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2010年2月27日 (土)

モンキー

1月末から勤務先が変わって何が一番困ったかというと、会社帰りに秋葉原に寄ってくることができなくなったことだ。遠回りして寄ってこれないこともないんだけど、これが半端な遠回りではなくなってしまうのであまり現実的でない。試しに計算してみたら、通常の通勤経路での乗車キロは30.4キロ、それに対して秋葉原に寄って帰ると53.2キロ。倍とまではいかないがそれに近い。

というわけで、秋葉原には週末に行かなければならなくなってしまった。おまけに自腹でだ。これまでは定期が使えたのでそのつもりで改札を通って、降りるときになってSuicaの残高があったか不安になった。改札を出たときの残高は10円。

今日の秋葉原出撃ではそれほど大きな目標があったわけではない。毎月恒例の雑誌と、あとは細々としたものを買いに行く。コネクタとかケーブルとかモンキーレンチとか。
なぜまたモンキーレンチ?と思うかもしれない。もともと持っていたはずなのだが、ここしばらく見あたらない状態が続いていてつい先日もモンキーレンチがなくて困ったのでこの際買ってしまおうと思ったのだ。で、秋葉原で工具屋(あるんです)に行き、いくつか種類があるモンキーレンチの中でどれにしようかと考えているうち、なんでモンキーレンチが近頃見あたらないのかの理由に思い至った。
ほぼ2年前に当時所有していたクルマを中古車屋に売ったのだが、そのときにクルマに積んだまま一緒に売ってしまったかもしれない。車載工具だけでは足りなくて、モンキーレンチとかスパナも積んでいた記憶がある。見積もりのために中古車屋にクルマを持ち込んでそのまま置いてきてしまったから、あの中にあったのだろう。なんてこった。
工具類は普段はそれほど必要性を感じないけれど、いざというときにないと本当に困ってしまうので「今困っていないから」と後回しにしていると痛い目を見る。思いついたときに買っておくのを心がけておこう。実際、店に行って工具を見ていると結構面白い。ワイヤーストリッパーを見て本気でほしいと思ってしまった。そのうち買ってしまいそうだ。

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2010年2月25日 (木)

治外法権

トヨタ社長、米公聴会で釈明 電子制御の欠陥は否定 (asahi.com)

この問題そのものには三十一はそれほど興味があるわけではない。車持ってないし、仮に買うことになっても多分トヨタ車は買わないだろうし。ただし、問題そのものは別にアメリカ国内に限ったことではないだろうに、なぜ日本で同じような公聴会ができないのかなあと不思議に思った。
日本なら多分、国土交通省なり経済産業省なりの局長あたりが社長を呼んで文書を手渡して終わりとされることだろう。国民生活に直接かかわる問題が起きたときに、国民の代表である国会が関係者を呼んで説明を求めるということがあってもいいように思う。いちおう日本でも参考人招致という手法があることはあるけれど、今回のような民間の問題ではあまり使われない。

三十一が何よりもどかしく感じたのは、日本の会社の問題が日本で追求されずにアメリカで追求され、その結果が逆輸入されてきているという現実だ。アメリカで問題にならなかったらうやむやになっていたかもしれない。明治国家がその撤廃に苦心した治外法権だが、むしろアメリカに裁判してもらったほうが国民は幸せになるんじゃないの?

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2010年2月23日 (火)

