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2009年9月30日 (水)

本気で期待していいですか

我がブロンコスは、開幕から3連勝。

これまで3試合で、得点は62点とまあ普通。しかし、失点が16点とリーグで最小だ。OLB の Dumervil は今度の試合でも2サックを決め、合計6サックとなった。

確かに三十一は、守備をどうにかしろとここ数年言い続けてきたのだが、どうしちゃったんだろうねえ。HCが変わっただけでこんなに違うものか。糠喜びになるかもしれないという警戒と、ひょっとしたらという期待が三十一の心の中で葛藤中。

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ポーズをとる気もない

自民党、新総裁に谷垣氏を選出 (asahi.com)
自民幹事長に大島氏、石破氏が政調会長に 新三役決まる (asahi.com)

自民党が新らしい総裁に谷垣禎一を選び、河野太郎を選ばなかったこと自体はある程度予想できた。その時点まではまだ期待を残していたのだ。だけど、三役人事を見て本当にがっかりした。形だけでも若手を登用してみることすらしないとはね。前政権で党国対委員長として、中枢部にいた大島理森を幹事長に昇格させるなんて、空気が読めていないとしか思えない。
結果として断られたとしても、河野太郎あるいはそれと同等の若手を三役もしくは重役に登用するというポーズだけでもとるべきではなかったろうか。そうでもしないと、世間は自民党が変わったとは思わないだろう。

こうなったら、民主党が分裂してガラガラポンとなることを期待しよう。

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2009年9月29日 (火)

景気対策という名の逆風

高速千円「太刀打ちできぬ」 JR四国、社長報酬カット (asahi.com)

JR四国(高松市)は28日、高速道路料金の休日割引の影響などで乗客が減り、8月の鉄道収入が前年同月比11.5%減の33億1千万円だったと発表した。

この「高速千円」の影響として、フェリー会社の中にはすでに廃業したところも出ているそうで、JRを初めとする鉄道会社の多くで減収となっている。基本的に鉄道は装置産業で、設備や車両に多大の投資をし、維持費もかけている。ある程度以上の収入がないと採算がとれない。この状態が続けば、最悪事業を継続できなくなってくる。
これまでの日本の交通政策はタテ割りもいいところで、鉄道と道路と航空と海運がまったく連携をとられずに整備されてきた。最近は空港を作る際にもアクセスが重要ということで空港アクセス鉄道が同時に整備されるケースが増えているが、どちらかというと事業者側の工夫であって、政策として推進されているようには思えない。

高速道路にテコ入れすれば他の交通機関にしわ寄せが来るのはわかりきっている。それでいて、もし今後高速料金を無料化するというなら、これまで鉄道が果たしていた役割を高速にまとめてしまおうという確固とした目論見があるとでも言うんですかね。三十一にはそこまで考えているようには見えないのだが。

アメリカみたいに土地が有り余っていて、道路も駐車場もいくらでも広げられるのならクルマ依存社会でもいいのかもしれないけど、ヨーロッパではいろんな交通機関を組み合わせた総合的な施策がとられている。マイカーと鉄道、長距離鉄道と市内軌道などを組み合わせたもっとも効果のある方法が考えられている。自転車も重要な市内交通機関として位置づけられている。自動車一辺倒の施策は、いまや時代遅れなのだ。ましてや鳩山政権は温室効果ガス25%削減という目標をかかげている。鉄道が排出する二酸化炭素の量は、自動車に比べて(条件によって違うが)7%から20%程度だ。ついでに言うと、鉄道よりさらに二酸化炭素排出量で有利なのは海運である。自動車に肩入れして鉄道とフェリーを追い込むのはどんなもんですかね。

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2009年9月27日 (日)

PHP研究中

どこかのシンクタンクみたいなタイトルですが、別に関係ありません。いやその、狙ってつけたんだけどさ。

いまさらと言われるかもしれないが、PHP をちょっとかじってみた。もともと、細かいツールをちまちまとプログラミングするのはそれほど嫌いなほうではなく、一昔前は DOS batch で、ちょっと前は java でツールを作って流したりしていた。とは言え、汎用性のカケラもない、とても他人様には見せられない代物だけどね。

で、去年から自鯖を立て始めたのにともない、Web アプリを作りたいという大それた希望を抱き始めた。もちろんちゃんとした勉強をする気はなく、とにかく動きゃいいというくらいに考えていたのだが、あまりにも考えなしだったのでどの言語、どの仕組みがいいのかというレベルから見当もつかない。しょうがないので、とりあえず名前くらいは聞いたことがあるという頼りない感覚をもとに本屋で入門書をあさってみた。その結果、いま手元にあるのは JSP と PHP と Ruby on Rails の入門書である。

