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2009年7月12日 (日)

自殺願望もしくは自殺行為

いまだ開票中ではあるが、どうも都議選では自民党が大幅に議席を減らし民主党が第一党になる勢いだとか。あまり考えたくないのだが、近く実施されるはずの総選挙でもそんな感じになるのかなあ。どうもそんな気がしてきた。

三十一は別に現在の自民党政権を無条件で支持するわけではないけれど、と言って民主党に政権をとらせてやりたいともあまり思えない。かつての社会党は万年野党だったから、どんな綺麗事や夢物語を語ったとしてもそれを実現させる、あるいは実現させようとする機会はなかった。民主党も野党でいるうちは何でも言えるけど、実際に与党になって政権をとったときにどれだけのことができますか。正直三十一は悲観的なのである。なにしろ前提条件がそれほど変わらないからね。

次の総選挙で民主党が政権をとったとしよう。これまで散々自民党政権をこき下ろしてきた民主党が政権をとって、さて何ができるかと国民が見守る中、自民党政権よりも目に見えて成果を挙げなかった場合何が起きるか。それは期待の反動の失望である。2大政党のどちらに政権がわたっても結局生活がよくならないとわかってしまったとき、何が起きるか。その答えを我々はすでに知っている。

自民党派閥の歴史(上)

 民政党内閣を打倒するために「統帥権干犯」という爆弾に火を付ける役割を買ってでた犬養と鳩山だったが、その爆弾が破裂した時に吹き飛ばされたのは単に民政党にとどまらず、政友会の内閣と犬養自身の命も奪うことになる。「統帥権干犯」に激昂した海軍青年士官が憎悪したのは、具体的な民政党という政党ではなく、一般的な政党および政党内閣そのものであった。5・15事件によって政党内閣は終焉するが、その責任は軍部のみならず政党自身が負うべき部分が多い。ある意味これは「政党の自殺」とすら言えるのである。

もちろん、現代の日本には政党内閣にとってかわる軍部は存在しない。しかし主権保有者である国民が議会に基礎を置く政党内閣に信をおけなくなると、行き着く先は民主主義の衰弱死である。ナチスは民主的に権力を獲得し、結果として最悪の独裁国家をもたらした。ドイツでは、ナチスに権力を与えたのが国民自身であるということが知られている。しかし日本では、軍部の台頭を許したのが普通選挙制度下の国民であったということに目をつぶり、もっぱら軍部自身の責任としている。本来、戦後の反省はその認識の上に立つべきであったのに、他人の責任にしてしまった。同じ轍を踏む可能性なしとしない。

こんな予想が当たらなければそれに越したことはないんだけどねえ。

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