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2008年11月27日 (木)

今来たこの道帰りゃんせ

昨日の記事で「白いかもめ」を883系と書いていた。正確には885系。こっそり直しておきました。

ホテルをチェックアウトすると駅のコインロッカーに荷物を放り込む。今日の午前中は佐世保に来た第一の目的である海上自衛隊史料館に行くのだ。開館が9時半なのであまり早く出てもしょうがない、9時ごろ駅から歩き出す。タクシーに乗ってもよかったんだが、少し肌寒いくらいの歩くにはちょうどいい陽気だし、そんなにわかりにくい道でもなさそうなので歩くことにした。駅の反対側に出ると目の前は海。ただし海自の岸壁はフェリーターミナルの向こうでよく見えない。広い道の歩道をのんびり歩く。ふと見ると旧松浦線、現松浦鉄道の高架橋が見え、ディーゼル車が走っていった。時刻表調べてあれに2駅くらい乗ってもよかったんだと、そのとき初めて気づく。もう手遅れだ。橋で川を渡って公園に入る。川沿いは市立の公園だが、その隣は米軍の保養施設で「許可無く立ち入りを禁ず」と書いてある。ちょっとビビったがみんな平気で入っていくので有名無実なんだろう。この「ニミッツパーク」を横切って道路に出ると、今度はまた違う看板があり「自衛隊佐世保病院」とある。これが山本五十六が日本海海戦で負傷した後に一時入院していたという佐世保病院か。もちろん建物は新しくなっているに決まっている。

佐世保史料館に到着したのは、9時39分。入館時刻を記入させられたので1分単位で判明している。展示の感想は記事をわけよう

史料館を出たのは12時半ごろ、約3時間ほどいたことになる。今日は午後から雨になるという予報だったが、まだ雨が降る気配がないので駅に向かって歩くことにする。行きとは違うルートをつかって、30分かからないくらいで駅に到着。ちょうど15分くらいあとに博多行きの特急が出るのがわかったので昼食を買い込んで乗り込む。次の停車駅、早岐で進行方向が変わることがわかっているので座席は後ろ向きだ。みんなわかっているので大人しく後ろ向きに座っている。早岐が進行方向が変わるのは、かつて長崎本線は以下昨日も説明したので省略。
佐世保線はほぼまっすぐ佐賀方面に向かう。すぐに低い峠を越え、佐賀県に入ると有田。接続する松浦鉄道の列車が遅れているとかで少し待たされる。5分ほど遅れて発車。武雄温泉に向かう。車内の電光掲示板での英字表記が「TAKEOONSEN」となっており、Oがダブっていて日本語離れして見える。このあたり、確かに山がちではあるのだがそんなに極端な急勾配があるようには見えない。無理して今の本線を作る必要があるほどの隘路であったとは思えない。トンネルもそれほど多くないしね。肥前山口に到着すると、長崎からの「かもめ」と併結して1本の列車となって博多に向かう。長崎本線の海沿いの部分では、下り列車で左側、上りでは右側が海になるのでもっぱらそちら側の窓際に座ってきたのだが、ここから先の(というか、起点方向の)長崎本線では海はまったく見えない。どちらに座ってもそんなに変わらないので、敢えて反対側に座ってみた。こちら側に座ったことによる最大の収穫は、例の吉野ヶ里遺跡を車窓から見れたこと。まあこのあたりは昨日も来た道。鳥栖から先の鹿児島本線は一昨日来た道。あまり車窓を熱心に観察する動機が生まれにくかったのだが、ひとつだけ、原田駅だけは気にして見ていた。一瞬の通過ではあるが「はるだ」の駅名標を確認する。