三十一はもともと DB 屋であるので、DB と相性のいい方法がいいと思っていたのだが、その点についてはそれほど違いはないようで、どちらかというと三十一と言語の相性のほうが重要そうだ。ただ実際にコーディングを勉強し始めてみると、eclipse とか Rails といったフレームワークを前提に解説されている JSP と Ruby はちょっと敷居が高い。そんなに手の込んだアプリを構築しようというわけじゃないので、エディタでちょこちょこと書いてすぐ動かせるのがいい。そう考えるとどうも PHP のほうがお手軽なようだ。DB アクセスも PDO を使えば JDBC ライクでとっつきやすい。

とりあえず秀作として、DB から特定の条件でデータを検索して表示する Web アプリを作ってみる。ゴミアプリだけど、今後手を入れていく出発点としては適当だろう。

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2009年9月26日 (土)

「日本の歴史12・室町人の精神」

ネタがないときは書評に逃げる。

この巻で取り上げる時代は、南北朝の末期から応仁の乱までの、いわば"純粋な"室町時代。室町幕府240年の歴史のうちはじめの60年は南北朝時代、最後の100年余りは戦国時代とも呼ばれるので、それを除いた80年弱が対象となる。
こうして見ると、前後が戦乱の時代だっただけにこの間は比較的平穏だったように思えるが、それは前後と比べるからであって、普通の感覚でいけば充分動乱の時代と言ってよい。内部抗争に明け暮れた鎌倉時代にひけをとらないくらい、武力衝突は枚挙にいとまがない。この時代、大きなイベントには元号を冠するのが一般的だったのだが、主なものを挙げても「明徳の乱」「応永の乱」「上杉禅秀の乱」「永享の乱」「結城合戦」「嘉吉の変」「享徳の乱」と続く。この他にも、より小規模な衝突はしばしば起きている。ことに顕著なのは、東国鎌倉に拠点を置く関東公方に絡んだ紛争がほぼ間断なく起きていることで、「上杉禅秀の乱」(1416)以降、足利氏庶流関東公方と、関東管領上杉氏と、京都の幕府が三つどもえになって断続的に戦闘が続いており、「享徳の乱」(1454~1482)は実に30年近くも続いて、東国はこれにより実質的に戦国時代に入ったと考えてよい。
室町幕府は、足利将軍家を頭首に戴いてはいたものの、現実には有力守護大名の連合政権とみなされている。観念上、守護は将軍から任命されるものとされているものの、実際には有力大名によって世襲されており、領国化していた。ある守護個人が罪によって守護職を剥奪されたとしても、その守護職は同族の別人に与えられるのが慣習化しており、よほどのことがないかぎり他氏にわたることがない。ときにそのようなことがあると、それは大きな恨みとなって禍根を残す。結局、ある特定個人を守護から追い落とすことはできても、一族としての守護家の勢力は温存されることになる。こういう状態では、守護同士の紛争よりもむしろ守護家内部の家督争いのほうが起こりやすい。ライバルを抑えて家督の座を手に入れれば、ほぼ自動的に守護職が与えられる。しかしこうした家督争いがあちこちの守護家で起こると、それぞれの陣営が他家のある陣営と手を結ぶことになるのは必然だ。「応仁の乱」前夜、畠山政長と斯波義敏が手を組み、畠山義就・斯波義廉勢と合戦に及んだのはその一例である。

「由緒正しい」守護家の多くは、こうした内部抗争の末に力を失い没落していく。代わって表舞台に出てくるのは、よりコンパクトな「守護代」や「国衆」を出自とする戦国大名だが、それは次の巻の話となる。

To be continued ...

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2009年9月24日 (木)

「傷物語」


「化物語」の前日譚ということらしいのだが、出てくるのは阿良々木と忍(ハートアンダーブレード)と羽川くらい。基本的には、阿良々木と忍の遭遇の話なのだけれど、それはおいておいて。

羽川がおいしいなあ。

この本のせいで、三十一の中では羽川翼はすっかりエロ担当になった。脳内で声を補完しながら読んだりして。もちろん CV は堀江由衣だ。

アニメの「化物語」は、原作のうち「化物語」上下巻だけの12話で終わってしまうようだが、第2シリーズとして「傷物語」「偽物語」希望。

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2009年9月23日 (水)

