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2009年7月14日 (火)

Wikipediaを以下略

閑院宮春仁王 より

将校の進級は実役停年(定められた年数を経て、実績を上げることで、次の階級に進む)という規定によって行われるので、一般将校は通例規定年数以上の年月をかけて進級していくが、皇族は規定年数通りの最小期間で進級する。

え、それホント?

三十一はかつて実役停年についてこのように書いている。

皇族は普通よりも相当進級が早いが、それでも実役停年よりも長期間を要している。実際に停年通りに進級していくのは皇太子くらいである。

実はこの文章は「事典昭和戦前期の日本」を出典としているのだが、

同書の中には陸軍の実役停年について「中将四年・少将三年・大中少佐各二年・大尉四年・中尉二年・少尉一年」と記されている。

では今度は「日本陸海軍総合事典」から閑院宮春仁王の進級を抜き出してみよう。同書では月単位までしか記載されておらず日は不明だが今回の調べ物には大きな問題とはならない。

1924.10 少尉 (3年)
1927.10 中尉 (4年10月)
1932.08 大尉 (5年)
1937.08 少佐 (1年7月)
1939.03 中佐 (2年5月)
1941.08 大佐 (3年10月)
1945.06 少将

階級の右のカッコの中は、上の階級にあがるまでの年月である。「実役停年通りの進級」という記述には根拠がないと言わざるを得ない。少佐から中佐に進級する際、実役停年より短い年月で進級しているが、これは1937年7月に日中戦争が始まっていることが影響しているだろう。

参考までに、春仁王と同期の某大佐の進級を挙げてみよう。この人物は陸士首席卒業、陸大卒業成績3位という超エリートである。

1924.10 少尉 (3年)
1927.10 中尉 (5年10月)
1933.08 大尉 (4年7月)
1938.03 少佐 (2年5月)
1940.08 中佐 (3年)
1943.08 大佐

春仁王と比べて大尉が短く少佐が長いのは、これまた日中戦争の影響であることは明らかである。

次に、昭和天皇の皇太子時代の進級日を挙げてみる。正確には、皇太子でさえ実役停年より遅れることがあったようだ。

1912.09 少尉 (2年1月)
1914.10 中尉 (2年)
1916.10 大尉 (4年)
1920.10 少佐 (3年)
1923.10 中佐 (2年)
1925.10 大佐

もし、春仁王が実役停年通りに進級していたなら、次のようになるはずである。

1924.10 少尉
1925.10 中尉
1927.10 大尉
1931.10 少佐
1933.10 中佐
1935.10 大佐
1937.10 少将
1940.10 中将
1944.10 大将

明治35年生まれの春仁王は、42歳で大将になるわけだ。でも実際にはそうならなかった。

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