« 「ファ○コンウォーズ」が出たぞ | トップページ | よいこは家に帰りましょう »

2008年9月14日 (日)

振り出しに戻る

昨日の時点では、朝イチの「リゾートしらかみ」で五能線を制覇した上で花輪線経由で盛岡に出て一泊するつもりでいた。ところが「リゾートしらかみ」の指定席がとれなかったのでこの計画はおじゃんになった。

次に考えたプランでは宿泊予定地は青森になった。ところが青森では宿がとれなかったのである。その次の日の行動を考えた上で周辺の都市で宿を探したところ、弘前なら予約できることがわかった。正直悩んだけど、考えてみればこれはこれでひとつのメリットがある。朝ホテルを出て、駅のコインロッカーに荷物を放り込めばあとは身一つで行動できるのだ。これは魅力だ。そして三十一はこの魅力に敗北を喫した。

今日のプラン通りに行動するためには、8時前の列車に乗らなくてはいけない。ところが目が覚めたときには7時をまわっていた。いくら駅前のホテルとは言え、PCを片づけ荷物を片づけ荷造りをしてチェックアウトするには時間が足りない。どうにか荷物をコインロッカーに突っ込み、どうにか目的の列車に滑り込んだ。弘前から大館方面行きの普通列車。E701系に実際に乗車するのは初めてだと思う。運転席を通して前方がよく見える。このあたりは昨夜も通ったけれど、夜で景色がほとんどわからなかった。大館までの間はちょうど秋田青森の県境で、SL時代には三重連が行き来していた難所だったけれど、電化にともなって線形が改良され、この区間のかなりの部分が複線化されている。実際に前面の窓を通して見ると、上下線が離れている個所が多い。こういう個所は単線の旧線に腹付け線増して複線にしたところだろう。東北本線でもよく見るやりかただ。峠を越え、トンネルを出たあたりでふと見ると右側を走っていたはずの下り線が見えなくなっていた。あれ、単線になっちゃったかな、それにしては合流した気配がなかったけどと思っているうちに、ずいぶん離れて走っていた(と思われる)下り線が近寄ってきた。どこに行ってたんだろう。

大館に着く。4分であわただしく乗り換え。花輪線はキハ110系に置き換わっている。水郡線から押し出されてきた車両だ。写真など撮っているあいだにクロスシートにありつけなくなり、ロングシートに座って苦しい姿勢で外を見る。西向きに発車し、奥羽本線から右側にわかれる。つまりこの時点では北西方向に走っているわけで、目的地盛岡とはまったくの反対方向になるわけだ。やがて列車は大きく左に曲がり、奥羽本線を乗り越して南東方向に走り始める。周りは典型的な日本の農村風景だ。やや遠景に折り重なるように山が見え、その手前に田んぼ。線路と道路と集落は、低地の田んぼと山の間のやや高くなった場所を走っている。去年見た我が先祖の地と構造はまったく同じだ。十和田南で進行方向が変わる。ついでにクロスシートに席を移す。このあたりからだんだん勾配がきつくなってくる。鹿角を過ぎるあたりから、すぐ横を流れる川が見下ろすと吸い込まれそうな渓谷になった。そして上空には覆い被さるように高速道路の巨大な橋脚と高架。実はこの花輪線は、ほぼ東北自動車道と並行している。三十一もかつてこの路線をクルマで走った経験があるが、その下を単線非電化の花輪線が走り、さらにその下を渓谷が流れているなどまったく思いもよらなかった。今三十一のはるか頭上をクルマで走る人々も同じだろう。昨日越えた分水嶺を反対方向に超えて、やがて荒屋新町。かつてここには盛岡機関区の支区があって、花輪線を行き交うハチロク(蒸気機関車8620形式)がたむろしていたのだが、今ではまったく面影がない。花輪線はピークの竜ヶ森トンネルに向かってひたすらのぼる。キハ110のエンジンがうなる。SL時代はさぞや大変だったろうと思わせる長い竜ヶ森トンネルを越えると、安比高原。はじめこの駅は「竜ヶ森」という名前だったのが、リゾート開発に便乗して現在の駅名に改称した。しかし「安比高原」より「竜ヶ森」のほうがよほど詩的だと思うのは三十一だけだろうか。「Dragon's Forrest」と「Comparatively cheap」ですぜ。さて「竜ヶ森」を出た列車は、今度は急勾配を転がるように下りていく。33パーミルという急勾配は国鉄路線でも有数だ。ブレーキをきしませて下りきるとそこは岩手山のふもと。右手に岩手山が見えるがあいにく山頂に雲がかかっている。そして再びお馴染みの農村風景。前方に複線電化の架線柱が見えると東北本線、もとへアイジーアールいわて銀河鉄道と合流する好摩だ。昨日の岩沼では合流してから駅だったが、好摩では駅を出てから下り本線を横断して上り本線に入っていく。線路のよいアイジーアールいわて銀河鉄道線(長いなあ)では全開で飛ばしていく。このあたりでも上下線が離れている個所が多い。盛岡に近づくと、アイジーアールいわて銀河鉄道が路線譲受後に新設した駅がいくつか。あからさまに造りが簡素なのですぐわかる。列車はそれらの駅にいちいち停まっていく。右手から昨日見た田沢湖線の高架が近づいてくると盛岡。

