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2009年6月30日 (火)

じゅうねんひとむかし

ドッグ・イヤーの昨今、10年も経つと一昔どころか二昔も三昔も前のことのようだが。

この blog の前身にあたるテキストサイトを開設した正確な日付は今となってはわからない。「愚痴」の一番古い日付は8月だが、それよりもう少し古いことは確かで、こないだ探してみたかぎりでは、残っていた一番古い記事は1999年6月30日のものである。つまり、今日からちょうど10年前になる。

よくまあ続けてきたものだ。途中で萎えそうになったこともあるが、なんとか継続してきた。この次の10年も続けることができるかな。

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2009年6月29日 (月)

シーローンチは燃えているか?2

三十一の知るかぎり日本ではまったく報道されていないので詳細がよくわからないのですが。

Court filings detail Sea Launch's bankruptcy (spaceflightnow.com)

どうもシーローンチが裁判所に破綻を申し立てたらしい。
2007年に打ち上げ事故を起こして射点に大損害を被り、一時は再起が危ぶまれていたが再開にこぎつけていた。しかしその出費と、それからアメリカの金融危機による発注減によって資金繰りが悪化して自力更生を断念した、と読めるのだがあってますかね。
経済記事は読み付けないもので。

天下のボーイングが出資してるからこのまま事業断念とはならないだろうなあ。三十一の希望的観測かもしれないが、なんとかして事業継続になるものと思われる。個人的に三十一はシーローンチの枠組みに期待していて、ある種のモデルになってほしいと思っているから、ぜひ再生してほしいものだ。

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2009年6月28日 (日)

ゲルマン民族とはあまり関係がない

たまたま発見したのがドイツ人で、だからゲルマニウム (Germanium) と命名されたのが元素番号32である。半導体として知られているけど、むしろ有名なのは「健康」器具の材料としてだろう。

ゲルマニウムは効かないよ (kikulog)
ブレスレットは効かないだけだが、食べると実害のあるゲルマニウム (忘却からの帰還)

金属ゲルマニウムを身に付けていたからといって、何か効果があるかもしれないと思えるところがすでに三十一にはよくわからないのだがなあ。ゲルマニウムは安定元素だから何か出てくるわけでもないし、経皮吸収されるなんて話も聞いたことがない。電子が放出されるなんて与太ごとを書いている業者もあるらしいが、電子が出てるってβ崩壊してるってこと? そんなもん一瞬だって身に付けたくないですわ。

なお、ゲルマニウムを口にするのは「やめたほうがいいこと」に分類される行為で、ゲルマニウムを含む「健康食品」を摂取していた人の中には死者も出ているとか。身に付けても効果がなく、食べるとキケンな代物がなんで「健康によい」と思われるようになったのか、その「都市伝説」の形成過程にはちょっと興味があるけどね。

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2009年6月27日 (土)

完成していれば無駄遣いじゃなかったのに

三十一がオタク経済評論家・森永卓郎をどうにも信用しきれないのは、何かの番組で見た「鉄道貨物が衰退している中で建設された南方貨物線は無駄遣いの代表」(意訳)という発言のせいだ。

環境問題がうるさく言われている昨今、環境負荷の観点では非常に有利な貨物列車の役割を完全に無視したその現状認識がまず不信を呼ぶ。
三十一のように貨物列車に興味のある人間にはすでに周知のことだと思うのだが、JR貨物のドル箱である東海道山陽筋の高速コンテナ貨物列車のダイヤ設定で最大のネックとなっているのが名古屋近辺である。東京付近では、小田原までが複々線となっていて客貨分離されている。大阪付近でも、草津から西明石までの区間が複々線となっている。いまではこの区間にも旅客列車が進出しているけど、もともとが貨物用線路であるからしてかなり自由度をもってダイヤ編成ができることは間違いない。しかし名古屋付近では客貨分離はなされていない。旅客列車と線路を共用している。線路自体の持ち主はJR東海で、名古屋付近の通勤輸送は東海道新幹線に次ぐJR東海の重要な収益源だから、そうそうJR貨物にスジを譲ってはくれない。

南方貨物線が完成していれば、大府から稲沢までが客貨分離される。さらにもう少し投資すれば岐阜までのばせるかもしれない。そうすれば、ラッシュのタイミングであっても少しは貨物列車を割り込ませることができるだろう。

荷主が貨物列車に求めるのは、速達性はもちろんだが、次に重視されるのは着発のタイミングである。時間帯の悪い列車は利用されにくい。逆に言うと、いかに時間帯のよい列車を設定するかが勝負だ。そういう場合に、ラッシュ時間帯だからとまるまる何時間か一本も列車を設定できないというのはかなり痛い。

死んだ児の年齢を数えるようで詮無いことだが、完成させてほしかったなあ。

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2009年6月26日 (金)

ベジタリアンが長生きするとはかぎらない

「CIPHER」には「ベジタリアンだ」と書かれていたけど、本当かどうかは知りません。

マイケル・ジャクソンさん急死 (asahi.com)

「スリラー」のころ、三十一は高校生だった。洋楽を本格的に聴き始めるのは少し後だったので、個人的には「ビートイット」とかのほうが馴染みがある。しかし、ジャクソン・ファイブのころのマイケルもなんとなく覚えている。

最近のマイケルジャクソンは見るからに不健康そうで、整形を重ねた結果がかえって老化を促進してしまったような印象があった。男のはずなのに魔女めいて見えたりして。
三十一の中ではマイケルジャクソンはすでに終わっていて、過去の遺産で暮らしている金満老人としか認識されていなかった。いまどき50年の人生は若死にの部類に入るだろうが、その長くもない生涯のうちの後半がオマケだったようにすら見える。

