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2009年9月20日 (日)

山縣有朋の構想をなぞってみる

明治のはじめ、東京と関西地区を結ぶ鉄道が計画された際、海岸沿いに線路を敷くと敵の艦砲射撃のために分断されてしまうとして中山道に沿ったルートを強硬に主張したのは、陸軍だった。結局この構想は先立つものがないという実に身も蓋もない理由で頓座し、海岸沿いの東海道本線が建設された。

というわけで、名古屋まで中央線を使って行ってみる。明日、連休の中日は仕事の関係で自宅にいないといけないので日帰りだ。

最初は、そのつもりではなかった。もともとはE351系に乗って、これまで未乗の中央東線区間を踏破し、篠ノ井線で長野に出て新幹線で帰って来ようというくらいに考えていた。8時ちょうどの「あずさ2号」ならぬ「スーパーあずさ5号」には間に合わなかったので、10時の「スーパーあずさ11号」で松本へ向かう。実は連休のときは臨時列車のほうが狙い目だというのはわかっているのだが、定期のスーパーあずさでないとE351系に乗れない。E351系はJR東日本が採用した最初の振り子車両で、今のところ最後の振り子車両だ。以後の増備は非振り子のE257系に移り、E351系はわずかな生産に終わった。JR東日本がE351系に対してどのような評価をしているかはうかがい知れないが、どうも意外に早く引退してしまいそうな気がする。それもあって、早めに乗っておこうと思ったのだ。

10時ちょうどの発車で速達タイプ、時間帯もよいスーパーあずさ11号は人気だろうと思ってはいた。直前にみどりの窓口で見ると指定はすべて売り切れ、自由席券を買ってホームに行ってみると20分近く前だというのにかなり並んでいた。発車まで15分ほどでドアが開き、進行方向右側窓際の席を確保する。発車までに席はすべて埋まり、デッキに立つ乗客がちらほらと見える。
定時発車。しばらくは都会の中を走る。このあたりは例の「開かずの踏切」で非難を被った区間でもあり、高架化による連続立体化工事中。いま走っている下り線が先に高架化しており、上り線はまだ工事中だ。ところどころ徐行しているようだが、これもダイヤに織り込み済みということだろうか。武蔵小金井まで来ると山が見えてくる(C)さだまさし。八王子ではさらに乗客が乗り込んできて、通路にまで立ち客が出始めた。高尾を過ぎると山岳路線に入り、振り子車両の本領を発揮し始める。しかしこのあたり、トンネルが多いせいか眠くなってきて記憶があいまいだ。相模湖や塩山を通過したのは覚えているが、大月や笹子トンネルは記憶がない。ただ中央高速のコンクリの構造物がつかず離れず並行しているのが忌々しい。左右に盆地が広がると甲府駅。ここで乗客はかなり降り、空席も見えてくる。
実はこのあたりは厳密に言うと過去に乗ったことがある。しかし三十一がまだ中学生のみぎり、まだ生き残っていた通称「山男列車」に乗ったもので、夜行電車だから景色はまったく見ていない。115系電車でろくすっぽ眠れず、途中の停車駅で開いたドアの向こうに見えた暗闇と、下車した小淵沢のホームで寒さに震え上がったことしか覚えていない。春休みだったのだ。
甲府を出ると線路は諏訪方面に向かう。地図を見るとまっすぐ線路が伸びていてそれほど急峻な路線には見えないかもしれないが、実はけっこう勾配がきつい。かつてのSL時代にはこのあたりの駅は大半がスイッチバックだった。今となっては、本線上にもうけられたホームから外れたところに敷かれている保線用の線路がかつてのスイッチバックの名残りをわずかに留めていた。小淵沢駅通過。これより先は正真正銘の初乗車区間。列車はゆるやかに車体を揺らしながら勾配を駆け上っていく。このあたりでは、振り子の効果が出るようなきついカーブはあまりないように見える。信濃境を過ぎ、長野県に入るころにピークを過ぎたのか今度は下りに転じる。茅野、上諏訪と連続して停車し、空席が目立つようになる。岡谷からいわゆる塩嶺線に入り、塩尻に向かう。この塩嶺線のおかげで、中央線のうち岡谷~辰野間だけが未乗で残ってしまうことになる(塩尻~辰野間は乗車済み)。塩尻を通過して篠ノ井線に入った。終着直前、ひと駅手前の南松本駅付近には貨物ターミナル。地域柄タンク車が多い。EH200とEF64が見える。新宿から2時間半ほどで終着松本。

