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2009年11月11日 (水)

「世界の歴史19 中華帝国の危機」


先月の旅行から戻って以来、普通のテレビ番組はほとんど見ずにアメフトばかり見ているせいであまりネタがない。そういうときは書評でお茶を濁す。

この巻で取り上げるのは1840年のアヘン戦争から1911年の辛亥革命まで。東洋的朝貢関係に基づく世界秩序に安住していた中国が西洋的な"近代"外交に振り回されて転落していく過程を記述している。

これ以前の中国は、英国使節マカートニーに対する乾隆帝の答えのように「地大物博、足らざるなし」(領土は広く物産は豊かで外国に頼らなければならない理由はない)と悠然と構えて中国に朝貢に来る"夷狄"を寛容に受け入れる立場だった。そういう意味では、(主観的には)選択権は中国の側にあって相手側にはなく、受け入れるも拒むも自由だった。

ところがアヘン戦争以後、この様相は一変する。周辺の朝貢国は次々に諸外国に奪われ、不平等条約に苦しむことになる。もっとも、中国のほうでは「外国人の事件は外国人にまかせて中国人の手を煩わせないほうがいい」という具合に領事裁判権をむしろ好都合に考えていたという。それはともかく、アヘン戦争から第二次大戦までのほぼ一世紀間はこれまで数千年にわたって中国人の発想の根幹にあった中華思想が踏みつけられ泥にまみれていく過程でもあった。

現代の中国人が2世紀前の乾隆帝の寛容をあとかたもなく消し去って、内政干渉についてヒステリックにまで拒絶するようになったのはこの一世紀間にうけた痛みの産物だろう。ただそれが"羮に懲りて膾を吹く"ようなことになっていないことを祈る。

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