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2009年6月25日 (木)

他人の空似

asahi.com を見ていて

「あ、春風亭昇太」

と思ったら水谷豊だった。

笑点ばかり見てるんじゃないよ。

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新年まであと2か月

案の定、日本のマスコミはワシントンでの列車事故について続報を流さないので、アメリカンなニュースはやはりここだろうと cnn.com に行ってみたのだが大した記事が見つからず、何を考えたのか気がついたら nfl.com を開いていた。

2009年が始まるまであと2か月、マメにニュースを追っていた人にはとうにわかっていることだろうが、三十一が気になった点を思いつくまま調べていってわかったことが何点か。

Brette Favre はすでに Historical Player の仲間入りをしていた。自分から引退を表明したということだが、NY Jets としても Favre に頼った昨年は結局思ったよりも上昇できなかったし、古巣の GB は Rogers 体制に切り替わってしまっている。Wikipedia によると Minnesota での現役復帰という可能性が取りざたされているらしい。二年連続で引退撤回というドタバタはちょっと見たくないなあ。

わが Denver Broncos のスターター QB は Kyle Orton にほぼ決まったと報じられている。まあ、Chris Sims よりは無難だと思うよ。

去年、開幕戦で Tom Brady が負傷しシーズン絶望となったあと、急遽 QB としてチームを引っ張り11勝5敗にまでこぎつけた Matt Cassel は、Kansas City に移っていた。KC はいい買い物をしたなあ。むしろ Denver に欲しかった。同地区の KC に実績のある QB が移ってきたのは Denver にとっては不利な材料だ。Cassel があっさり(かどうか知らないが)移籍したことで、New England の今年の QB は順当に Tom Brady の復活となろう。

ぼつぼつ、HDD レコーダーの空きを作り始めないといけないなあ。5か月ぶんの映像を2か月でDVDに焼いて消さないと。

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2009年6月24日 (水)

おカマを掘るのは自動車ばかりではなかった

信号待ちなど停車している車両に後ろから追突するという事故はそれほど目新しいものではない。自動車ならね。

ワシントンで列車追突、7人死亡・重軽傷70人超 (asahi.com)

最初にニュースで第一報を聞いたときには「正面衝突」と言っていたような気がするけど、実際には追突だったらしい。まあ正面衝突にしても追突にしても、信号が正常に機能していて運転士がそれに従っていたなら起こり得ない事故である。

NBCテレビは、前の列車が停車中で、後続列車が気付くのが遅れたと報じた。

鉄道の信号システムを多少なりとも知っている人間にとって、この一文はまったくのナンセンスである。自動車とは違って、鉄道は運転士が前方の進路を確認しながら進行するようにはできていない。前方の進路の安全は信号によって保証されるのである。極端な話、鉄道は前を見ずに信号だけ見ていても事故は起こさないようになっている。裏返すと、人間が前方の障害物を目視で確認して制動措置をとってもほとんどの場合はすでに手遅れである。鉄道のブレーキ性能は自動車の10分の1以下と考えてよい。駅のホームから線路に人が転落したときに「見えてるんだから止まれるはずだ」というのは自動車の感覚で言ってるのだろうが、運転士にとっては言いがかりでしかない。

この記事には書かれていないが、かなりのスピードで追突したという目撃証言もあるようだ。この路線には自動運転機能もあったそうで、事故当時自動運転だったかどうかはまだ明らかではないが、いかに自動運転だからと言っても閉塞システムを使っていないとは思えない。日本の鉄道では、少なくとも近年は衝突あるいは追突による大事故は起きていない(日比谷線事故も福知山線事故も信号システムの問題ではない)が、たとえば信楽線事故のような衝突事案では閉塞システムを無効化するような人手の介入が原因となっている。軌道回路による自動閉塞システムは充分枯れた技術で、仮に自動運転システムであったとしてもバックアップ(あるいはセイフティーネット)として並行運用すべきだろう。根本的なシステム設計ミスか、さもなくば人為的な問題があったものと考えられる。

続報を待とう。マスコミには期待できないので、再来月あたりの鉄道雑誌に期待する。

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2009年6月23日 (火)

211番目にして最後

今から64年前の今日6月23日は、日本陸海軍を通じて211番目にして最後の大将が昇進した日。実際には後日6月23日にさかのぼって発令されているのだが。昇進と言ってもちっとも目出度い話ではない。

陸海軍70年の歴史の中で、陸軍134名、海軍77名の大将が生まれたわけだが、果たしてこれが多いのか少ないのか。アメリカ軍なんかは200年以上の歴史をもつが、ごく限られた大功を挙げた軍人以外でも、平常時から大将という階級が与えられるようになったのはせいぜいこの100年にもなっていない。その間に米陸軍だけで約200名の大将が生まれている。ペースだけなら日本とそれほど変わらない。アメリカでは陸海軍のほかに空軍や海兵隊、沿岸警備隊でも大将が任命されているので総数はずっと多くなるけれどね。

