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2009年7月25日 (土)

「昭和天皇1945-1948」

タイトルにもなっている 1945-1948 という期間は、昭和天皇にとって終戦から憲法施行という、自らの地位がもっとも不安定で未来が不明確な時期であった。現代日本の天皇制の源泉がここにある。

気づくのは、はじめのうち天皇自身がかなり主体的に行動していることだ。終戦までの「統治権ヲ総覧」する天皇の意識のままで発言していたのだろう。しかしGHQの意向がだんだん明らかになるにつれ、政治的発言を封印していく。

終戦後最初の行幸である伊勢神宮参拝(終戦報告)では軍国的色彩の排除に意が用いられた。内大臣府の廃止に始まる天皇の政治的関与の禁止、国家祭祀であり宗教ではないとされていた国家神道の国からの独立と宗教法人化、皇室財産の国有資産化と皇室予算の国会管理、華族制度の廃止と11宮家の皇籍離脱。
制度的なものの他にも、皇太子の家庭教師に米婦人バイニング夫人が招聘されたことなどが挙げられる。皇居を、堀に囲まれた江戸城から別の場所に移そうという議論もあったらしい。

どう取り繕おうと、現在の皇室制度が主にGHQの主導でできあがったことは否めない。しかし、民主化という大筋はともかくとして具体的な案を考えたのは、戦前から日本に滞在していた知日派の米人と、それに協力した日本人であった。

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