ブロンコス2連勝

今週も先週も、日本ではわがデンヴァーの試合中継はないのだが、10年も見ていると Game Book の play by play や stats を見て何となく光景が浮かんでくる。それが実状をどの程度反映しているかは定かではないけれど。

stats を見るかぎり、エース QB の K.Orton は 19/37 263yd、1TD 0INT という成績で、まあまあと言えるだろう。攻撃のうちランでは C.Buckhalter が、レシーブでは B.Stokley が活躍しているようで、その点では三十一のシーズン前の予測はそれほど外れていないようだ。若手レシーバーの B.Marshall や E.Royal が思ったよりも活躍できていないのがむしろ心配。B.Marshall はちょっとチームとゴタゴタしていたらしいのでそれが影響しているのかも。

嬉しい誤算は、ラインが思ったよりもしっかりしているらしいこと。特に今週の試合では、オフェンスラインの被サックがゼロ、逆にディフェンスでは OLB に入った E.Dumervil が4サックという成績。たった2試合で評価を下すのはまだ早いけど、ちょっと期待しちゃうよ?

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2009年9月22日 (火)

定量分析ノススメ

けっこう前のことだが、電車の中で見かけた広告。正確なところはうろ覚えだが、

十二単、重さ×キロ。
平安時代に生まれなくてよかった。

平安時代の代表的な服装として十二単は有名だが、この種の衣装を着用できるのは少なくとも受領以上の貴族あるいは官僚であろう。皇室や大貴族に仕える女房も貴族の出だ。
こういった階層がはたしてどれくらいいたかという統計はもちろんないが、家族や親族まで含めて多く見積もっても一万人はいないだろう。そのころの日本の人口は1000万人弱と言われているから、全体の0.1%といったところだ。残りの99.9%は十二単とは縁のない農民だった。
山手線に乗って会社に通ったり学校に通ったりしている広告を見る人見せたい人は自分が日本の全国民(世界の全人類でもいいが)の、上位0.1%の階層に入っていると言い切れるだけの自信があるだろうか。少なくとも三十一にはありませんね。
ということは仮に平安時代に生まれたとしても、十二単の重さに辟易するよりも掘っ立て小屋に住み日々農作業に追われる生活のほうがよほど現実的だ。

三十一はもちろん信じないが、たまに「前世」がどうのこうのという連中がいる。ところが、「前世が見える」「前世を知っている」という人間の中で、「私の/あなたの前世は某国某郡某村の×吉という何の変哲のない百姓で、一生のあいだ米を作って終わった」と言っているのを三十一は寡聞にして知らない。江戸時代の日本は人口の9割近くを農民が占めていたので、10度に9度はそういう「前世」でも不思議はないはずなのだが。

同じようなことをアシモフが自著の中で言っているが、「昔はよかった」と言ってる人は「昔のよかったこと」だけが見えているのであって、大部分の「昔のよくなかったこと」を見ていないのだ。

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上司が評価しない仕事

上司が評価してくれない仕事を一生懸命やれるほど人間というのは自己犠牲精神が旺盛ではないと思う。

9/17 防衛大臣臨時会見概要 (防衛省)

Q:大臣から見て補給活動については、活動そのものを評価しないということなのですか。あと、そこで今、ソマリアにおいて、国際的にも評価を受けているということなのですけれども、インド洋の補給の方も国際的な評価というのは、かなりあるかなというふうに思うのですけれども、その一つのインド洋の方は、来年止めますよということで、先程、NHKさんが聞きましたけれども、それを止める理由というものはやはり大臣から見て活動に対する評価が低いということなのでしょうか。

A:おっしゃるとおりです。「成果が上がっている」「感謝している」という声も良く聞きますけれども、極めて限定的なところでそういう評価になっていると私は認識しております。

似たような話は、三十一自身にもときどき降りかかってくることがあり、近頃では「まあ会社なんてそんなもんだ」と達観しかかってはいるものの、しかしそれでも士気があがるような話でもないのは確かだ。

それにしても、上司が部下の仕事をマスコミに向かって「評価が低い」と公言するのはちょっとルール違反、と言って悪ければマナー違反ではないかなあ。これを聞いた自衛官、特に現にインド洋にあって任務にあたっている海上自衛官の気持ちは察するに余りある。

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2009年9月20日 (日)

山縣有朋の構想をなぞってみる

明治のはじめ、東京と関西地区を結ぶ鉄道が計画された際、海岸沿いに線路を敷くと敵の艦砲射撃のために分断されてしまうとして中山道に沿ったルートを強硬に主張したのは、陸軍だった。結局この構想は先立つものがないという実に身も蓋もない理由で頓座し、海岸沿いの東海道本線が建設された。

