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2009年11月 8日 (日)

「日本の歴史14 周縁から見た中世日本」


蝦夷、琉球、そして東シナ海という日本の「周縁」部から日本を見直そうという試みは近年のものだ。これまでの日本中枢部を中心にして展開してきた歴史研究とはまったく異なる視点であるゆえに、まだまだ検討の余地が多い分野であると同時に定説にまったく拘束されずに自論を展開することができるという意味で、やりがいのある、言い方を変えれば好き放題やれるのが魅力なのだろう。

「周縁」という呼び方は当時の日本の政権が置かれていた京都中心の視点であって、実際にはこれらの地域は「境界」である。中国や東南アジアとの中継貿易で栄えた琉球はもちろんのこと、東シナ海は朝鮮中国日本琉球の間の交易路であったし、北方の辺境と見られがちな蝦夷も近年では日本海北部や樺太・沿海州を経て中国東北の遊牧民と交易があったことが確認されている。

文献史料が乏しいためにこれらの地域でどのような王権の展開があったのかはなかなか再現が難しいのだが、これらの交易を触媒としてそれぞれの地域で独自の社会構造が形成されていったことは間違いない。「地方の時代」という政治臭のする言葉と歴史研究を絡ませるのは望ましいことではないが、分権的な傾向の強い中世ではこうした"すきま"権力が成立する余地があった。こうした権力を中央の統制に組み入れようという動きが近世を生むひとつの動機となったかもしれない。

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