話を元に戻そう。
沖縄戦では日本の第32軍司令官牛島中将、アメリカの第10軍司令官バックナー中将を筆頭に敵味方あわせて無慮数十万の人命が失われた。しかし、8年にわたって戦場となった中国大陸、6年間戦いが続いたヨーロッパ、4年間に数百万の兵士が激戦を繰り広げたロシアと比べて飛び抜けて悲惨か。なんなら半年にわたって日米が激突したフィリピン、あるいは日英の最前線となったビルマと比較してもいい。
要するにこういう比較はあまり意味がないし、「それを言うならウチだって」という反応も引き起こしかねない。意味があるとしたら、国内政治の観点からかなあ。

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2009年6月22日 (月)

解散風びゅーびゅー

(C) あずまきよひこ。

ローゼン麻生閣下は「あずまんが大王」を読んでいるだろうか。読んでいそうだなあ。


いわゆる重要法案が衆議院で再可決成立して、にわかに解散風が吹き荒れている。
いま選挙をしたら政権交代間違いなしという雰囲気をマスコミが演出しているけど、果たしてそうかなあ。どうも三十一は民主党という政党を信用できない。八方美人としか思えないのだ。
鳩山由紀夫総理大臣ねえ。ちょっと想像つきません。

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2009年6月21日 (日)

4分の1パウンドおー

会社帰りの電車の中で目に入った広告。某ハンバーガーチェーンの「クォーターパウンダー」という新商品だ。三十一はこれを見て、「1ポンドは約454グラムだから、4分の1ポンドだと110グラムちょっとだなあ」と半ば無意識に換算していた。

で、ふと思いついたのだが。

1ポンドが約454グラムだというのはすでに三十一の中では基本知識として定着してしまっている。同じように、1インチが約25.4ミリだというのも同じように定着している。1インチの長さを覚えてしまった理由ははっきりしていて、5インチ=12.7センチ、8インチ=20.3センチ、16インチ=40.6センチ、その他の換算は第二次大戦期の艦載砲の口径として何度も目にするうちにすっかり見慣れたものになってしまった。ところが、では1ポンドが454グラムだと覚えたのはどういう経緯だったろうと思い出そうとしたが、どうもこれが思い出せないのだ。
米英では重さの単位にもっぱらポンドを使っていて、たとえば急降下爆撃用の爆弾として多用されたのは1000ポンド爆弾、つまり日本式に言うと454キロ爆弾となる。1000ポンドが454キロに当たることは、知っていて困ることではないが必ずしも知らないといけないというほどのことではない。しかし艦載砲の口径はワシントン/ロンドン条約での建艦制限の重要な項目になっていてこれがわからないと第二次大戦期の軍艦について語ることはできないと言ってよい。三十一も、どうも1ポンド=454グラムという知識が先にあって、それから1000ポンド=454キロという換算をしていたように思う。じゃあその先行した知識(一ポンド=454グラム)はどこから来たんだろう。三十一のことだから特定の分野がらみであることは間違いないのだが、その特定の分野で1ポンド換算が必須であるような話がどうにも思い当たらないのだ。

ま、理由はともかく身に付いてしまったものは有効活用しよう。世間的にはそれほど役に立つ知識とは思われないかもしれないが。

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2009年6月20日 (土)

「日本の歴史07 武士の成長と院政」


これまで、いわゆる武士論をいくつも読んできたけれど読むたびにわからなくなるというのが正直なところだ。ただ確実なのは、歴史の教科書で習った「武士=武装した在地領主」という図式がすでに成り立たないということ。

著者自身が自ら「学界で認知を得ているわけではない」としているので、この本での主張をそのまま受け売りするのは控えたほうがいいかもしれない。ただ、読んでいて思った(気づいた)のは、武士といってもその中にも階層があるのだな、ということ。考えてみれば当たり前のことで、当時の貴族の中にだって階層はある。近年の武士論では、武士の起源として板東などの地方に軸足をおいた在庁官人/地方領主が武装したもの、あるいは武官としてまたは摂関家の家人として護衛や警備にあたったもの、という主張が対立しているが、どうもその中間(あるいは両方)に正解があるように三十一には思えるのである。発生期の武士にはその両面があっただろう。しかし将来武士の棟梁となる源氏嫡流と、その爪牙となる板東武士とでは、重点に違いがあった。そのどちらに着目するかによって、見え方が違ってくるのではないか。どうもそんな気がするのだ。
だからどっちが正しいかという議論そのものにあまり意味がないかというと、実はそうでもなくてそういう議論の間から当時の武士の本質が見えてくるのではないか。

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2009年6月19日 (金)

すでに非国民な気がしてきた

三十一はあまり好き嫌いはないと思っているのだが、よほどのことがない限り食べない(食べられない)ものがある。納豆、カキ、ラーメンだ。

三十一はもともと関西系だから、納豆を食べられないのはそれほどおかしなこととは思えない。最近は大阪でも納豆を売ってるらしいのだけれどね。
「カキ」と聞いて「ああ、牡蠣ね」と思ったあなた、残念でした。「柿」です。どうもあの匂いが昔から好きになれないのですよ。

さて問題の3つ目、ラーメンだ。
昔はけっこうラーメンも食べていたような気がするのだが、なにしろもとが関西系なもので東京の醤油ラーメンにはどうにもなじめず、自分から進んで食べない期間が長くつづいた。おかしなもので、長い間食べ付けないとだんだん身体が受け付けなくなってくる。昔は平気で食べていたはずの塩ラーメンであっても、たまに食べるとかなりの確率で腹をこわす。インスタントラーメンであろうと、外の店で食べるラーメンであろうとあまり変わらない。三十一にラーメンを食わせるのは毒を盛るのと同じだ。
イスラム教徒と結婚して改宗した日本人が、しばらく食べないでいるうちに以前は平気だった豚肉をうけつけなくなったという話を聞いたことがあるがそれも同じような理由だろう。

