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2008年11月 8日 (土)

国会に任せる気になれない日本的"民主主義"

空幕長更迭騒動に関連して、民主党が「幕僚長を国会同意人事にしろ」と言っているとかいないとか。

アメリカでは将官の昇進と軍の要職はすべて議会の承認が必要となっているはずなので、「それもひとつの考え方かもしれない」と、一瞬は思ったのだが、実はすごくおかしな議論であることに気づいた。

民主党の提案者に聞いてみたいのだが、これまでも大臣が何度も「不適切発言」で更迭されているが、一度も「大臣を国会同意人事にしろ」とは言わなかったよね。なのになんで「幕僚長を国会同意人事に」なのかな。

そもそも、幕僚長の任命権者は防衛大臣で、防衛大臣の任命権者は内閣総理大臣だ。仮に幕僚長の任免に国会が関与することになったとして、その上位者である防衛大臣の人事に国会は直接関与できない。中抜けになってしまうわけで、それで本当に国会による統制ができるのかね。

アメリカでは上記の通り軍の高官に対して議会の承認が必要だが、軍を統制する国防長官についても議会の承認が必要だ。国防長官に限らず閣僚一般がそうなのだが。つまりアメリカでは政権上層のかなりの深さまで、議会が直接人事を審議して承認するようになっている。

いっぽうの日本では、たぶん国会同意人事は政策的に重要でありながら政府からは比較的独立した組織の長に対して必要とされているように思われる。少し前に与野党間でかけひきがあった日銀総裁はこれに該当するし、例えば会計検査院長などもそうである。
しかし自衛隊などは、内閣総理大臣を頂点とするヒエラルキーに、明確に属している。つまり、トップを押さえることで全体を統制するという考え方だ。内閣総理大臣は国会によって選挙されることは言うまでもあるまい。
もし、国会による同意人事の範囲を拡大しようとするなら、ある程度の範囲(たとえば大臣・副大臣・政務官・事務次官および外局の長官など)をおしなべてカバーすべきだ。そうでなく、とってつけたように特定の個所だけを抜き出して制肘しようというのは、組織の指揮系統の健全性にとって望ましいこととは思えない。

ただ、論理的にはそうであっても、日本の国会があらゆる高級人事に対して審議し、承認したり否決したりしている場面を想像すると、理由のない違和感を感じてしまうのを禁じ得ない。これはどうしたことだろう。どうも日本の国会というものは、予算審議にしても参考人喚問にしても儀式めいた、実際的でない単なる実績づくりにすぎないような印象があるのではなかろうか。その点が、つい先日まで何ヶ月もかけて議論に議論を重ねて(ネガティブキャンペーンもあったけど)次代の指導者を選ぶアメリカの、本当に地に着いた民主主義と、日本の根無し草民主主義の違いなのだろうなあ。

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