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2010年1月 4日 (月)

「宇宙の傑作機13・ベネラ惑星探査機」

いつもの Amazon のアフィリエイトの代わりになる書影がないかとぐぐってみたところ、著者自身の blog にあった告知記事を発見。

【告知】冬コミで宇宙の傑作機「ベネラ惑星探査機」を出します (Fukuma's Daily Record)

今では、太陽系内での生命探査の対象はもっぱら火星に絞られているが、半世紀前には金星も有力候補だった。地球よりも太陽に近く、大きさも地球よりわずかに小さいくらいで、環境は地球に似ているのではないかと考えられていた。外部からの光学観測では、厚い雲によって表面をうかがい知ることはできなかったが、それがかえって想像をかきたてた側面もあるだろう。
60年代前半に米ソは争って惑星探査機を打ち上げた。アメリカはどちらかと言えば火星に力を注いでいたようだが、ソ連はほぼ同じ形の探査機を金星と火星の両方に打ち上げた。金星に関して言えば、惑星表面へ繰り返し着陸を試みたのはソ連だけだった(アメリカはパイオニア・ヴィーナスで一度だけ試みたが成功とは言いがたい)。
ソ連のベネラ探査機は前後10機ほどが金星大気への突入を敢行した。はじめのうちは金星の環境との闘いであった。最初に大気圏に突入した着陸船は、地表に到達する前、22気圧摂氏271度というデータを送信したのを最後に壊れた。次の試みでは、最後の気温は摂氏294度だった。それでも地表には届いていなかった。次の着陸船では潜水艦の技術を応用して高圧高温に耐えられるカプセルを作り上げた。やっと生きたまま地表に到達した探査機が送ってきたデータは、92気圧、摂氏475度、大気の97%は二酸化炭素という、「金星人」の甘い夢を木っ端微塵に粉砕する過酷な環境だった。

金星地表の環境が明らかになったことで、必要以上の耐圧耐熱性能はいらなくなり、その分の重量を観測機器などにふりむけることができるようになった。またちょうどこのころからR-7系列のモルニアロケットにかわって、有人月計画にあわせて開発された強力なプロトンロケットが使えるようになる。重量余裕と、適切なスペック設定、そして技術開発によって後半のベネラ探査機は「ルノホート月探査機」と並ぶ「最高傑作」になった。改良されたベネラ探査機は、金星表面からはじめはモノクロの、ついでカラー写真を送ってきた。こうしてベネラ探査機計画は終了したが、その後のソ連の崩壊や、火星への興味の集中などで金星は探査の対象としては忘れられ、それにともなってベネラ探査機の成果も忘れられていた。しかし近年、金星への興味は再燃しつつある。21世紀に入ったころから、各国で金星探査機が相次いで打ち上げられた。日本も「あかつき」を打ち上げる予定だ。

最後に余談だが、「ベネラ探査機」と並ぶ「最高傑作」と称された「ルノホート月探査機」については、右柱にアフィリエイトを貼った "Soviet and Russian Lunar Exploration" に詳しいので興味があれば参照するのがよろしかろう。

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