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2009年2月28日 (土)

「蒸気機関車の技術史」

最近、蒸気機関車の復活運転があちこちで行なわれるようになって、見かける機会も増えた。しかしそれはあくまでも「観光」でしかなく、輸送手段としての蒸気機関車は30年以上前にその使命を終えている。
そのせいかどうかわからないが、蒸気機関車の技術的側面を正面からとりあげた本は意外に少ない。そういう意味でこの本は貴重だ。

日本は蒸気機関車については後進国だ。鉄道の建設はイギリスに比べておよそ半世紀遅れているが、蒸気機関車の国産という点では一世紀遅れている。狭軌というハンデはあったものの、後進という立場には先進国が試行錯誤の末獲得した機構のおいしいところだけをリスクなしで享受できるというメリットがある。
しかし日本の国鉄は標準化・堅実というお題目のもとに欧米で標準的になった新式機構の採用に驚くほど後ろ向きだった。
その筆頭は多気筒(シリンダー)である。左右にそれぞれ一気筒ずつ配置して左右の動輪を回転させる二気筒推進がもっとも基本的な構造と言えるが、3気筒4気筒といった多気筒推進は回転がスムーズになり線路に与える負担が小さいという長所があり、フランスやイギリスでは主流となった。しかし日本ではC53で3気筒が試みられたが、慣れ親しんだ2気筒との構造の違いに馴染めず定着することはなかった。
同じく、いったん高圧シリンダーで使った蒸気をさらに低圧シリンダーに送り込んで二回利用する複式気筒も、日本ではほとんど顧みられることがなかった。

かくして日本では二気筒・単式推進が推し進められることになる。いわゆる国鉄標準機と言われるタイプはすべてこのタイプである。そういう意味では、本格的な国産が始まってから30年ほどの間、日本の蒸気機関車は基本的な構造について言えばほとんど進歩がなかったと言える。

日本の蒸気機関車や日本の軍艦は世界的にみても優秀だった、という論調をよくみかける。実は三十一も以前はそう思っていた。しかし今は違っていて、表面的には優秀な性能を示していたとしても多くは重要な何かを犠牲にした結果でしかなく、また革新的な新機構を考案したこともほとんどない、技術史という視点からはさして取り上げるほどのものはないのではないかと思っている。
国粋主義者には怒られそうだけどね。国粋主義者と愛国主義者は区別しなくてはならない。

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コメント

はじめまして、以前から拝見しておりました。
内容、興味深く拝見しております。
私も以前からなぜ、英国や米国の蒸気機関車のように4気筒の機関車がないのだろうかと思っていたのです。山道やカーブが多いので短い機関車しか作らないのだという勝手な解釈をしていました。よく考えたら、幹線用の貨物機や旅客機に使用したらそんなの考えなくてもいいですよね。

日本の技術力(特に大東亜戦争以前)の評価に関して同感です。過大評価する傾向にある人がいますが、欧米各国に比べていかに、犠牲の上の性能が多いことか…。

長文失礼いたしました。

投稿: Duc.Ostandel | 2009年2月28日 (土) 17時21分

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