博多に到着すると荷物をコインロッカーに放り込んで、約30分後の快速電車で今来た道を逆戻りする。やはり一日に一度は非電化区間を乗りたいということで、筑豊本線のうち非電化で残ってしまった区間(のひとつ)である桂川~原田間、通称"原田線"を乗車しようというのだ。実はこの区間は極端に列車本数が減ってしまって、乗れるときに乗っておかないと次にいつ乗れるかわからない。今回の旅行ではかなり優先順位の高い路線だったのだ。かつては特急が走っていたこともある路線なのだがねえ。もっとも、今日は佐世保の史料館でどのくらい時間がとられるかわからなかったのでスケジュールは確定していなかった。佐世保で思いの外タイミングよく特急に乗れたので、博多まで行ってしまっても間に合うようになった。いったん博多まで行ったのは、大きな荷物をコインロッカーにしまって身軽になるため。今夜の宿は博多だ。

813系の快速電車で原田までは4駅、約20分。原田駅では駅の片隅にキハ31ディーゼル車が1両ぽつんと停まっている。このホームは2面の番線の間に高さのギャップがある。いわゆる電車ホームと汽車ホームのコラボレーションですね。こうして見ると30センチくらい段差があるんだなあ。約7分の待ち合わせでディーゼル車は発車。かつては筑豊本線と鹿児島本線は線路がつながっていたはずだが、まあ今でも厳密に言うとまだつながってるんだろうがその渡り線はさび付いていてしばらく使われていない様子だ。北側にむかって発車すると、おもむろに右にカーブして鹿児島本線から離れる。むこうは電化複線、こちらは非電化単線だ。少し高度をあげ、バイパスと西鉄を乗り越す。筑前山家の駅前には錆が浮いた路面電車の車両が2編成置かれていた。西鉄か何かで使われていたものかなあ。ここから一気に峠越えにかかる。冷水峠だ。それほど山深いという景色ではないのだが、かなりきびしい上り坂であることがわかる。峠を登り切ったのか、エンジン音が少し緩んだと思うまもなくトンネルに突入。冷水トンネルはとんでもなく長い。抜けるまで少なくとも数分はかかっただろう。調べてみると3286メートルあるらしい。このあたりから雨が降り始める。飯塚市内に入った筑豊本線の沿線は、確かに市街地というわけではないが寂れているというほどでもない。この区間にある駅はすべて行き違い設備が撤去されており、ホームの片方は草むしている。かつての名残か自動信号が設置されて機能しているのだが、実際には原田~桂川間は1閉塞として1本の列車が往復するだけになっている。左側から電化された線路が近づいてきて合流すると桂川。ここから先、折尾までの筑豊本線と、いま左から合流してきた篠栗線はともに電化されて一体化された福北ゆたか線として運用されている。

福北ゆたか線は、北九州地区と博多を結ぶ路線として機能している。これまでその機能を負ってきた鹿児島本線のバイパスであるとともに、従来もっぱら北九州地区との結びつきが強かった筑豊地域を博多と結びつけることで再活性化をはかろうというもので、JR九州はこれまでいろいろと興味深い施策を行なってきたがもっとも重要な施策のひとつだと言えるだろう。もっとも、鹿児島本線のバイパスとしては実際には機能していない。単線区間が多いせいだろう。距離的には鹿児島本線が約50キロ、福北ゆたか線が約60キロ。

桂川では1分で接続する快速をいったん見送り、駅舎の写真などを撮ってから9分後に博多に向かう813系普通列車に乗り組む。えーと、この篠栗線もこれまで乗ってきた区間に負けず劣らず山の中なのですが。やはり博多に直結しているか否かが運命をわけたのだろう。だって、あれダムじゃない? 雨のせいでよく見えないけど。筑前山手駅なんて街が真下に見えるんですけど。ところで、今乗っている電車は813系。最近整備されている817系ではなく少し古いタイプになる。やはり817系は快速優先かな。これ普通だし。813系電車に初めて乗ったのは一昨年の九州旅行、鹿児島から川内までの区間だが、そのとき気づいたマークが今回の電車にもあるのを発見。

Pb270041

2時間弱の間に3本の列車を乗り継ぎ、ほぼ二等辺三角形の旅をして再び博多に。先にも書いた通り今夜はここで泊り。

今日の旅程:
佐世保(1308)→博多(1453) 4016M~2024M
博多(1524)→原田(1549) 4351M
原田(1556)→桂川(1624) 6626D
桂川(1633)→博多(1714) 2653H

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