「世界の歴史1 人類の起源と古代オリエント」


途中で別の本(ラノベとかラノベとかラノベとか)に寄り道していたせいで、読み終わるのに時間がかかってしまった。読み始めたのはたしか去年だったと思う。

600ページ近くかけてようやく紀元前500年頃、ギリシャ・ローマ時代の前までたどりついた。文明の発祥(シュメールまたはエジプト)がおよそ5000年前だとすると、それから現在までの年数の約半分をこの1巻(しかもすべてではない)で担当し、残り29冊であとの半分を担当しているわけだ。中華文明とかインダス文明は他の巻で記述されているけれども、この配分にはそれほど大きな影響はないだろう。
この時代の歴史は地域的にはオリエントに集中していてその他の地域はほとんど登場しない。それでもこれだけ長期間の歴史が1冊におさまっているのは情報量が少ないからで、実際には近現代にも劣らない豊かな歴史があったに違いない。しかし現代の歴史学者は少ない情報からでもできるだけ当時の実体に近づこうとし、そしてこういう形で伝えてくれようとしている。遅々たる歩みではあっても新しい史料の発見や新解釈によって歴史が再構成されていく。その結果としてまた新しい謎が生まれたりするんだけど。

固有名詞(特に人名)になじみが薄いのと、それから個人の感情がほとんど伺いしれないので無味乾燥な感じがするかもしれないが、実はこの時代はけっこう興味深いと三十一は個人的に思っているのだ。

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2010年2月21日 (日)

「よかったね」で済ませていい話ではなかろうに

とっさに女性を仰向け 高円寺駅、奇跡の救命に感謝状 (asahi.com)

以前、新大久保駅で同じような事故があって助けようと線路に降りた人が死亡したときにも書いたことだが、自動車の感覚で電車の前に飛び出すと痛い目(ですめばいいが)を見るので、うっかり線路に降りようとするのはやめておいたほうがいい。

非常停止警報のスイッチは、新大久保駅事故を契機につけられたはずだが、それでは間に合わないタイミングだったそうで、その意味では役に立たなかったらしい。もっともこのスイッチが完全でないことはわかりきっているので、それでもないよりはあったほうがいいに決まっている。

JR東日本も別に手をこまねいているわけではなく、根本的な解決策を計画し進めている。それが山手線で計画されているホームドアの設置だ。新設路線ではかなり普及し始めているホームドアだが、既存路線への設置は費用の問題とそれから運転を継続しながら工事しなければいけないということがあってあまり進んでいない。しかし、車いすの旅客がホームから転落した事故もあり、必要性がだいぶ認識されてきている。山手線の6扉車を4扉車に置き換える作業が最近始まったが、これもホームドア設置に関連している。山手線全駅へのホームドア設置完了は2017年度末の予定。

ここでひとつ提案がある。三十一は前面展望ビデオも好きだが、実車での前面展望も嫌いではない。先日のこと某線の運転席の後ろにはりついて見ていたときに隣でやはり前を見ていた親子連れがいたのだが、ある駅に進入しているシーンを見てその母親が「ああ、ホームの端を歩いている人がいるとすごく怖いねえ。気をつけないといけないねえ」と感想を述べていた。
そこで、電車の運転席に前方展望カメラを設置して、車内のモニターで流してはどうだろう。けっこうみんな見るんではなかろうか。そしてホームの端を歩いていると運転席から見てどんなに怖いかということがわかると、少しは気をつけるようになるかもしれない。まあ何をしても気にしない人は気にしないだろうが、気にする人がちょっとでも増えるだけでも意味はあるだろう。ただしひとつ考慮点があって、非常ブレーキが動作したら映像を切りかえる仕組みを組み込む必要があるだろう。もちろん、「飛び込み」を車内に生中継しないためにである。

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2010年2月19日 (金)

アキぶら。

昨日、テレビの番組表を見ていたら「ブラタモリ」で秋葉原を紹介していたので見る。実は11月に放送していたものの再放送らしいのだが、11月というとアメフトシーズンの真っ最中でしかも北海道遠征のあとだったので、第8週目になってようやく第6週分の試合の録画を見ているような状態でそれどころじゃなくまったく気づいていなかった。

三十一が興味をひかれたのは鉄道居酒屋だ。なんでまた秋葉原でと思わなくもないが、Little BSD と同じ系列なんだろう。だって店名が Little TGV だし。場所も大体見当がついたので気が向いたら今度寄ってみようかな。なにより、大画面で見る前面展望ビデオを見てみたい。タモリが前面展望を見ながら酒を飲んでいるとは知らなかった。そうか、三十一も大きくなったテレビで前面展望を見ればいいのか。

