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2009年5月 9日 (土)

化学物質と無縁の生活は可能か否か

駅前のファストフードでひとり寂しく(実際には別に「寂しい」などと思ったりしないのだが)晩飯を食っていたときのこと。最初は隣席のカップルの会話がうざったいなあと思っていたのだが、そのうちその向こうの窓際の二人連れの会話が耳につくようになってきた。正確にいうと、学生とおぼしき女子に向かって得々とまくし立てている、それより少し年嵩の男の話の内容が気になったのである。

それは「環境ホルモンがどうのこうの」とか、「性同一障害」がどうしたとか言う、あからさまに怪しげなセールストークだ。ずいぶん前に同じようなセールストークをア○ウェイのセールスマンから聞いたことを思い出した。
ところで環境ホルモンは実はそれほど問題にするような影響はないことがわかっている。マスコミは「問題がありそう」というときは騒ぐけど「問題なかった」というときは放置を決め込むのであまり知られてないけどね。

そうこうしているうちに問題の彼が聞き捨てならない一言を口にした。

カガクブッシツってのは、人間が作った物質のことなんだよ。

ハイそれ間違い。
人工的に合成された物質は確かに化学物質だけど、化学物質のすべてが人間が作ったとは限らない。ある命題が真であったとしてもその逆が真とは限らない、というのは基礎の論理学ですな。そもそも、身の回りの物質はすべて化学物質である。水でさえ H2O という立派な化学物質だ。

例えば「自然」の代名詞ともいうべき無農薬栽培でさえ、微視的には土中の水や窒素化合物やリン酸といった化学物質と、空気中から取り込んだ二酸化炭素という化学物質を反応させて、有機物という化学物質を生成する、化学合成作用だと言える。

彼はさらに畳みかける。「現実的には、化学物質とまったく無縁な生活は無理なの」

そりゃあ、そうですなあ。
「化学物質」の歴史は人類はおろか地球よりも太陽系よりも古いのである。「化学物質と無縁な生活」なんてこれまで一瞬だって実現したことはない。

いや、言いたいことはわかるんだけどね。言葉の選択がおかしいのですよ。細かいことを言うようだけど、用語を不適切に使う人間には理屈が通じないというのは、かなり確度の高い経験則なのでね。

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