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2008年7月14日 (月)

常識と非常識のはざまで

911陰謀論でもアポロ捏造論でもいいが、こういう(本来の意味とは違う)懐疑主義者の思考傾向は興味深い。とはいえ、ちっとも面白くはないんだけど。

たとえば911のケースでは、WTCのビルの壊れ方が不自然に見えるというところから始まって、あのビル崩壊は実は飛行機の衝突によるものではなくあらかじめ仕掛けられた爆薬による制御解体だったのではないか、ひいてはイスラム過激派によるテロだったというのはウソでアメリカ政府による自作自演だったなどという主張に至っている。

アポロの場合、宇宙飛行士の歩き方がまるでワイヤーで吊っているようだとか、遠くの景色が妙にはっきり見えてまるで書き割りのようだとか、空が黒いのに星がまったく写っていないのはおかしいというところから、あれは実際に月には行っておらず地球上で画面を合成したのだなどと言う。

911でもアポロでも、まず最初は印象である。「不自然に見える」「吊っているようだ」「書き割りのようだ」「空が黒いのにおかしい」。これらは要するに受け取る側の「感じ方」であって、その感じ方はそれぞれの人間のこれまでの経験に依存する。別の言い方をするならば、その観察者の「常識」に反しているために違和感を感じる。だけどその「常識」って本当に正しいのか?

WTCにしたって、あの規模の建造物が事故にしろ制御解体にしろ崩壊する場面を911以前に見た人間はいない。もっとずっと(WTCに比べて)小さなビルの制御解体から類推してるにすぎない。そもそも、普通のビルにしたって事故で崩壊する場面などというものは滅多に見るものではない。何が「普通」かもわかっていないのに「おかしい」と判断する基準は何だろう。

同じように、真空で重力が地上の6分の1しかない環境で数10キロにもおよぶ宇宙服を着込んだ人間がどんなふうに動くかをアポロ以前に見たことがある人間はいない。面倒なのでいちいち説明しないけど、遠くの景色がはっきり見えるのも暗い空に星が見えないのも「真空」ということで説明できる。空は暗いけど昼間なんですよ、あれ。

もちろん、一般の人間がそんな環境のことを詳しく知っている必要はない。人間の「常識」は空気があり重力加速度が 9.8kgw である環境に最適化されている。つまり人間の「常識」は環境に大きく制約されているのだ。前提が異なる環境では「常識」は常識ではない。そこでは非常識が常識となり、常識が非常識となる。

「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」という有名な言葉がある。多くの人にはいまさら説明不要だろうがさきごろ亡くなったSF作家クラークの言葉だ。「魔法と見分けがつかない」というのは「現実のものとは思えない」、つまり「常識に反するふるまいをする」ということだろう。地上以外の環境での「常識」との違和感は多く「環境の相違」に起因しているが、地上でみられる現象での違和感は大部分スケール感の欠如、と言ってまずければスケール感の差異に起因しているように思う。例えばWTCにしてもそうだ。あの規模の高層建造物を10階建てのビルとまったく同じ構造でただタテに引き延ばしたとしたら、自重でとても立っていられないだろう。生物の進化が「まるで意志があるように見える」のは、膨大な試行錯誤のうち結果を残した部分だけが見えているからだ。

これほどさように「常識」はあてにならない。「おかしいと感じた」ときには果たしてその前提は正しいのかどうかまず自分の感覚から疑ってみることが必要だろう。

と、さんざん「常識」をこき下ろしておいて矛盾するようだが、特に911陰謀論者が駆使するロジックはまったく「常識」に反している。上述した通り、陰謀論者の主張の骨格は、WTCの崩壊は制御解体によるものでテロは自作自演だったとするものだ。率直に言ってこの主張はできの悪い「あと出しじゃんけん」に過ぎない。テロリストの立場に立って考えてみよう。これが仮に誰かの自作自演だったとしてもテロリストに原因をかぶせようとしてるのだから同じことだ。

そもそも、WTCを崩壊させる必然性はどこにある?

飛行機を突っ込ませて多数の犠牲者が出れば目的は達するのだ。結果としてWTCが崩壊してしまったのは瓢箪から駒のようなもので、もともと想定していたものではなかった。911以前に飛行機の衝突でWTCが崩壊すると考えていた建築学者は誰もいない。想定していなかったから研究もなかったのが実態だ。911陰謀論者は、飛行機の衝突でWTCが崩壊してしまったのを「おかしい」と感じたわけだ。「おかしい」と思われそうな仕掛けを誰が仕掛けるものか。

三十一がもし陰謀をたくらむなら、ひそかにテロリストに手を貸してハイジャックが成功するように仕組むだろう。WTCに爆薬をしかけるなんて手間のかかる露見のリスクが高い作業はしなくてすむし、成功しても失敗してもテロリストは「自分が自分の意志でやった」と信じているからバレにくいし自然だ。
それだとWTCは崩壊しないかもしれないけど、それで何か問題がありますか?

WTCに飛行機が突っ込んだけど建物の崩壊までには至らなかったとして、ブッシュ政権はアルカイダへの攻撃を手控えたと思うかね?

常識を疑うべき場面では疑い、常識に従うべき場面では従うべきだろう。その区別をするために必要なのは「常識」、かな。

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コメント

高度に計画された魔法は科学と見分けがつかない。
冗談はさておき、真珠湾被害は計画されたものである事をご存知無いようですね。それぐらいの被害がなければ戦争など起こせません。
第7ビルの倒壊にまつわる数々のエピソードを見てもあなたが違和感を感じないなら、狸が背負った柴に兎が火打ち石で火を付けるのをその目で見ても、なんら不思議ではないのでしょうね。
まだ倒れていないビルを倒れたと報道したり、‘Pull it!’してもそれはあなたの“常識”の範囲内なのさ。私の常識とはかけ離れ過ぎているのだけれどね。

投稿: 目の鱗 | 2008年7月21日 (月) 13時34分

ベトナム戦争のきっかけになったトンキン湾事件ではひとりも死んでないですけどね。

投稿: admiral31 | 2008年7月22日 (火) 21時55分

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