盛岡で列車をおりて、好摩~盛岡間のアイジーアールいわて銀河鉄道線(いいかげんにしてくれ)の運賃を精算しようと窓口に並んでいたら改札のお兄さんに指摘される「三連休パスは精算不要ですよ」 へ?
そういや、渡された注意書きをろくすっぽ読まないで置いてきちゃったっけ。しかしこのきっぷでアイジーアールいわて銀河鉄道線に乗られるとなると、ちょっと計画の変更が必要になってくる。そもそも乗れないものとばかり思っていたので、これから新幹線を使って八戸に出る予定にしていたのだ。
人の説明をそのまま鵜呑みにしないのが三十一だ。アイジーアールいわて銀河鉄道の改札を出てむかったのはJRのみどりの窓口。ここに備え付けられている時刻表の説明で確認しようというのだ。おお、あるじゃん。アイジーアールいわて銀河鉄道と青い森鉄道も三連休パスのフリー区間に含まれている。追加料金なしで乗れるなら、もちろん乗ります。盛岡~八戸間の東北新幹線には何度か乗っているが、同じ区間の東北本線(あるいはその後身であるアイジーアールいわて銀河鉄道と青い森鉄道)には、夜間「北斗星」で通っただけで昼間に通ったことがないのだ。30分ほど後に快速八戸行きがあるのでそれに乗ることにする。その間に盛岡で土産にするため「南部せんべい」の発送を頼んだら、おまけだと言ってバラで何枚かもらってしまった。うーむ、正直荷物になるんだが嫌いではないし、どうしよう。八戸につくまでに電車の中で食べてしまうことにする。

八戸行きの快速はJRと同じE701系電車。発車直後はそこそこ混んでいたが、好摩あたりから空いてきたので運転席のすぐ後ろに席を移しかぶりついて見る。ちょっと運転しづらかったかもしれない。感心したのは、信号の確認が早いこと。三十一は前面窓に加えて運転席の後ろのガラスを通して見ているので、運転席よりは間違いなく見づらいはずだがそれでも運転士が指差確認しているのを見ても信号がわからない。やっぱり信号の位置をわかってるんだろうなあ。はたで見るほど運転士という仕事は簡単ではないと痛感。線路がよいのでけっこう飛ばす。ときどきすれ違う電車とは、手振りと汽笛で挨拶をかわしている。それにしても、貨物列車となかなかすれ違わないなあ。運転席のうしろにかぶりついているのは、すれちがう貨物列車を確認するという目的もあるのだ。盛岡駅でちょうど上り貨物列車が停車していたのを見たが、残念ながら牽引機関車は確認できなかった(おそらくEH500だろうけど)。この路線は日本海縦貫線以上に貨物列車が行き交ってるはずなのでかなり期待していたのだけど、どうして三十一がいいポジションを得たときにかぎって。
電車は快速なのでかなりの駅を通過していく。蒸気機関車時代の撮影名所、奥中山峠を駆け抜ける。たぶんここだよね。まもなくアイジーアールいわて銀河鉄道と青い森鉄道の境界である目時駅。実際に見ると何の変哲もない山中の棒線駅でしかない。快速はこの駅をあっさり通過する。八戸に向かって駆け下る列車。対向列車とすれ違う。あれ、さっきまでは手を振って挨拶してたのに、今度は帽子に手をやってお辞儀してるぞ。先輩か何かだったのかな、と思ってハタと気づく。ここは青い森鉄道の路線だ。しかし直通快速の運転士は盛岡からずっと代わっていない。おそらくアイジーアールいわて銀河鉄道の運転士なのだろう。よその会社のテリトリーなので遠慮してるのかな。終点も近づきこのまま貨物列車とすれ違わないまま終わるのかなと思ったころ、八戸のひとつ手前である北高岩でEH500牽引の上りコンテナ貨物列車とすれ違う。なぜかほっとする。ATSのベルが鳴り響いて八戸到着。

八戸では1時間半ほど時間があいた。盛岡では時間がとれなかったので、ここで腹ごしらえしようと思っていたのだが。うーむ、食べるところがない。なんだかあやしいレストランしかないし。ここまで来て得体のしれないレストランになど入りたくない。入るなら間違いのないチェーン店か、この土地でしか食えないものを出す店のどちらかだろう。結局、東京でもおなじみのコーヒー店(スタバではない)でサンドイッチを詰め込む。南部せんべいのおかげでそんなに腹が減っていなかった。

