だった。酒屋のほうも、この家に小さい子供がいることは先刻承知だったに違いない。ウチでは酒を飲むのは親父しかいなかったので、1ダースのビールを飲みきるには二週間以上はかかっていたと思う。つまり、プラッシーは二週間に一度一本だけ手に入る貴重品だったのだ。酒屋が配達にきて、ケースにプラッシーがのっているのを見ると子供心にうれしかったものだ。しかし、もちろん配達されたときには冷えていない。冷蔵庫にしまって冷えるのを待っている間に姉に飲まれてしまうのではないかと不安でしかたなかった。

今から考えてみると、プラッシー自体は人工的な薬っぽい味がしてそれほどうまいものではなかった。それでも当時の三十一は非常に喜んで飲んだものである。

期間限定なのかー。今度探してみようかな。

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2008年7月 2日 (水)

せいれーつ、番号!

ちょっと前から COSPAR 識別番号の一覧というのを探していたのだが、本家たる COSPAR のサイトにはそれらしい情報がみあたらず、Encyclopedia Astronautica から地道に拾ってくるしかないかあと思っていたところに、ほぼ目的に合致したサイトを発見した。

SPACE 40

おそらく、サテライト・ウォッチャーが作成したものと思われる。なぜなら、各衛星の軌道要素が詳細に記述されているからだ。その一方で、打ち上げに失敗した分についてはまったく無視されているように見える。軌道に届かなかった衛星は、サテライト・ウォッチャーには用がないだろう。

まだほんの一部しか見ていないが非常によくできたサイトのようだ。ただひとつ三十一にとって欠点があるとするなら、サイトのドメイン名が示す通り(おそらく)チェコ語で記述されているということだ。

・・・それは致命的じゃないのか? それが思ったほどに致命的じゃないのである。数字は万国共通だ。


おっと、書くのを忘れていた。「COSPAR 識別番号」は、軌道に打ち上げられた人工物(つまりは人工衛星)につけられた識別番号(のうち COSPAR が採番したもの)だ。米軍は米軍で別に番号をつけてるけど、COSPAR のほうは年を基準に打ち上げ順に採番しているのでわかりやすい。ちなみに5月31日打ち上げのスペースシャトル・ディスカバリーには「2008-027A」という COSPAR 識別番号をつけられている。

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6月の打ち上げ

恒例になるかどうかわからないけど、6月の打ち上げ一覧。合計6度。

9日12:15GMT、西昌(中国)、長征3B(Chinasat 3)。

11日16:05GMT、ケープカナベラル(アメリカ)、デルタ2(GLAST)。

12日22:05GMT、クールー(仏領ギニア)、アリアン5(Skynet 5C、Turksat 3A)。

19日6:36GMT、カプスチンヤール(ロシア)、コスモス3M(ORBCOMM x6)。

20日7:45GMT、バンデンバーグ(アメリカ)、デルタ(Jason 2)。

26日23:59GMT、バイコヌール(ロシア/カザフスタン)、プロトン/ブロックDM(Cosmos 2440 Oko)。

アメリカ2回、ロシア2回、中国1回、ヨーロッパ1回。

3月に打ち上げ失敗したプロトン・ロケットが復帰している。しかし実際にはこのとき失敗の原因となったのはプロトン・ロケット本体ではなくてペイロードを軌道に投入するための上部ステージ Breeze M だ。復活したプロトン・ロケットで上部ステージに使われたのはブロックDMで Breeze M とは違う。そういう意味では完全復活とはいかない。

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