いまやラーメンは国民食らしいのだが、国民食をうけつけない三十一はすでに生まれ変わるまでもなく非国民かもしれない

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2009年6月18日 (木)

バッチツールとしてのエクスプローラー

仕事だったり趣味だったり、Windows というよりは DOS 窓でバッチを流すことがときどきある。今ちょうど仕事で(鬱)バッチを流しているのだが、ディスク容量の関係で全部まとめてできないので分割しながら順番に流しているのである。
分割しながら流すとしても、ひとつひとつがそれなりに時間がかかる。ずっと見ているわけにはいかないので裏で流し続けていて表では別の作業をしているのだ。一方、終わったときにはすぐ後処理をして次のバッチの準備、実行にとりかかりたい。時間がかかるだけに無駄な時間は極力少なくしたい。そうしてたどりついたのが、バッチファイルの一番最後に魔法の呪文を追加するやり方。

> explorer c:\

やってみればわかるが、これでエクスプローラーの窓が立ち上がる。三十一は普段エクスプローラーを使わず、フリーソフトを使っているのだが、バッチ処理が終わると目の前にエクスプローラーの窓が出てくるので嫌でも気づく。

この「バッチ処理完了通知機能」にすっかり味をしめ、使い続けているうちに面白いことに気づいた。バッチから explorer を起動すると、その窓を終了するまでバッチのコマンド・プロンプトに制御が返らないのだ。てことは、適当なところに上の一行を入れておくと、窓が立ち上がってそのまま処理が一時停止する。その窓を終了すると、一時停止していたバッチが再開して処理が継続される。バッチの一時停止には pause を使うのが定番だけど、pause はキー入力待ちになっても通知の役をしてくれない。エクスプローラーを使えば一石二鳥だ。

エクスプローラーでなくても同じような目的に使えるコマンドは他にもありそうだけどね。
三十一はこれまでエクスプローラーをほとんど使っていなかったけれど、これからは重宝しそうだ。本来の目的とは違う目的で。

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2009年6月17日 (水)

全百二巻

ちょっと前のことになるが、土曜日に久しぶりに神保町に出かけた。しばらく前から行かなきゃ行かなきゃと思っていたのだがなかなか機会がなかったのだ。久しぶりに出かけた甲斐があった。古書店で戦史叢書のうち入手をほぼ諦めていた「海軍航空概史」を見つけたのだ。当然買う。

これで戦史叢書全102巻のうち、大本営陸海軍部開戦経緯と年表あわせて8巻を除いてすべて手に入れたことになる。長い道のりだった。それなりにお金も使ったけど。

これまでほとんど見かけたことのない年表は別として、ほぼ入手を絶望視していたのが「潜水艦史」と「海軍航空概史」である。図書館で借りて読んだことはあるけど、古書店にはきっと出ないだろうと思っていた。ところが少し前、思いもよらず「潜水艦史」を見つけて入手した。これで「航空」が見つかればと思っていたのだが、まさか本当に見つかるとは。

Amazon の中古品では3万円の値段がついてる。


さて、ほぼ一式そろえた戦史叢書で何をするのかな。もちろん、まずは読むんだけどさ。

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2009年6月15日 (月)

善男善女の群に混じる不信心者

飯を食って温泉につかって寝て起きてまた飯を食ったあと、宿を出て動き始める。
昨日は上田市内を歩いたのだが「もういいや」ということで一同意見の一致を見たので今日の予定をどうしようかと鳩首協議の末、長野に寄って帰ろうかということになる。帰京のための切符は企画者が手回しよく指定席を買ってある。おまけに旅行代理店でパック割引として買っているので変更がきかない。指定券を無駄にしたくないのであれば、スケジュールはその切符に拘束される。三十一だったらよほどのことがないかぎり直前まで指定席なんて買わないんだけどなあ。まあ今回は連れて来られている身なので文句は飲み込んだが。

宿をチェックアウトしたあと、昨日見かけた旧式電車を見るために一行から少し先行する。「ついでに切符買っておいて」と言われたが、自販機で5千円札が使えず窓口で買ったら硬券が出てきた。うわ懐かしい。最近みかけないなあ。記念にもらってこようかと思ったりもしたけど、まあ無理にとっておいてもしょうがないと上田駅を降りたときに渡してしまった。時間を元に戻そう。窓口で和服を着た女性駅員(どうも名物らしい)と話している間に一行に追いつかれ、入手した切符を配っておいて駅舎をぐるりとまわって旧式電車の写真を撮る。

P6150020

30分で上田駅に着き、長野までの乗車券と自由席特急券を買ってさて次の電車はと見ると30分以上時間があいていた。むむ、これだったらしなの鉄道で行ってもよかったかな。自分だけだったらそうしていたかもしれない。だが年寄りもいるので大人しく待合室で時間をつぶす。結果として、昨日来たのと同じ下り列車に、昨日の下車駅から乗り込むことになる。

長野新幹線はトンネルの多い路線ではあるが、上田の市街地を外れると信越本線(おっと)しなの鉄道と別れてトンネルに突入し、次に明かり区間に出るのは長野盆地に入るところである。トンネルを出てすぐ、左手にタンク車を連ねた列車が見え「篠ノ井かな」と思っていたらEH200を目撃。おお、EH200の実物を見るのはひょっとしたら初めてかなあ。新鶴見を通ったときに見たかなあ。ちょっと記憶が定かでない。