新宿でスーパーあずさに乗り込んだときには、既述の通り長野に出て新幹線で帰って来ようかくらいに考えていたのだが、上諏訪あたりを走っているときに中央西線で名古屋に出ようという気になった。そういうプランも考えてはいたのだが、日帰りでやるにはちょっと無茶だと考えていたのだ。しかし2時間も列車に乗っていると楽しくなってきて少しくらい無茶してもいいんじゃないかと思い始めたらしい。
今回は時刻表を持ってきていなかったので、松本駅で下車するとまず次の名古屋行き特急の時間を確認。約20分後だ。改札を出、いつものように駅の写真を撮ってから中にとって返し、みどりの窓口へ。指定席は空きがあるらしいので、逆説的に自由席でも大丈夫と考えて自由席特急券を入手。改札を入って、駅弁(牛肉弁当)とお茶を買い、ホームで待つことしばし。383系のしなの12号が入線する。「しなの」は長野始発で、松本は途中駅になる。一抹の不安はあったが、連休前半の今日はまだ逆方向なのだろう、空いていた。自由席は先頭8号車とつづく7号車の2両。いったん適当な席に座ったものの、383系は「ワイドビュー」の二つ名を持つだけあって、デッキとの間に窓があり前方が見える。運転席直後の席に座を占める。ほんとうは進行方向右側のほうがよかったのだが、そちらには先客がいたので左側に座る。前方には運転士の体と、運転機器が立ち上がっていてちょっと見づらい。中央西線に沿って木曽川はほとんどの区間で進行方向右側(上り列車の場合)を流れているので、右側に座ったほうがいいですよ。突発的に行動を決めるとこの種の下調べが間に合わない。
中央西線は最初に381系で振り子車両が投入された区間だけあってかなりカーブが多く、初めて乗った人間としてはちょっと驚くくらいに傾く。なんというか、フライトシュミレーターで飛行機を操縦していてターンするためにバンクしているような感じ。かえって分かりづらいかな。
名古屋と信州松本方面を結ぶにあたって、鉄道は木曽谷ルートを選択し、高速道路は伊那谷ルートを選択した。木曽谷ルートは、木曽川にそってまっすぐ濃尾平野に出られることから線路がひかれたのだろう。しかし、木曽谷は狭い。両側に山が迫っていてほとんど平地というものがない。線路も道路も集落も山と川の間の斜面にへばりついている。いっぽうの伊那谷は、天竜川にそって下ると浜松に出てしまう。鉄道の飯田線は途中でひと山越えて豊川沿いに出、豊橋につながっている。しかし伊那谷自体は木曽谷に比べると広く、場所によって数キロの幅がある。最後の最後に恵那山下をトンネルでぶち抜くという手間は必要だが、高速道路が伊那谷を経由したのは用地確保の容易さによるものだろう。もし木曽谷に高速道路を通そうとするなら、ほとんどの区間がトンネルになってしまう。これはつまり、鉄道と道路で必要な用地の幅が違うからだ。線路の幅は1メートル強、車体の幅は3メートル弱。付帯設備を含めても単線線路なら5メートルくらいだろう。道路で幅員5メートルといったら、せいぜいがそこらの市道でしかない。もっとも、鉄道は急勾配、急曲線に弱いのでルート選択の自由度は道路に数段劣るのだが。
相当脱線したけど話をもとに戻そう。鉄道の話をしていて「脱線」はいただけない。列車は山深い木曽谷を駆け下りていく。先ほど言ったとおり、ほとんど平地というものがない。線路は複線になったり、単線になったり、あるいは単線かと見まごうかのように上下線が離れた複線だったり。こういう細切れの複線化は、同じ距離だけ複線化するならば一部区間だけをまとめて複線化するよりも実はダイヤの自由度は高くなるので、他にも例がいくつかある(羽越本線とか)。長野県内最後の停車駅である木曽福島を出るとしばらくの間は昼なお暗い谷底を走っていたが、県境を越えて岐阜県に入ると、これまで近景だった左右の山は一気に遠景へと後退し、街が広がると中津川である。中津川では、JR東海がホコるレール運搬用ディーゼル動車、キヤ97型が停車していた。このおかげでJR東海の機関車は絶滅に瀕しているので機関車好きな三十一としてはあまり歓迎されざる存在だ。中津川の次は恵那に停車。恵那の手前では上下線が大きく離れており、駅が近づくにつれ右側から下り線が合流してくるのを見ていたとき、左を見るとそちらにも線路が走っているのに気づいた。一瞬これは何だろうと思ったが、なんとなく線路の上空を見てみると架線がない。ああ、明知鉄道だと思いついた。いつか乗らなきゃなあと思ってはいるものの今日は時間がない。駅のホームには車両が見えず残念。多治見を経て、電車区のある神領を通過するころには、すでに山は見えなくなり濃尾平野に入ったことが見て取れる。勝川では頭上に聳える高架線が突然断ち切られ、その先頭付近に東海交通事業の単行ディーゼルカーが停車しているのが見えた。下からではホームが見えず、短い屋根があることからホームがあるらしいとわかるのだが、ちょっと異様な光景だった。金山で東海道本線と合流するときには間に名鉄線を挟んでいたが、名古屋までの間に立体交差して入れ替わった。ほぼ3時に名古屋着。名古屋駅はこれまで何度も通過しているが、下車するのは初めてだ。

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帰りの新幹線については、何も考えていなかった。適当に早い時間の「のぞみ」で、できたらN700系に乗りたいくらいに考えてみどりの窓口に向かう。ちょうどいい時間のN700系「のぞみ」はなかったが、30分後に500系の「のぞみ」があったのでこれで帰ることにする。東京から名古屋まで中央線経由で5時間、名古屋から東京まで新幹線で1時間43分。

今日の旅程:
新宿(1000)→松本(1231) 11M (E351系)
松本(1253)→名古屋(1459) 1012M (383系)
名古屋(1530)→東京(1713) 28A (500系)

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