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2009年9月 7日 (月)

「日本の歴史11・太平記の時代」

タイトルに「南北朝」という言葉を用いず、「太平記の時代」と題したのは意図があってのことらしい。「太平記」といえば「平家物語」と並び称される代表的な軍記物だが、現時点ではもっぱら「平家物語」が知られていて、「太平記」はそれほど知られていないように思う。しかし個人的には、「太平記」の時代の複雑ぶりはむしろ「三国志」に通じるところがあって現代人にも理解可能な内容だと思うのだけどなあ。

14世紀というこの時代、未熟だった鎌倉の武家政権はようやく成熟しつつあった。鎌倉時代、幕府はいわば「武家の武家による武家のための政府」だったが、南北朝の政権争奪を経て幕府は「武家による日本政府」へと脱皮した。荘園の国衙領分から兵糧を調達する半済が公認され、京都市中への課税である土倉役が室町幕府により賦課された。公武が互いにそれぞれの領分を尊重していた鎌倉時代から、武家が配下の御家人とあわせて公家をも支配下におく室町時代以降への転換点である。

公卿の頂点である太政大臣までのぼりつめ、准三后の礼遇をうけ、皇位まで狙ったと言われる足利義満は確かに室町幕府の絶頂期ではあるが、しかし室町幕府全体を概観してみると異常な状態であると言わざるを得ない。むしろ義満の次代にあたる足利義持が父義満への反感から公家と距離をおくようになり、それが以後の公武関係を規定したように思われる。

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