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2010年2月17日 (水)

「れでぃ×ばと!10」


アニメが始まっているはずなのだが、うちで加入しているCATVにはAT-Xが含まれていないので見られません。朋美のCVが川澄綾子、セルニア役は中原麻衣ということなので小説を読みながら脳内でアテレコしよう。容易に想像できてしまうところが我ながらちょっとイヤ。
そのほか小清水亜美とか釘宮理恵とか後藤麻衣とか出てるらしいので、ちょっと惜しい気がしないでもないが、小説の帯とか折り込みに描かれているアニメの絵柄を見るとちょっと萎えてしまう。こういう狙いすぎの絵柄って、三十一は萌えないのだ。

では、ここから本題である小説の感想に入ろう。

ツンデレが自覚する話。
以上。

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2010年2月16日 (火)

ロボットは人間に危害を加えてはならない

捕鯨船にシー・シェパード侵入 「3億円求める」と書簡 (asahi.com)

衝突の責任は第2昭南丸にある。3億円を請求する。

これと同じような論法を駆使する人々のことを日本では「当たり屋」という言葉で呼んでいるのを彼ら彼女らが知るよしもないだろうが、これで日本の態度が変わると本気で思っているのだろうか。少なくとも三十一にとっては、だんだん「当たり屋」と同列のチンピラに見えてきた。捕鯨船に乗り込んできた構成員は裁判で自説の主張を展開することを望んでいるようだが、裁判所と検察には捕鯨問題に深入りせず単純な刑事犯として裁いてもらいたい。
マスコミや反捕鯨陣営は「判断を避けた」とか言うかもしれないが、本来は文化と政治の問題であるはずの捕鯨に関する判断を司法に委ねるのは、政府と有権者の逃げであり責任転嫁だ。

三十一の基本スタンスはシンプルで、それは「動物よりも人間を優先」というものだ。行きすぎた博愛主義は実は誰も(何も)愛していないのと同じだ。それは今から2000年以上昔に孔子が指摘したことでもある。鯨のために人間を傷つけてもかまわないというのはどう考えても理屈にあわない。彼ら彼女らはきっとアシモフのロボット三原則を読んだことがないのだろう。

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2010年2月15日 (月)

「エリアル08」


4クール目も半ばとなり、そろそろ終わりが見えてきた。
ケープケネディからコロンビアとディスカバリーを、バンデンバーグからアトランティスを、クールーからアリアン4とアリアン5を、種子島からH-2Aを、バイコヌールからエネルギア2基を、西昌から長征を、そして富士のふもとのSCEBAIからはエンデバーとH-2Bとエリアルと、それから他にもあるらしいがほぼ同時にこれだけのロケットを打ち上げようという派手な展開は終わりの近さをうかがわせるに充分だ。

なんかここにきて、主役が岸田家の面々からハウザー家の面々に移りつつあるような気がする。我が家もそうだったのだが、ハウザー家も女性軍のほうがずっと元気なようで、男性陣は押され気味どころではない押されっぱなしだ。一家の大黒柱のはずのおとーさんにしても例外ではなく、一人息子のアバルト艦長は完全にいじられキャラだ。大中小の三姉妹こそがこの小説の影の主人公だったんじゃないかとすら思う。これまで出てこなかったこの家のおかーさんはどんなキャラなんだか、想像するだけで背筋が寒くなる。

ところで、そこにたどりつく手段があったら三十一もぜひ帝国艦隊のオープンフリートに行ってみたいです。

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2010年2月14日 (日)

いったん高品質に慣れると元に戻るのはむずかしい

今年の初めにテレビを大きいものに買い換えた。それでオーディオヴィジュアル系はほぼ(現時点での)完成形に近くなり、当分はこのまま更新の必要はなくなっただろう、と思っていたのだけどなあ。