3時過ぎに八戸を出るキハ100が2両の快速に乗車。実はこのとき勘違いをしていたのだが、その話はまた後で。新幹線からの乗り継ぎなのか、けっこう混んでいた。最初の停車駅三沢停車。東の方向にはうっそうとした森が茂っていた。あの向こうかな? あやしげな建物が森の影にちらほらと見える。上昇していく民間機と思われる飛行機も見えた。説明不要な三沢基地だ。滑走路はもちろん、格納庫もレーダーも見えないけど。そのへんアメリカは厳重だなあ。野辺地到着。到着直前、合流してくるであろう大湊線を窓の外にさがす。しかしそれらしきものはまったく見あたらない。そうこうしている間に駅についてしまった。そこで初めて気づいたのだが、大湊線と東北本線の合流方向を勘違いしていたのだ。この勘違いがどう影響するかというと、八戸で乗り込むときに三十一はこの列車の進行方向が野辺地で逆になると思いこんでいた。その前提のもとに座る席を決めたのだ。しかし実際にはこの列車は野辺地からそのまま大湊線に入っていく。大湊線は陸奥湾にそって走る路線で、右か左かで車窓の景色が全然違うのだ。しょうがないので反対側の座席から海を眺めようとするのだが、ちょうど夕方とあって向いに座っている人々はみんなカーテンをひいてしまい、ほとんど外が見えない。いっそデッキに立ってしまったほうがよかったかもしれない。乗客は終点のひとつ手前、下北で大半下りてしまったが、もうあとひと駅だけだし一番景色のよいところは過ぎてしまった。このまま終点大湊まで乗ってしまって帰りに期待することにする。

終点大湊といえば三十一的には海軍と海上自衛隊の町である。下北半島には2度ほどクルマで来たことがある。そのうち1度は大湊総監部の海軍記念館「北洋館」を訪れている。正直あまり面白くなかったけど。しかし列車で来たのは今回が初めてだ。
そのまま10分の折り返しで野辺地に戻る。今度は進行方向右側、つまり海側に席を占める。海岸線に出たころには5時を回っていた。陸奥湾の向こうに見える津軽半島のさらに向こうに太陽が沈みかけている。思いっきり逆光になりしかもガラス越しだが40枚ほどデジカメで写真をとる。何枚かうまく撮れていれば御の字だ。

これがマシなほうかな。
P9140052_2

野辺地につくころにはすっかり暗くなっていた。最初の予定ではE751系のつがるに乗り、一本で弘前まで行くつもりだったが、そのつがるは50分後。この駅で50分つぶすのは辛いと思った三十一は、4分で接続する普通列車でとりあえず青森に向かうことにする。まだ列車に乗ってるほうがマシだ。来たのはE701系。席が微妙にあいていないので立ったまま窓の外を眺める。このあたりは海のそばを走っているはずなのだが、かろうじて海だとわかるくらいの暗さになっている。浅虫温泉までくるとそれも難しくなり、もう外を眺めるのを諦めて立ったまま本を読む。青森に着く。またもや4分の接続で弘前行きの普通列車が案内されていた。一瞬そちらのホームに向かいかけて足をとめる。あれE701系だよなあ。あれに乗ったら今日4本目だ。さすがに飽きたよ。30分後に出るE751系のつがるを待って弘前に向かうことにする。実はさっき野辺地で待とうかと思ってた列車だけどね。

つがるが入ってくる予定のホームの反対の番線に日本海が入っていたので写真を撮る。これにも一度乗ってみたいけど、個室がないなあ。そうこうしているうちにつがるが入ってくる。自由席に座を占める。もう窓の外は真っ暗なのでどの席でも同じだ。それでもいちおう窓際に座る。何気なく座って、しばらくは何の疑問も持たなかったが突然気がついた。八戸からやってきたつがるは青森で方向が変わるのだが、三十一を含めたほぼ全員が駅に入ってきた方向、つまりこれから走り出す方向とは反対方向に向いて座っている。昨日の大曲でのこまちと同じように、この人々は後ろ向きのまま弘前までいくのかな。ちょうどそのころ、反対側にやってきた逆方向のつがるの乗客もみんな逆向きに座ってるから、きっとそうなのだろう。3分ほど遅れて青森を発車したつがるは、やはり3分ほど遅れて弘前に到着。ちょうど12時間かけて元の駅に戻ってきた計算になる。

本日の旅程:
弘前(0754)→大館(0836) 638M
大館(0840)→盛岡(1127) 1928D
盛岡(1210)→八戸(1340) 101M
八戸(1509)→大湊(1644) 3731D
大湊(1654)→野辺地(1754) 736D
野辺地(1758)→青森(1844) 577M
青森(1920)→弘前(1957) 23M

|

« 「ファ○コンウォーズ」が出たぞ | トップページ | よいこは家に帰りましょう »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/196234/42478034

この記事へのトラックバック一覧です: 振り出しに戻る:

« 「ファ○コンウォーズ」が出たぞ | トップページ | よいこは家に帰りましょう »