というわけで、名古屋まで中央線を使って行ってみる。明日、連休の中日は仕事の関係で自宅にいないといけないので日帰りだ。

最初は、そのつもりではなかった。もともとはE351系に乗って、これまで未乗の中央東線区間を踏破し、篠ノ井線で長野に出て新幹線で帰って来ようというくらいに考えていた。8時ちょうどの「あずさ2号」ならぬ「スーパーあずさ5号」には間に合わなかったので、10時の「スーパーあずさ11号」で松本へ向かう。実は連休のときは臨時列車のほうが狙い目だというのはわかっているのだが、定期のスーパーあずさでないとE351系に乗れない。E351系はJR東日本が採用した最初の振り子車両で、今のところ最後の振り子車両だ。以後の増備は非振り子のE257系に移り、E351系はわずかな生産に終わった。JR東日本がE351系に対してどのような評価をしているかはうかがい知れないが、どうも意外に早く引退してしまいそうな気がする。それもあって、早めに乗っておこうと思ったのだ。

10時ちょうどの発車で速達タイプ、時間帯もよいスーパーあずさ11号は人気だろうと思ってはいた。直前にみどりの窓口で見ると指定はすべて売り切れ、自由席券を買ってホームに行ってみると20分近く前だというのにかなり並んでいた。発車まで15分ほどでドアが開き、進行方向右側窓際の席を確保する。発車までに席はすべて埋まり、デッキに立つ乗客がちらほらと見える。
定時発車。しばらくは都会の中を走る。このあたりは例の「開かずの踏切」で非難を被った区間でもあり、高架化による連続立体化工事中。いま走っている下り線が先に高架化しており、上り線はまだ工事中だ。ところどころ徐行しているようだが、これもダイヤに織り込み済みということだろうか。武蔵小金井まで来ると山が見えてくる(C)さだまさし。八王子ではさらに乗客が乗り込んできて、通路にまで立ち客が出始めた。高尾を過ぎると山岳路線に入り、振り子車両の本領を発揮し始める。しかしこのあたり、トンネルが多いせいか眠くなってきて記憶があいまいだ。相模湖や塩山を通過したのは覚えているが、大月や笹子トンネルは記憶がない。ただ中央高速のコンクリの構造物がつかず離れず並行しているのが忌々しい。左右に盆地が広がると甲府駅。ここで乗客はかなり降り、空席も見えてくる。
実はこのあたりは厳密に言うと過去に乗ったことがある。しかし三十一がまだ中学生のみぎり、まだ生き残っていた通称「山男列車」に乗ったもので、夜行電車だから景色はまったく見ていない。115系電車でろくすっぽ眠れず、途中の停車駅で開いたドアの向こうに見えた暗闇と、下車した小淵沢のホームで寒さに震え上がったことしか覚えていない。春休みだったのだ。
甲府を出ると線路は諏訪方面に向かう。地図を見るとまっすぐ線路が伸びていてそれほど急峻な路線には見えないかもしれないが、実はけっこう勾配がきつい。かつてのSL時代にはこのあたりの駅は大半がスイッチバックだった。今となっては、本線上にもうけられたホームから外れたところに敷かれている保線用の線路がかつてのスイッチバックの名残りをわずかに留めていた。小淵沢駅通過。これより先は正真正銘の初乗車区間。列車はゆるやかに車体を揺らしながら勾配を駆け上っていく。このあたりでは、振り子の効果が出るようなきついカーブはあまりないように見える。信濃境を過ぎ、長野県に入るころにピークを過ぎたのか今度は下りに転じる。茅野、上諏訪と連続して停車し、空席が目立つようになる。岡谷からいわゆる塩嶺線に入り、塩尻に向かう。この塩嶺線のおかげで、中央線のうち岡谷~辰野間だけが未乗で残ってしまうことになる(塩尻~辰野間は乗車済み)。塩尻を通過して篠ノ井線に入った。終着直前、ひと駅手前の南松本駅付近には貨物ターミナル。地域柄タンク車が多い。EH200とEF64が見える。新宿から2時間半ほどで終着松本。