スーパーボウルも終わって、毎日毎週欠かさず観なければいけないものがなくなった。毎年のことだが、こうなるとせっかく買ったテレビだが見るものがなくて困るという状況になる。番組表を隅から隅までながめてみても三十一が興味をひかれるような番組は非常に少ない。しょうがないので未聴取のままためてしまったCDでも聞くか(ただしこの場合はテレビが完全に宝の持ち腐れになる)、さもなくばDVDでも見るしかなくなる。いやまあ、外に遊びに行けばいいんだけどね。平日の夜とか家にいるときのことだと思ってくださいな。

で、CLANNAD をDVDで見直したりしていたのだが、前のテレビでは気にならなかったゴーストが目につくようになった。描線部分が二重あるいは三重に見えるのだ。一度気になりだすとずっと気になってしまう。これはテレビが大きくなったせいで目立つようになったのか、それとも新しいテレビの特性なのか、あるいは配線変更の影響なのか、いったいどういう原因なんだろうとしばらく悩んでいた。
そこで思いついたのが、DVDとBDの両方を買っていた某アニメ。まあ ef なんだけどね。このアニメもCLANNAD とは少し方向性が違うが精密な画面作りをしているという点では同じだ。これをDVDとBDで見比べてみることにする。結果はと言うと、あきらかに見え方が違う。DVD版では、CLANNADと同じように描線のゴーストが見られるが、BDではそれが見られない。テロップなどの文字の精細さも桁違いだ。

CLANNAD のBDは5月に出ることになっていて、すでに予約注文済みだからそれを待つのは規定路線で別に影響はない。その後続けて出るであろう CLANNAD after story も当然買うつもりだ。だが、これだけ画質の違いをはっきり実感してしまうと、今後買っていくものはもちろんのことだが、これまでDVDで買いそろえたものもBDに買い換えていくという流れが生まれてくるかもしれない。とても全部を買い換えてはいられないからきれいな画質で見たい作品から重点的に、ということになるだろうけど。

金がかかるなあ。

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2010年2月13日 (土)

理想と現実

「信頼してくれ、では同盟維持できない」陸自連隊長発言 (asahi.com)
陸自連隊長は注意処分 日米同盟関係発言問題 (asahi.com)
陸自連隊長発言「首相を揶揄、許し難い」北沢防衛相 (asahi.com)

この件について防衛庁のサイトにはまだ何も言及がないのだが。

陸自第44普通科連隊(福島駐屯地、第6師団所属)の連隊長中澤剛一佐が、「同盟は『信頼してくれ』等という言葉だけで維持できるものではない」と発言したことが、鳩山総理がオバマ大統領と昨年会談したときに「信頼してほしい」と伝えたことを批判した、として注意処分を受けたという顛末。

なんか、被害妄想じゃね?
被害妄想で悪ければ自意識過剰に見える。

北澤防衛大臣は「クーデターにもつながる極めて危険な思想だ」と激しく非難しているが、自衛隊そのものが「信頼」の後ろ盾となるべき実力組織として存在しているのだから、中澤連隊長の発言をまるまる否定するのは自衛隊そのものの存在意義の否定に近い。単純に中澤連隊長の発言を切り離して考えると、それほど変なことを言っているわけではない。今回の発言の場になった日米共同訓練自体が、言葉だけではない信頼を築くことを目的のひとつとしているのは間違いないから、なおさらだ。

鳩山総理の発言にしても、単に「信頼してくれ」と懇願しているわけではないだろう。「結果が出るまでしばらく信頼して見守っていてほしい」という文脈で「信頼してくれ」と言っているはずだから、その裏にはこれから信頼されるに足るだけの行動を示す責任が日本側にある、という含意がある。そう考えてみると、鳩山総理の発言と中澤連隊長の発言には矛盾はない。