長野駅には何度か来たことがあるのだが、新幹線が開通してからは初めて。以前の面影はまったく残っていない。駅からタクシーを拾って善光寺へ。確かに巨大な門や巨大な本堂には迫力がある。門から本堂に歩く途中、坊主の行列が登場するとそれに向かって跪く善男善女の群。三十一の感覚からすると異様な光景だった。先頭を行く赤い袈裟の僧侶は露払いか。その後ろには金色だか紫色だかの袈裟を着たもっとも偉いと思われる僧侶と、それに続く従者が何人か。ご丁寧なことに、もっとも偉いらしい金色紫坊主にはわざわざ脇から日傘がさしかけられている。制服をきた警備員が、駆け寄って跪こうとする信者を制止するのかと思ったら、どうも「もっと近づかないと御利益がない」とでも言ってるのか、その行列の足下に誘導していた。なんだろうなあこの茶番は。

そんな光景を脇目で見ながら我々は本堂に上がったのだが、愉快なことに誰一人財布を出そうとする気配もない。誰も賽銭を出す気がないのだ。本堂の中には自動券売機があって、いくらか払うと本尊の近くまで行けるらしいのだが、賽銭も払う気のない人間がそんな金を払うわけもない。結局、善光寺境内では一銭も払わずに30分あまりでタクシーを拾って駅に向かう。何しに来たのかなあ。

駅で少し時間を潰して予定通りの東京行き新幹線に乗る。行きの電車は大宮から軽井沢まで無停車だったが、帰りの列車は安中榛名と高崎にも停まる。行きの列車ではどこが安中榛名駅なのかわからなかったのだが、帰りは停まるのでさすがにわかる。だけど、これ本当に新幹線の旅客駅ですかねえ。窓の景色を写真にとって、「これは北海道石勝線の信号場から撮った写真」って言っても疑われないんじゃないかな。これでも開業当初よりは開けたという話だが。

今回の旅行で思い知ったのだが、やはり女子と男子では旅行に求めるものがだいぶ違うように思える。違うのは男女じゃなくてお前とそれ以外の人間だ、と言われると反論できないのだが、それはともかく、一人で行く気ままな旅の醍醐味を知ってしまうと、今回のような人に合わせなければいけない旅はつらい。自分の行きたいところには行けないし、時間をかけたいところでも時間をかけられないし、その一方で三十一の主観的にはまったく無駄なことで時間をとられる。帰りの電車の中で「次はつきあわないから」と宣言した。どうも相手には通じていなかったようだが。

帰宅後、上田電鉄で乗った列車の列車番号を調べようと思ったが、「JTB私鉄時刻表」ですら列車番号が記載されていなかった。

今日の旅程:
別所温泉(1034)→上田(1103) 上田電鉄別所線 (7200系まるまどりーむ)
上田(1147)→長野(1200) 515E (E2系)
長野(1426)→東京(1612) 530E (E2系)

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2009年6月14日 (日)

牛にひかれて善光寺参り

今回の旅行は実家のお付き合い。同行者がいると思うように動けないのでできたらひとりで行きたいところだが、その代わり自分だけなら絶対泊まらないような温泉旅館に宿泊できたり(自分の分はもちろん払うのだが)するので、まあたまにはいいかと覚悟を決めてつきあうことにする。
行き先はお任せしていたのでが、旅慣れない企画者が旅行代理店に相談して決めてきたところがちょうど三十一が乗ったことのない路線を含んでいたのはケガの功名だ。

東京駅の銀の鈴で待ち合わせ。銀の鈴なんて何十年か前に何かの旅行で待ち合わせに使ったきりである。そのころはもうちょっと薄暗かったような気がする。本当に暗かったかどうかというより、なんか雰囲気が暗かった印象がある。今ではすっかりきれいになっていろんな店が入っていたりする。次に使うのは何十年後かな。

E2系自体はこれまで何度も乗っているが、"あさま"としては初めて乗る。進行方向左側の窓際。大宮を出ると軽井沢まで無停車ということで、快調に飛ばす列車だが高崎を通過した少し後でやや減速する。上越新幹線と長野新幹線が分岐する地点だ。ここの分岐に使われているポイントは36番だか38番だかという日本で一番角度の浅いポイントで、長野新幹線初体験の三十一はもちろんこのポイントを分岐側に渡るのは初めてだ。ここから初乗車区間となる。
榛名山のふもとを、トンネルを交えながら列車はどんどん高度を上げていくはずだが、あまり勾配を感じない。減速している気配がないからだろうか。乗客にとってはいいことだが趣はない。最後の長いトンネルを抜けると軽井沢。左側、つまり南側にはショッピングセンターができているらしい。この先、佐久平付近ではやや地形が開けるが基本的にはトンネル。長いトンネルを抜け、千曲川を渡ると上田。ここで下車。

上田では同行者に連れられて上田城に行ってみたり、土産物屋であれこれと物色するのにつきあわされたりしたが、三十一がつまらないので割愛。

上田駅の南側、千曲川のほうに面したホームの上田電鉄に向かう。かつては上田交通だったが、鉄道部門は本社から切り離されて子会社化され上田電鉄と呼ばれる。新幹線の開業にあわせて改良されたのかきれいではあったが、1面1線のコンパクトな駅。見るからに東急のお下がりとわかる2両編成の電車が停まっていた。