新宿でスーパーあずさに乗り込んだときには、既述の通り長野に出て新幹線で帰って来ようかくらいに考えていたのだが、上諏訪あたりを走っているときに中央西線で名古屋に出ようという気になった。そういうプランも考えてはいたのだが、日帰りでやるにはちょっと無茶だと考えていたのだ。しかし2時間も列車に乗っていると楽しくなってきて少しくらい無茶してもいいんじゃないかと思い始めたらしい。
今回は時刻表を持ってきていなかったので、松本駅で下車するとまず次の名古屋行き特急の時間を確認。約20分後だ。改札を出、いつものように駅の写真を撮ってから中にとって返し、みどりの窓口へ。指定席は空きがあるらしいので、逆説的に自由席でも大丈夫と考えて自由席特急券を入手。改札を入って、駅弁(牛肉弁当)とお茶を買い、ホームで待つことしばし。383系のしなの12号が入線する。「しなの」は長野始発で、松本は途中駅になる。一抹の不安はあったが、連休前半の今日はまだ逆方向なのだろう、空いていた。自由席は先頭8号車とつづく7号車の2両。いったん適当な席に座ったものの、383系は「ワイドビュー」の二つ名を持つだけあって、デッキとの間に窓があり前方が見える。運転席直後の席に座を占める。ほんとうは進行方向右側のほうがよかったのだが、そちらには先客がいたので左側に座る。前方には運転士の体と、運転機器が立ち上がっていてちょっと見づらい。中央西線に沿って木曽川はほとんどの区間で進行方向右側(上り列車の場合)を流れているので、右側に座ったほうがいいですよ。突発的に行動を決めるとこの種の下調べが間に合わない。
中央西線は最初に381系で振り子車両が投入された区間だけあってかなりカーブが多く、初めて乗った人間としてはちょっと驚くくらいに傾く。なんというか、フライトシュミレーターで飛行機を操縦していてターンするためにバンクしているような感じ。かえって分かりづらいかな。
名古屋と信州松本方面を結ぶにあたって、鉄道は木曽谷ルートを選択し、高速道路は伊那谷ルートを選択した。木曽谷ルートは、木曽川にそってまっすぐ濃尾平野に出られることから線路がひかれたのだろう。しかし、木曽谷は狭い。両側に山が迫っていてほとんど平地というものがない。線路も道路も集落も山と川の間の斜面にへばりついている。いっぽうの伊那谷は、天竜川にそって下ると浜松に出てしまう。鉄道の飯田線は途中でひと山越えて豊川沿いに出、豊橋につながっている。しかし伊那谷自体は木曽谷に比べると広く、場所によって数キロの幅がある。最後の最後に恵那山下をトンネルでぶち抜くという手間は必要だが、高速道路が伊那谷を経由したのは用地確保の容易さによるものだろう。もし木曽谷に高速道路を通そうとするなら、ほとんどの区間がトンネルになってしまう。これはつまり、鉄道と道路で必要な用地の幅が違うからだ。線路の幅は1メートル強、車体の幅は3メートル弱。付帯設備を含めても単線線路なら5メートルくらいだろう。道路で幅員5メートルといったら、せいぜいがそこらの市道でしかない。もっとも、鉄道は急勾配、急曲線に弱いのでルート選択の自由度は道路に数段劣るのだが。
相当脱線したけど話をもとに戻そう。鉄道の話をしていて「脱線」はいただけない。列車は山深い木曽谷を駆け下りていく。先ほど言ったとおり、ほとんど平地というものがない。線路は複線になったり、単線になったり、あるいは単線かと見まごうかのように上下線が離れた複線だったり。こういう細切れの複線化は、同じ距離だけ複線化するならば一部区間だけをまとめて複線化するよりも実はダイヤの自由度は高くなるので、他にも例がいくつかある(羽越本線とか)。長野県内最後の停車駅である木曽福島を出るとしばらくの間は昼なお暗い谷底を走っていたが、県境を越えて岐阜県に入ると、これまで近景だった左右の山は一気に遠景へと後退し、街が広がると中津川である。中津川では、JR東海がホコるレール運搬用ディーゼル動車、キヤ97型が停車していた。このおかげでJR東海の機関車は絶滅に瀕しているので機関車好きな三十一としてはあまり歓迎されざる存在だ。中津川の次は恵那に停車。恵那の手前では上下線が大きく離れており、駅が近づくにつれ右側から下り線が合流してくるのを見ていたとき、左を見るとそちらにも線路が走っているのに気づいた。一瞬これは何だろうと思ったが、なんとなく線路の上空を見てみると架線がない。ああ、明知鉄道だと思いついた。いつか乗らなきゃなあと思ってはいるものの今日は時間がない。駅のホームには車両が見えず残念。多治見を経て、電車区のある神領を通過するころには、すでに山は見えなくなり濃尾平野に入ったことが見て取れる。勝川では頭上に聳える高架線が突然断ち切られ、その先頭付近に東海交通事業の単行ディーゼルカーが停車しているのが見えた。下からではホームが見えず、短い屋根があることからホームがあるらしいとわかるのだが、ちょっと異様な光景だった。金山で東海道本線と合流するときには間に名鉄線を挟んでいたが、名古屋までの間に立体交差して入れ替わった。ほぼ3時に名古屋着。名古屋駅はこれまで何度も通過しているが、下車するのは初めてだ。