ところがマスコミは鳩山総理の発言の一部を切り出してとりあげて「土産もない状況で単に『信頼してくれ』と伝えた」というニュアンスで報道した。民主党政権としてはこういう論調に神経をとがらせていたことだろう。そこに「自衛隊」という、民主党政権からみれば「自民党長期政権の申し子」のような存在から「言葉だけでは」という発言が飛び出した。アタマに血が上って、一刀両断に切り捨ててしまったのだろう。
しかし、自衛隊という膨大な組織をあずかっている防衛大臣にはもう少し冷静な対応をしてほしかった。民主党政権発足以来、いろいろな発言を見ているとどうも現政権と現防衛大臣は自衛隊を信頼していないように見える(例えばこれとか)。外から見ていてもそう感じるのだから、内側にいる人々にはもっと強く感じられているだろう。上司に信頼されていない(と思っている)部下が上司を信用するわけがない。

上司である防衛大臣と、部下である自衛隊の間の信頼関係も、言葉だけでは維持できないのだよ。

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2010年2月10日 (水)

ダンジョンでも入手できないレアアイテム

今日の昼休み、いつものように(ある種の)ニュースサイトを巡回していた。そのひとつが spaceflightnow.com なわけだが、記事そのものにはそれほど目新しいものはなかったものの、ひとつ三十一の目をひいたものがあった。

それは右の柱にあるショップの広告で、そのアイテムは

Ares 1-X Patch (spaceflightnow store)

だった。

Ares 1 ロケットは、つい先日オバマ政権に引導を渡されたコンステレーション計画に含まれており、したがって去年一度テスト打ち上げをしただけで息の根を止められてしまったわけだ。この広告自体は以前から表示されていたのを三十一は知っているが、先月まではなんてことのないただの広告だったのが、今や盛者必衰の無常を感じさせる象徴的なアイテムになってしまった。

いまのうちに買っておくと、将来プレミアがついたりする…かな?

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2010年2月 9日 (火)

「世界平和は一家団欒のあとに9」


かつて「人命は地球よりも重い」と言った政治家がいたが、「地球の運命」と「目の前の子供」を天秤にかけたときに、果たしてどっちを選ぶかという究極の選択を迫られた登場人物が選んだのは、「目の前の子供」だった。
ま、タイトルから想像つくよね。「世界平和」は「一家団欒」のあとだから。

このシリーズの主人公は要するにヘタレ男子なのだが、それは周囲の女性陣がレベル高いからであって本人のレベルは実はそれほど低いわけではない。今回はその「ヘタレでないところ」が発揮された。よかったね。逆にこれまで無敵だった七美の弱いところが見えて、力関係がいつもとだいぶ違っている。

ただ残念だったのは、柚島があまり活躍しなかったのと、美智乃が名前しか出てこなかったこと。やっぱり若い女の子が活躍しないとね。

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2010年2月 8日 (月)

小説には書けない結末

今日は会社を休んで朝からスーパーボウルを生中継で観戦。
昼過ぎから夕方まで寝て、いままたNHKの録画中継を見ながらこの記事を書いている。

事実は小説よりも奇なり、というのはすでに手垢のついた表現でしかないが、実際にこのような展開の小説があったら「ご都合主義」という批判を免れないだろう。
ハリケーン・カトリーナで壊滅的な被害をうけたニューオーリンズの復興の象徴がこのニューオーリンズ・セインツの飛躍だ。今年のセインツはチーム創設以来の好成績である13勝3敗のNFC最高勝率をひっさげてプレイオフに進出し、これまたチーム初めてとなるスーパーボウルに進出した。チーム力としては格上のインディアナポリスと対戦して、はじめのうちはリードを許したものの後半に入って逆転し、最後は追い上げるインディアナポリスを突き放して勝利を決めた。

Super Bowl XLIV
New Orleans 31 - 17 @ Indianapolis

MVP: Drew Brees (New Orleans QB)

