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2008年12月15日 (月)

伯爵と総統

サブタイトルは"狼の巣に戦女神(ワルキューレ)は舞い降りる"。
元ネタとは似て非なり。

先日のこと、知り合いから「クラウス・フォン・シュタウフェンベルクって知ってる?」というメールが来て、もちろん知っていると返事をした上に関連書籍まで貸すことになったのだが、普段そんなことに興味なさそうな人間がどうしてこんなことを言い出すのだろうと思っていたら、こんな映画が公開間近らしい。

ああ、なるほど。
(オカルトにはまっているという噂の)トム・クルーズが主演ということで興味をもったのかなあ。しかしこの写真を見ると五体満足に見えるが、本人は北アフリカで負傷して右手・右目・左手の薬指と小指を失っているはずで、だからこそ油断されるだろうということで暗殺実行犯に選ばれたんだけどなあ。

シュタウフェンベルク伯爵家は、少なくとも13世紀にさかのぼる南西ドイツの有力貴族で、クラウス大佐の父はヴュルテンベルク王国の最後の式部長官であり、母方の祖先はグナイゼナウ元帥につながるという名門だ。そういう名門出身のクラウス大佐にとってみれば成り上がりのヒトラーが危うく見えたのだろう。

イギリスでは爵位には公(Duke)侯(Marquess)伯(Earl)子(Viscount)男(Baron)と5爵あるが、歴史的にもっとも古いのは伯爵で、それより高位の公爵や侯爵も、劣位の子爵や男爵もそれ以後出てきたものだ。
いっぽうのドイツでは大公(Erzherzog)公爵(Herzog)伯爵(Graf)男爵(Freiherr)騎士(Ritter)とあるが、大公や騎士は爵位と考えるのは難しいのでイギリスに比べると爵位の階層は少ない。これは国民国家の形成が早く進んだイギリスでは、宮廷における貴族間の序列をはっきりさせるために爵位が細分化したのに対し、統一国家の成立が遅れたドイツでは貴族はすなわちそれぞれ固有の領地をもつ独立君主で、貴族間の序列を決定できるような突出した権威が存在しなかったためではなかろうか。そのいっぽうで、貴族の主流である伯爵には、伯爵(Graf)の他に辺境伯(Markgraf)方伯(Landgraf)城伯(Burggraf)などが存在した。
余談だが日本の戦前の華族も5爵(公侯伯子男)だが、これは中国古代の都市国家の爵位に由来する。面白いことに古代中国の貴族の爵位も基本は伯爵であるらしい。有力国の君主はほとんど伯爵で、一部が侯爵、公爵はめずらしい。子爵や男爵は数は多いものの辺境国家であったり零細な小国家であったりして影響力は比較的小さい。

映画は、気が向いたら見に行くかもしれない。

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