P9200014

帰りの新幹線については、何も考えていなかった。適当に早い時間の「のぞみ」で、できたらN700系に乗りたいくらいに考えてみどりの窓口に向かう。ちょうどいい時間のN700系「のぞみ」はなかったが、30分後に500系の「のぞみ」があったのでこれで帰ることにする。東京から名古屋まで中央線経由で5時間、名古屋から東京まで新幹線で1時間43分。

今日の旅程:
新宿(1000)→松本(1231) 11M (E351系)
松本(1253)→名古屋(1459) 1012M (383系)
名古屋(1530)→東京(1713) 28A (500系)

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2009年9月19日 (土)

捕まえてくれてありがとう

言っておくが、酒井法子の話ではない。

11日に H-IIB で打ち上げられた HTV 1号機は今日、無事に国際宇宙ステーション(ISS)とドッキングした。

Japanese cargo ship snagged by space station robot arm (spaceflightnow.com)

タイトルが示すように、日本の無人補給船である HTV は、ISS近傍まで接近したのち、ロボットアームで把持され、その上でISS本体に結合されるという手順になっている。三十一はこの手順を知ったときに正直少しがっかりした。

ロシアの無人補給線プログレスも、またヨーロッパが昨年初号機を打ち上げたATVも、ロボットアームの助けは借りずに自力でISSにドッキングする。もちろんISSからの支援は要るだろうが、ロボットアームは必ずしも必要ない。もっとも、HTVは Hermony モジュールにドッキングし、プログレスとATVは Pirs モジュールにドッキングするという違いはある。Hermony は内部の施設はおいておいて、構造的には単なるハブであって、他のモジュールと結合するためのドッキングポートはあっても、頻繁につけたりはずしたりするような性格のものではない。いっぽうの Pirs モジュールは、ドッキング・ポートとEVA(船外活動)用のハッチを装備しており、言ってみればISSの玄関だ。ドッキングに関して言えばドッキング・ポートの他にドッキング用のレーダーも装備しており、これを使ってプログレスもATVもドッキングをする。HTVは Pirs ではなく Hermony にドッキングするという選択をしたために、ロボット・アームの助けが必要になってしまった。

HTVに関してだけなら、この選択はそれほど間違ったものではないかもしれない。ただし、将来への布石としてはどうだろうか。自動ドッキングのノウハウって、なくても大丈夫?それとも別に勉強するのかな。

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2009年9月17日 (木)

「軍艦武藏(上/下)」


最初に本屋で見かけたときにまず思い浮かべたのが吉村昭の古典ともいうべき「戦艦武蔵」だった。


もちろん三十一はこの本も読んだことがある。単行本と文庫と両方持っていたような気がする。「戦艦武蔵」のほうは意外に薄い本だが、「軍艦武藏」のほうは上下巻でかなり厚い。

筆者は、戦闘記録や既存の回顧録などを適宜引用するいっぽう、元乗員をはじめとする関係者に丹念に取材している。一水兵から下士官、あるいは初級士官といったこれまであまり日のあたらなかった人物の証言を多く収録した。これは戦後50年余りという取材時期による制約もあったに違いないが、しかし軍艦というものが多くの(武蔵の場合二千人以上)人々の想いや事情を飲み込んで動いていることを改めて思い知る。近年希に見る良質の戦記だと思う。

なお、「軍艦武蔵」ではなく「軍艦武藏」と題し、本文中でも一貫して「武藏」と正字で表記している。頻繁に出てくる「浜風」も「濱風」だ。批判しているわけではなく、誉めているのですよ。

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2009年9月16日 (水)

自衛隊は内、郵便局は外

鳩山(由)内閣が成立したが、昨日は国民新党の亀井静香代表に渡すと報道されていた防衛大臣の椅子は、結局民主党の北澤俊美参議院議員に渡ることになった。代わりに亀井静香に提供されたのが郵政改革担当大臣の座であった。

さて、実際に民主党内閣ができてみると「政治主導」「脱官僚依存」という言葉が官房長官やら総理本人やら副総理やら民主党関係者やら、あるいはこのたび入閣した某党某党首からも聞こえてくるが、言ってることは立派でもお題目に過ぎないのであって、問題は具体的に何ができるかであろう。

ま、お手並み拝見。

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2009年9月14日 (月)

"新聞辞令"なんて言葉は死語になりつつあるが

鳩山(由)内閣の閣僚人事や党人事がいろいろと取り沙汰されている。いやその、三十一自身も取り沙汰したひとりであるので人のことは言えないのだが。

三十一の提案が聞かれたとは思えないが、前原副代表がどうやら国土交通大臣に就任する見込みらしい。八ッ場ダムの問題でいきなり難問に直面することになってしまうので鉄道どころではないかもしれないが。