試合展開によっては、インディアナポリスにも充分勝ち目はあったと思う。キーになったのは、まず後半終了間際にいったんはゴール前でギャンブルを阻止されたものの次のドライブでFGを決めて4点差に縮めてハーフタイムに入ったプレイ。そしてハーフタイム明けのいきなりのオンサイドキック。さらには4Qのマニングのパスをインターセプトしてそのままタッチダウンしたプレイと、それをお膳立てした直前のセインツの守備。3rdダウン&5に追い込まれた(守備側から見ると追い込んだ)シチュエーションが、結果としてインターセプトを生んだと言っていいだろう。

これで三十一にとっての2009年は終わった。ではみなさんよいお年を。

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2010年2月 7日 (日)

誕生日おめでとう(私信)

ああ、今日(2月7日)は北方領土の日だったか。

某くん、誕生日おめでとう。

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今年も残りわずか

明日はスーパーボウル。

今年はプロボウルが先にあったので、正真正銘今シーズン最後の試合になる。毎年言ってることだけど、楽しみでもありながらこれでシーズンが終わってしまうのが惜しいという不思議な気分になる。読書好きな人間なら、面白い本をもうすぐ読み終えてしまうというときの「早く結末にたどりつきたい」気持ちと「読み終えてしまうのがもったいない」という気持ちの入り交じった複雑な気分を思い起こしてもらうとわかってもらえるかもしれない。

NHKでは明日の生中継を控えて直前特集をやってたけれど、一般向けにわかりやすく説明してアメフトファンを増やそうという NHK の最近の試みはことごとく滑って、結局中途半端なものになっている。

それはともかく、明日の対戦であるインディアナポリスとニューオーリンズだが、個人的にはニューオーリンズに勝ってほしいと思っているので、多分そちらを応援しながら見るだろう。ところが三十一が応援するチームは負けてしまうことが多いような気がする。たぶんバーナム効果にすぎないんだろうが、だから応援するならニューオーリンズと答えるにしても、どちらが勝つかと聞かれるとインディアナポリスと答える。好き嫌いを別にしても、地力を虚心坦懐に比較したらどうしてもインディアナポリスが有利だろう。まあ、ちょっとした勢いの違いでニューオーリンズ圧勝というシナリオも考えられなくもない。要するに予想がつかないのだ。予想ができないからこそ楽しみ。

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2010年2月 6日 (土)

「兵士に告ぐ」


単行本では買わないけれど、文庫になれば読むシリーズの第4弾。
人間としての自衛官個々に密着、直接取材して"コマ"とみなされがちな自衛官ひとりひとりの個性を浮き彫りにする希有な本ではあるのだが、マスコミ出身者にありがちな「自分の感じ方」をおしなべて「一般人の感じ方」と同一視してしまう傲慢さがところどころ透けて見える。ま、確かに三十一の感じ方も一般人とは違うんだろうけどさ。

細かいことを言うなら、「アメリカンフットボールのクオーターバックのような大男」という表現にまず首をかしげた。筆者は、クオーターバック以外にアメフトのポジションを知らないんだろうなあ。アメフトのチームでは「大男」であることが第一に求められるのはオフェンスラインであってクオーターバックではない。同じ能力なら大きいほうがいい、というくらいでクオーターバックにまず求められる資質はもっと別のものだ。
それから、海自の基地では国旗降下は日没だったはず。5時と決まっているわけではないので、「この時刻、(略)そして埠頭に停泊している護衛艦の甲板や潜水艦の艦内で、二十四万の隊員が一時的にせよ動きを止める。」というのは海自については正確でない。

重箱の隅をつつくのはこれくらいにして、筆者の「民主主義の対極にある存在と見られてきた自衛隊が実はもっとも律儀に、愚直に民主主義を守ろうとしている組織ではないか」という指摘は重要だ。逆に言えば、非民主的にみられるからこそ、自らの存在意義を保つためにほんのわずかでも民主性に疑義を抱かれてはいけないという強迫観念にがんじがらめになっていた面もある。利益に奉仕する非民主的組織である私企業に勤める三十一から見ると、ときには「そこまでしなくても」と思わなくもないが、60年かけてそういう組織風土を作ってきたのは有権者である国民自身だ。

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2010年2月 4日 (木)