駅を出るとすぐ左にカーブし、千曲川をトラス橋でわたる。このトラス橋は古くていい感じ。鉄道模型レイアウトのモデルになりそう。次の駅の城下が交換可能になっていて、始発の上田駅の1面がふさがっている場合にはここで抑止されるんだろうなあ。電車は住宅の軒下すれすれを走る。同行者のひとりが、ワンマン列車に乗るのは初めてらしく、改札のない無人駅や運転士直後に整理券箱のあるのを見て「バスと一緒だね」と痛く感心していた。ちょっと地方に行くとけっこう見かける光景なんだけどなあ。

ほぼ中間の下之郷駅は上田電鉄別所線の拠点駅らしく、駅員が配置され車庫もある。この手の中小私鉄では、始発あるいは終点ではなく中間の適当な駅に拠点を置くケースが多いように思える。ちゃんと調べたわけじゃないけど。
終着ひとつ手前の八木沢駅付近で、窓の外に「分譲中」の広告を見かけた。喰っていけるのならこんなところに住むのもいいけど。

30分ほどで終点の別所温泉駅。駅に入る少し手前、切り離された線路にかつて別所線で使われたと思われる車両が展示されていた。駅はもともと2線2面だったようだが、片方のホームは草むしておりそちら側の線路も撤去されていて始発と同じく1線1面だ。

P6140013

駅前から旅館行きのバスも出ていたのだが、乗り遅れたので歩いていくことにする。

今日の旅程:
東京(1024)→上田(1147) 515E (E2系)
上田(1539)→別所温泉(1607) 上田電鉄別所線 (1000系)

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「お迎え」ではなく「送り迎え」でしょう

現地時間土曜日に打ち上げが予定されていたスペースシャトル・エンデヴァーだが、液体水素漏れのため打ち上げは延期された。17日に Lunar Reconnaissance Orbiter (LRO) の打ち上げがあるため、20日以降になる可能性が高い。数日の遅れはよくあることで、まったく問題なく当初のスケジュール通りに打ち上げが行われると、打ち上げ関係者の中にはかえって不安に思う人もいるらしい。

Space Shuttle Endevour launch postponed by leak (spaceflightnow.com)
若田さんお迎えシャトル打ち上げ延期 (asahi.com)

えーとね、今回の打ち上げの最大の目的は、国際宇宙ステーション(ISS)を構成する日本の実験モジュール「きぼう」の外部実験プラットフォームを輸送し接続することである。宇宙空間に暴露して継続的な実験が行える外部実験プラットフォームは、「きぼう」のもっとも特徴的な装備で、その成果に期待する向きは多い。「きぼう」の最大の存在意義、と言う人もいる。コロンビア事故とシャトル退役決定の後、総打ち上げ回数が決められた中で、外部実験プラットフォームの打ち上げは中止されるというNASAの意向が伝えられたこともある。それがどうにか完全な形での「きぼう」打ち上げにこぎつけたのは関係者の努力の結果だろう。言い換えると、これで日本が提供するISSのハードウェアは打ち止め。NASAから見ると日本への義理は果たしたことになる。

アメリカはとにかく予定通りにシャトルの運用を終えたいらしく、このところシャトルの打ち上げペースを上げている。もともと、建設機材の輸送はシャトルで、人員の輸送はソユーズで、物資の輸送はプログレスで、というのが主なISS支援の枠組みで、建設が終わればシャトルは用済み。あるいは用済みにしたいために建設を早く終わらせようとしている。シャトルによる人員輸送は機材輸送に便乗しているだけなのだ。若田さんはシャトルで上がってシャトルで降りてくるけれど、これもアメリカが義理を果たして日本に文句をつけさせたくないという態度の表れとも思える。ただ少なくとも「お迎え」のためにシャトルを打ち上げたわけではないのだ。

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2009年6月13日 (土)

私は非国民になりたい¥490

先日、外で昼飯を食っていたら、隣の席に座っていた見知らぬ二人組の話が耳に入った。

「あ、またそんな非国民発言を」

どうも片われがサッカーファンらしく、前日にあった試合をもうひとりが忘れていたことに対して非難していたのだ。

サッカー日本代表を応援しないのが非国民だというなら、三十一は非国民でいい。というより、予選落ちしてくれると世の中が静かで嬉しいと思うくらいである。オリンピックもほとんど真面目に見ないし、見たときでも日本人を応援するわけではない。

生まれ変われるなら 非国民になりたい
非国民がいい そうだ非国民がいい
できたら煩くないように
日本人みんなに嫌われる非国民になりたい
雑種でもいい
¥490

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2009年6月11日 (木)

月に届いたメッセージ

月探査機"かぐや"に載せるメッセージに応募したのは2007年初めのことだった。

月周回衛星「かぐや(SELENE)」の月面落下日時・場所について (JAXA)
A smashing end for Japanese lunar orbiter mission (spaceflightnow.com)

2年半かけてメッセージが届いたことになる。

ちょうど今日、本屋で「第六大陸」のコミックを見つけたので買ってきたところ。


原作のアフィリエイトも貼っておこう。

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2009年6月10日 (水)

数合わせの組織改革

1年近く前に防衛省改革の概略が定まったが、ようやく具体的な原案が固まったと報じられている。

防衛省組織改革原案 (DSI 日米国防組織情報 HOT TOPICS)