そして防衛相に国民新党の亀井静香代表の名前が挙がっている。顔は強面だけど、はたしてどうかなあ。亀井静香は警察官僚出身だけど、防衛省プロパーから見たときに元警察官がトップに来るのはあまり気分のいいものではないのではなかろうか。
もひとつ、新政権の中心たる民主党が、連立政権のパートナーとなる国民新党に譲り渡すポストとして防衛大臣が適当かどうか。自民党がこれまで連立政権の中で防衛大臣を他党に渡したことがあったっけ。三十一には記憶がないのだが。
つまりは、民主党にとって防衛省は「自党で掌握しておくべきもの」とは見なされていないということだな。

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2009年9月13日 (日)

「化物語(上/下)」

上巻はアニメを見た後、そして下巻はアニメを見る前に読むことになった。最初は上巻だけ読もうと思っていたのだが我慢できなかったのだ。

アニメはかなり原作に忠実に作られていることがわかるが、それでも活字でないと表現できない部分があって、そこは割愛されているようだ。例えば次のような会話はアニメでは表現が難しいだろう。

「お前に慈悲はないのかよ」
「茲非ならあるわ」
「心がない!」

主人公と、登場人物たちの間のボケまくりツッコミまくりの会話は三十一の学生時代を思い起こさせる。あのころは、まともに返すことはみっともないことだとでも言うかのような不可解なやりとりをしていたからなあ。

ところで、上下巻を通じてもっともツボにはまった戦場ヶ原ひたぎの台詞。

私の声を担当している声優さんは優秀なのよ。

その通り

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2009年9月11日 (金)

あけましておめでとうございます

2009年が始まった。NFLのレギュラーシーズンの開幕だ。

現地時間の木曜夜、日本時間では金曜の朝からスティーラーズ対タイタンズの試合で始まっている。ちょうど今録画で観戦しているところなのでまだ何も言えないが、とりあえず来年の2月第一月曜日に休暇を入れてきた。

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H-IIB / HTV 打ち上げ成功

H-IIB 自体は、H-IIA のメインエンジン LE-7A を2本掛けにしたというくらいで、とりまとめにはもちろん苦労があったに違いないが目新しい技術はない。しかし成功は素直に喜ぶことにしよう。

何より三十一がリアルタイムで中継を見ていながら成功したのが目出度い。

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2009年9月 9日 (水)

「打ち上げ」には「終わり」と「始まり」の両方の意味がある。

昨日は久しぶりに午前様(死語)になった。飲んでたりしたわけじゃなく、仕事で。
ホントは三十一が付き合う必要もなかった仕事なんだが、結果として付き合わざるを得なくなってしまった。はじめは危うく押しつけられそうになったが、そこは抵抗して三十一がサブ、相手がメインという立場にまで押し返した。実際やってみたら三十一は実質的にすることがなかった。だからそう言ったのになあ。

愚痴はここまでとして、明日というか明後日の早朝というか、11日の午前2時に種子島でH-2Bとそれに搭載されたHTVの初打ち上げが予定されている。

HTV/H-IIB 特設サイト (JAXA)

三十一が打ち上げを生で見ていると失敗するというジンクスがあるのだが、考えてみれば「科学の子」をめざす三十一がジンクスを気にするのも変なので、起きていられたら見てみよう。しかし実は最近やたら眠くてあまり遅くまで起きていられない、という科学的な理由があって、本当に見られるかどうかはあやしい。

そういえば、ほぼ同じ時間帯にアメリカではNFL2009年シーズンが始まる。

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2009年9月 7日 (月)

「日本の歴史11・太平記の時代」

タイトルに「南北朝」という言葉を用いず、「太平記の時代」と題したのは意図があってのことらしい。「太平記」といえば「平家物語」と並び称される代表的な軍記物だが、現時点ではもっぱら「平家物語」が知られていて、「太平記」はそれほど知られていないように思う。しかし個人的には、「太平記」の時代の複雑ぶりはむしろ「三国志」に通じるところがあって現代人にも理解可能な内容だと思うのだけどなあ。

14世紀というこの時代、未熟だった鎌倉の武家政権はようやく成熟しつつあった。鎌倉時代、幕府はいわば「武家の武家による武家のための政府」だったが、南北朝の政権争奪を経て幕府は「武家による日本政府」へと脱皮した。荘園の国衙領分から兵糧を調達する半済が公認され、京都市中への課税である土倉役が室町幕府により賦課された。公武が互いにそれぞれの領分を尊重していた鎌倉時代から、武家が配下の御家人とあわせて公家をも支配下におく室町時代以降への転換点である。