2010年1月の打ち上げ

1月は少なく、わずか2回。先月多かった反動というわけでもないだろうが。

16日、16:12UT、西昌(中国)、長征3C(北斗)

28日、00:18UT、バイコヌール(ロシア/カザフスタン)、ソユーズU(Cosmos 2459 Raduga)

中国は「北斗 Beidu」シリーズの3機目を打ち上げた。北斗七星によって導かれる北極星は、旅人に方角を教える道しるべだ。現代の「北斗」は中国版GPSとでも言うべき測位衛星である。まだ3機では実用にはほど遠いが、ロシアやヨーロッパに続いて中国もアメリカ製のGPSに依存しない測位システムの構築をめざしている。

Cosmosシリーズの2459機目になるRadugaは、軍用通信衛星だ。

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いったん便利さに慣れると元に戻るのはむずかしい

少し前から、通勤する場所が変わった。部門がまるごと移転になって、都内から郊外に移ったのだ。その結果として通勤経路も変わった。遠くなったとか、途中で分岐するとかいったレベルではなく、これまでと全く違う電車に乗って通うことになる。とはいえ、もうずいぶん前だがそこには2年ほど通ったことがあるのでさほど目新しいわけではない。

何日か通ってみて、なんとなく「不便だ」と漠然と感じていたのだが、その理由がわかった。

これまでは自宅の最寄り駅から会社の最寄り駅まで乗る電車のすべてに、車内電光掲示板があった。ドット文字モノクロだったり、フルカラー液晶モニタだったりとレベルは違うが車内にいながらにして停車駅をはじめいろんな情報が目に入ってくる。それでも三十一は乗り過ごしたりしていたが。
いっぽう、今乗っている電車は205系だったり203系だったり、最新車種と比べると車内設備的にはやや見劣りし、扉の上にあるのは動かない広告スペースに過ぎない。三十一がこれまで乗ってきた電車の中ではこちらのほうが多数派だったはずだが、それでもこれまであって当然だったものが急になくなると不便に感じる。

いったん便利さに慣れてしまうとそれがあるのが当たり前になって、元に戻るのがむずかしくなる、というのはよく聞く話だが久しぶりにそれを実感してしまった。贅沢は敵だ。

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2010年2月 3日 (水)

キホンに忠実

しばらく(本気で)倒れてました。それについては気が向いたら書くかもしれない。

おかげで、すっかりタイミングを逸してしまったのだが書かないわけにはいかないだろう。発足1年を迎えたアメリカのオバマ政権がこの2月1日に、2011会計年度以後の宇宙計画について発表した。2004年、コロンビア事故のあとをうけてブッシュ政権が発表した計画を置き換えるものになる。

FY2011 Budget Overview (PDF, NASA)

それほど分量も多くないし長文はほとんどないので、さっと読めてしまった。

もう松浦さんもまとめていたりするので、いまさら言うこともないのだが、感想をひとことで言うならば、「王道に戻ったな」というところ。
「学問に王道なし」と言うが、言い換えれば一歩一歩足元をかためながら前進するのが実は一番確実で早い。前のブッシュ政権がぶちあげたコンステレーション計画は、現時点でのありものを組み合わせて手っ取り早く目立つ成果を挙げようというものだった。オバマ政権はその計画を思い切りよく捨てて、今後人類が(有人無人ともに)宇宙で活動するために必要な技術やノウハウを習得することを通じて、宇宙活動が継続的で持続的なものになることをめざす、というのがこの新計画の骨子だろう。

この計画が計画倒れにならない保証はないが、もし計画通りに進んだとするなら、アメリカの宇宙開発における "基礎体力" は著しく強化されるだろう。これはオバマ政権内部に宇宙開発に関してもののわかったしっかりしたブレインがいて、そして政権にそれを受け入れる度量(と辛抱強さ)があることをうかがわせる。もともと体力のあるアメリカにさらに基礎体力をつけられて、もともと体力貧弱な日本はどう進むべきか。

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