運用企画局の廃止はすでに決まっていたが、その分を相殺するかのように防衛力整備局(仮称)が新設されるという。組織名からは防衛政策局との役割分担がよくわからない。防衛政策と防衛力整備って、ほとんど同じことを言ってるように思えるのは三十一だけですかね。
いっぽう、やはり廃止される防衛参事官制度のうち、内局の官房長および各局長が兼任していた分は、本職のほうが残るのでポスト数としては変わらない。問題は局長を兼ねない3人の防衛参事官(国際担当/IT防衛施設等担当/総合取得改革担当)で、特に国際担当防衛参事官は外務省からの出向ポストになっていて容易に廃止できない。というわけで、防衛政策局の次長を現在の1名から3名(防衛省プロパー/外務省出向者/制服組)に増やすという辻褄合わせをすることにしたそうだ。

形式を整えるのは官僚の得意技だから、その部分については心配していないし、心配する義理もない。問題はできあがった形式にどうやって魂を入れるか、だ。お手並み拝見。

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2009年6月 9日 (火)

サラリーマン金次郎

帰宅途中、駅から自宅へ歩く道すがら、狭い歩道で前を歩くサラリーマンの歩みが妙に遅い。しかも不自然に顔が下を向いている。右手は身体の陰になっているらしく見えない。そう、ケータイを見ながら歩いているのだ。夢中になるのは勝手だが狭い歩道で前をふさがれると邪魔でしょうがない。

追い抜きざま、ふとしたデジャヴが脳裏をよぎった。

この光景はどこかで見た覚えがあるぞ。そう、それは今を去ることン十年前、三十一が通っていた小学校で校庭の片隅に立っていた二宮金次郎の銅像である。
歩きながら本を読んだおかげで偉人と讃えられるのなら、歩きながらケータイを見る人間は何と称されるのだろう。少なくとも三十一の評価は「阿呆」である。

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2009年6月 8日 (月)

「ヨーロッパ近世の開花」

えーと、まずはこれを言わねばなるまい。お約束ではあるのだが、

軍艦と戦艦は意味が違う

そもそも、この巻が対象としている時代には「戦艦」は存在しなかった。軍艦の一種としての「戦列艦」ならあったけれど。

さて、この巻では宗教改革からフランス革命直前までのヨーロッパを取り扱う。この時代までのヨーロッパは、ユーラシア西端の辺境でしかなかった。しかしこの3世紀を経て、ヨーロッパは世界中に進出した。これまで、ヨーロッパ世界の外部の存在としては西アジア・北アフリカのムスリムくらいしか知らなかったヨーロッパ人が、新世界や東洋といったそれとはまた異質の世界と本格的な接触を始めた時代ということになる。
「理性」を重んじた啓蒙主義の時代でもあり、かつまだキリスト教が強い影響力を保っていた時代でもあった。理性と信仰の間を揺れ動きながら、また地域差をもちながらもだんだん理性の占める割合が増していく。

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2009年6月 7日 (日)

でっかいわあ☆

秋葉原に馴染みのない人にはわかりにくい話題で申し訳ないが、秋葉原の石丸電気本館が改装のため閉鎖されている。いっぽう、同じく石丸電気のソフト1が閉館となった。ソフト2に統合されることになったとか。

実は、三十一は石丸電気のお得意様なのだ。

だいたい20年近く前、本館が今のような本館ではなく、エスカレーターのない旧本館と上りエスカレーターだけがあった別館のツギハギでできていた頃から通い詰めていた。もっぱら本館最上階の輸入CD売り場でクラシックCDをあさっていたのだ。
あのころは、会社帰りに30分でも時間があれば必ず秋葉原に寄って、別館のエスカレーターで最上階まで上がり、狭い連絡通路を通って本館に渡ってCD売り場に出、多いときには一度に10枚以上も買っていたものだ。

その本館別館が取り壊されて今の本館が建設されている間に、輸入CD売り場はソフト1に移り、1階の奥半分がクラシック売り場に充てられていた。しかしクラシック売り場はやがて半減し、ついには姿を消し、本館のCD売り場でも輸入クラシックは扱わなくなって、今では輸入クラシックCDを扱っているのはクラシック&ジャズ館だけになった。ここ半年くらい、前は通っても中には入っていないかもしれない。

秋葉原が変わっていくのは仕方ないことではあるが寂しいことでもあることよ。

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2009年6月 6日 (土)

ウラシマナオキ

鉄道ライターというと今はなき宮脇俊三が有名だが、三十一にとっては「鉄道旅行術」の著者である種村直樹もなじみ深い。

日本外周列車の旅、30年目でゴール のべ493日間 (asahi.com)

「日本列島外周気まぐれ列車の旅」として雑誌「旅と鉄道」で連載していた記事はたまに読んだ。ところが、種村直樹は長年活動拠点としてきた「鉄道ジャーナル」とここ最近関係がおかしくなってきたようで、「鉄道ジャーナル」誌に持っていた連載を全部取り上げられたかと思うと、今度は「旅と鉄道」誌まで廃刊になってしまった。

つまり、ライフワークである「日本列島外周気まぐれ列車の旅」はめでたく完結したものの記事を掲載する場はすでにないのである。竜宮城から帰ってきたものの帰る場所がなくなっていた浦島太郎みたいなものだ。

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2009年6月 5日 (金)

足りないところを余ったもので埋める

というのは、「古事記」に出てくるイザナギイザナミの話のようだが。

2009年6月5日人事発令 将、将補人事 (防衛庁/PDF)

今年3月24日の人事で、海上自衛隊幹部学校副校長は欠員となり、校長の武田海将が事務取扱をしていた。
いっぽう、同じ日に海将補に昇進した大塚海夫海将補は、いわば無任所の海上幕僚監部附に発令されていた。