公卿の頂点である太政大臣までのぼりつめ、准三后の礼遇をうけ、皇位まで狙ったと言われる足利義満は確かに室町幕府の絶頂期ではあるが、しかし室町幕府全体を概観してみると異常な状態であると言わざるを得ない。むしろ義満の次代にあたる足利義持が父義満への反感から公家と距離をおくようになり、それが以後の公武関係を規定したように思われる。

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2009年9月 6日 (日)

政治的に無能で反人民的な政策を追求する政権

自民惨敗「反動政治の当然の末路」 北朝鮮機関紙が報道 (asahi.com)
自民惨敗「当然の末路」=北朝鮮党紙 (時事ドットコム)

わざわざふたつ並べてみたのは、取り上げている内容が微妙に異なるから。
北朝鮮の「労働新聞」が、総選挙での自民惨敗を「時代錯誤の反動政治の当然の末路」と評した、というところは共通しているのだが、そのあとの

政治的に無能で反人民的な政策を追求する政権は必ずや民心を失い、破滅の泥沼に陥るしかない

と結論づけたことは、朝日のほうは報じていない。ニュースソースはほぼ間違いなくラヂオプレスだと思うのだが。

これはあれかな、「『政治的に無能で反人民的な政策を追求する政権』って、北朝鮮のこと?」というツッコミが来るのを回避したかったのかな。このニュースを聞いた日本人の72.6%くらいが「オマエに言われたくない」と思っただろう。

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2009年9月 4日 (金)

次期民主党政権にひとつの提案

来る16日に特別国会が召集され、首班指名がなされて鳩山内閣が発足するはこびとなった。

その鳩山(由)内閣にひとつ提案がある。
前原誠司・党副代表(元代表)を国土交通大臣に登用してほしい。メール事件でミソをつけた前原元代表だが、いまだに副代表の地位にとどまっていることから党内でそれなりに重要人物とみなされていることは確かだ。入閣の可能性は高い。それほど無理な提案でもないと思う。

実は、前原元代表はその筋では有名な鉄ちゃんなのである。

現在の自民党政権には、新幹線以外の鉄道は眼中にない。鉄道に造詣の深い前原氏が国土交通大臣になれば、国内交通政策に大きな転換をもたらすことができるだろう。もっとあからさまに言えば、鉄道に肩入れしてほしいのである。

ま、すでにJR西日本あたりが(前原氏は京都選出)裏ですでに動いてそうだけどね。

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2009年8月の打ち上げ

タイトルのパターンを変更してみました。年を付け加えただけ。

8月は6回。多くもなく少なくもなく。ただ、うち2回が失敗。

11日 19:47GMT、バイコヌール(ロシア)、プロトン(AsiaSat5)

17日 10:35GMT、ケープカナベラル(アメリカ)、デルタ2(GPS 2R-21)

21日 22:09GMT、クールー(仏領ギニア)、アリアン5(JCSAT 12, Optus D3)

25日 08:00GMT、ナロ(韓国)、KSLV(STSAT 2)、失敗

29日 03:59GMT、ケープカナベラル(アメリカ)、STS-128(ディスカバリー)

31日 09:28GMT、西昌(中国)、長征3B(Palapa D1)、失敗

韓国KSLVの初打ち上げが失敗したのは、ある程度推測できた。何しろ初めてのことだからね。しかし、月末になって中国の長征シリーズの打ち上げ失敗というニュースが飛び込んできた。これまで13年間連続で打ち上げに成功してきたという記録が途絶えた。どんなに品質管理をして作ったとしても、確率の神様はいつか故障を連れてくる。ちょっとした故障がただちに全体の失敗につながるのがロケットだ。確率を下げることはできるけど、ゼロにすることはできない。幸運はいつまでも続かない。

もうひとつ、デルタ2の打ち上げは今回で終了となり、今後はデルタ4に一本化される。アメリカのEELV集約計画は完成した。

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2009年9月 2日 (水)

「"文学少女"と恋する挿話集2」


うーむ。
もともと FBOnline に掲載されていたもの+書き下ろしを紙媒体にまとめたものということだが、この巻のヒロインである森くららの性格の良さが強調されるほど、琴吹ななせの性格の悪さが引き立ってしまう。正しくは性格が悪いわけではないのだが、勝手に空回りしてきついことを言ってしまう損な性格だ。

ま、三十一としては琴吹ななせをネタにして反町・森カップルが青春しているさまが堪能できたので文句はありません。

なお、森家の3姉弟妹の名前は、上から「くらら」「ル××」「さつき」だそうである。「××」はどう見ても「パン」だよなあ。グレずに成長できたらいいね。

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