それが2か月余りで、大塚海将補が海自幹部学校副校長に正式に発令されることになった。これはおそらく予定の人事で、何らかの理由があって発令が遅れたのだろう。

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「オオカミさんと長ブーツを履いたアニキな猫/洗濯中の天女の羽衣/とっても乙女な分福茶釜」


ちょっとネタが思いつかなかったので、常套の逃避手段である書評をば。
何度も書いていることだが、この作者の本は前作である「先輩とぼく」シリーズの時からのお気に入り。読み手を激しく選ぶのは間違いないけれど、好きな人にはたまらなく好きな本だろうなあ。

特にこのシリーズは下ネタが非常に多くて、ときとして「18禁ものなんじゃないか」と思うこともあるけど、最新巻ではどちらかというツンデレラブコメ路線に走りつつあるようだ。

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2009年6月 4日 (木)

科学は人類を不幸にしたか

ちょっと前までなら「仮にも新聞記者が」と思ったかもしれないが、今となっては「新聞記者の言いそうなことだ」と思うような記事。

発信箱:むなしい科学 (毎日.jp)

三十一が知ったのはこの blog から。

"天然"かもしれない (忘却からの帰還)

化学物質と無縁の生活が不可能なように、科学の成果とまったく無縁の生活は難しい。結論を言ってしまうと、科学によって人類は恩恵を受け、かつ問題を抱え込んだ。それでも総体として利点のほうが大きいからこそ、科学の進歩は続いたのだろう。

かなり前、科学の功罪について議論をしたことがあった。
そのとき「医学の発達で死亡率が下がり、農業の発達で飢えることがほとんどなくなったのは科学の功績だ」と言うと、相手は「『科学』と言われて医学や農業は思い浮かばなかった」と答えた。

そうかもしれない。
科学というと最先端の電子機器や遺伝子操作や原子力をまず思い浮かべるのだろう。だが科学の恩恵はもっと広く深い。だからこそその影響も広く深いのだ。

はてぶのコメントにもあったけれど、もし科学と完全に無縁の生活を送っていたならどうなっただろう。毎年風邪をひいていた三十一は、現代の目から見れば何でもないような風邪できっと大人にもなれずに死んでいた可能性が高い。そうでなくても、身体の丈夫でない三十一は食料を確保できずに野垂れ死んでいただろう。三十一が今ここにこうしていることこそが科学の恩恵だ。中にはそれを「科学の罪だ」と思う存在もいるかもしれないが。

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2009年6月 3日 (水)

はやねはやおき

数年前まで同じ部署で働いていたおじさんが、11時に寝て5時に起きる生活をしていると聞いたときには「自分にはそんな生活無理だなあ」と思ったものだ。

昨夜、三十一は9時に帰ってきて9時半に風呂に入り、10時半に寝た。
特に眠かったというわけでもないのだが、昨日は当番だったので眠れるうちに寝ておこうと思ったのである。

いつもより3時間早く寝たからと言って、3時間早く起きるかというともちろんそんなことはなく、夜中の3時にいったん目が覚めたもののまた二度寝して結局起きたのは7時だった。かと言って、たっぷり寝たかというとあまりそんな感じもしない。普段と違う時間に無理矢理寝ても熟睡できない。

夜遅くまで勉強とも遊びともつかないことをだらだらとやってるんだったら、早く寝て早く起きて朝方やったほうがいいんじゃないかと思ったこともあるが、この調子だと仮に早く寝たとしてもその分寝てしまうだけで朝起きるわけでもなさそうだ。

そのおかげで昨日は記事を書けなかったのですよ、と言い訳。

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2009年6月 1日 (月)

5月の打ち上げ

5月は8回。主要国の主流ロケットがほとんどだが、ひとつだけ異色なのが Minotaur I。

5日 20:24GMT、バンデンバーグ(アメリカ)、デルタ5(STSS-ATRR)

7日 18:37GMT、バイコヌール(カザフスタン/ロシア)、ソユーズU(Progress M-02M)

11日 18:01GMT、ケープカナベラル(アメリカ)、STS-125アトランティス

14日 13:12GMT、クールー(仏領ギニア)、アリアン5(Hershell、Planck)

16日 00:57GMT、バイコヌール(カザフスタン/ロシア)、プロトン(ProtoStar2)

19日 23:55GMT、ワロップ島(アメリカ)、マイノトー1(TacSat-3、Pharmasat、Hawksat-1、CP-6、Aerocube 3)

21日 21:53GMT、プレセツク(ロシア)、ソユーズ2.1a(Cosmos 2451 Meridian2)

27日 10:34GMT、バイコヌール(カザフスタン/ロシア)、ソユーズFG(Soyuz TMA-15)

ソユーズ・シリーズが3基も打ち上げられている。シリーズとしては同じだけどバリエーションとしては全部違う。個人的に注目なのはソユーズ2.1a 。ソユーズ2シリーズは次世代ソユーズと言いながらあまり打ち上げペースが上がらない。去年7月26日のソユーズ2.1b 以来約10か月ぶりとなる。それでも三十一の印象としては少しずつペースが上がってきてるような気がする。
もうひとつ、ソユーズTMA有人宇宙船が2か月という短い間隔で打ち上げられた。ここ数年、半年に一回春と秋に打ち上げというパターンが続いていたので、ここでパターンが崩れたことになる。これは2010年のスペースシャトル引退と関連した動きであろう。

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