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2010年3月31日 (水)

「オレオレ」はじめました

詐欺師に転職したわけじゃないので勘違いしないように。そんな人はいないと思うけど。

こないだ仕事をしながらふと気づいたこと。
少なくとも今のチームの中では、話をするときに一人称が「オレ」でほとんど用が足りるようになっていた。思い起こしてみれば今のチームの中では2番目の古株になっており、しかも1番の古株は三十一よりも年下。年齢的には上から3番目くらいのはずだが、それほど年齢差があるわけではないし、多分1番上と思われる人はほとんど会社に出てこないので会話の機会もあまりない。
こうなると、面と向かって話をしながら自分のことを「わたし」とか称するような場面はほとんどなくなってしまった。もちろん他の会社や他の部署の人と話すときにはそうはいかないが、この事実は三十一が「チーム一の古物となり果て」たことを証明している。

出典がわかるかな。

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2010年3月30日 (火)

「理系の人々2」


1巻に比べて、「あるある」と思う割合がだいぶ減ったけれど、その中で一番大笑いしたのが

ハードディスクの立替金請求の費目について
秘書「情報機器」
理系「消耗品」

という意見の食い違い。
特に受けたのは理由があって、ちょうどその日三十一はまさにハードディスクを追加購入していたからだ。2TBのハードディスクも今や1万円ちょっとか。マシンスペックはもう何年も変わっていないのにハードディスクだけどんどん入れ替わっていく不思議さよ。
やっぱりハードディスクは消耗品だよなあ。

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2010年3月29日 (月)

2009年度末の桜たち

タイトルを見ればわかると思うけど、年度末時点での将一覧。

* 統合幕僚監部
- 統合幕僚長:陸将 折木良一(1972防衛大16)
- 統合幕僚副長:海将 高嶋博視(1975防衛大19)
- 統合幕僚監部運用部長:空将 齊藤治和(1978防衛大22)
- 統合幕僚学校長:陸将 渡邊隆(1977防衛大21)
* 情報本部
- 情報本部長:空将 下平幸二(1975防衛大19)
* 技術研究本部
- 技術研究本部技術開発官(陸上担当):陸将 寺田和典(1976防衛大20)
- 技術研究本部技術開発官(船舶担当):海将 安達孝昭(1978東北大)
- 技術研究本部技術開発官(航空機担当):空将 山崎剛美(1977防衛大21)
* 防衛大学校
- 防衛大学校幹事:陸将 千葉徳次郎(1977防衛大21)
* 防衛医科大学校
- 防衛医科大学校幹事:空将 緒方克彦(1978防衛医大1)
* 陸上自衛隊
- 陸上幕僚長:陸将 火箱芳文(1974防衛大18)
- 陸上幕僚副長:陸将 荒川龍一郎(1977防衛大21)
- 北部方面総監:陸将 酒井健(1975防衛大19)
- 東北方面総監:陸将 君塚栄治(1976防衛大20)
- 東部方面総監:陸将 関口泰一(1976防衛大20)
- 中部方面総監:陸将 角南俊彦(1975防衛大19)
- 西部方面総監:陸将 木崎俊造(1976防衛大20)
- 中央即応集団司令官:陸将 宮島俊信(1976防衛大20)
- 第1師団長:陸将 中川義章(1978防衛大22)
- 第2師団長:陸将 渡部悦和(1978東京大)
- 第3師団長:陸将 藤崎護(1978防衛大22)
- 第4師団長:陸将 宮下壽広(1978防衛大22)
- 第6師団長:陸将 安部隆志(1977防衛大21)
- 第7師団長:陸将 山本洋(1977防衛大21)
- 第8師団長:陸将 寺崎芳治(1976防衛大20)
- 第9師団長:陸将 林一也(1977防衛大21)
- 第10師団長:陸将 河村仁(1978防衛大22)
- 陸上自衛隊関東補給処長兼霞ヶ浦駐屯地司令:陸将 平野治征(1977防衛大21)
- 陸上自衛隊幹部学校長兼目黒駐屯地司令:陸将 長谷部洋一(1977防衛大21)
- 陸上自衛隊富士学校長兼富士駐屯地司令:陸将 三本明世(1975防衛大19)
- 陸上自衛隊研究本部長:陸将 師富敏幸(1976防衛大20)
- 陸上自衛隊補給統制本部長兼十条駐屯地司令:陸将 師岡英行(1975防衛大19)
* 海上自衛隊
- 海上幕僚長:海将 赤星慶治(1973防衛大17)
- 海上幕僚副長:海将 河村克則(1977防衛大21)
- 自衛艦隊司令官:海将 杉本正彦(1974防衛大18)
- 護衛艦隊司令官:海将 河野克俊(1977防衛大21)
- 航空集団司令官:海将 倉本憲一(1975防衛大19)
- 潜水艦隊司令官:海将 永田美喜夫(1976防衛大20)
- 横須賀地方総監:海将 松岡貞義(1974防衛大18)
- 呉地方総監:海将 武田壽一(1975防衛大19)
- 佐世保地方総監:海将 加藤耕司(1976防衛大20)
- 舞鶴地方総監:海将 柴田雅裕(1976名古屋工業大)
- 大湊地方総監:海将 泉三省(1978防衛大22)
- 教育航空集団司令官:海将 方志春亀(1976防衛大20)
- 海上自衛隊幹部学校長:海将 畑中裕生(1978防衛大22)
- 海上自衛隊補給本部長:海将 小野原正信(1978防衛大22)
* 航空自衛隊
- 航空幕僚長:空将 外薗健一朗(1974防衛大18)
- 航空幕僚副長:空将 長島修照(1976防衛大20)
- 航空総隊司令官:空将 岩崎茂(1975防衛大19)
- 北部航空方面隊司令官:空将 彌田清(1977防衛大21)
- 中部航空方面隊司令官:空将 渡邊至之(1976防衛大20)
- 西部航空方面隊司令官:空将 小野田治(1977防衛大21)
- 南西航空混成団司令:空将 平田英俊(1978東京大)
- 航空支援集団司令官:空将 森下一(1976防衛大20)
- 航空教育集団司令官:空将 片岡晴彦(1976防衛大20)
- 航空開発実験集団司令官:空将 秦啓次郎(1977防衛大21)
- 航空自衛隊幹部学校長兼目黒基地司令:空将 上田完二(1975防衛大19)
- 航空自衛隊補給本部長:空将 山川龍夫(1975防衛大19)
* 自衛隊共通機関
- 自衛隊中央病院副院長兼診療放射線技師養成所長:海将 大塚八左右(1978防衛医大1)
- 自衛隊札幌病院長兼豊平駐屯地司令:陸将 加瀬勝一(1978防衛医大1)

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2010年3月28日 (日)

「ハート・ロッカー」

「ハート・ロッカー」は "Hurt" Locker であって "Heart" Locker ではないのである。

もともとは先週観に行くつもりだったのだが、調子が悪かったので今週にしました。
アカデミー賞をとったせいかけっこう混んでいたのだが、これは明らかに日本人一般向けの映画じゃないよなあ。三十一ですらちょっと当惑したくらいだから、隣に座っていたOLらしき女性のグループは楽しめたのだろうか。他人事ながらちょっと心配だ。前の列に座っていたカップルよりはましか。

ストーリーと言えるほどのストーリーはなくて、主人公がひたすら IED を無力化するという、考えようによっては単調なもの。そういえば「IED」という言葉は字幕には結局1度も出てこなかったな。オリジナルのセリフではしょっちゅう出てきてたけど。
とにかく現地では米軍兵士が IED に対して非常に神経質になっていることがわかる。それが一般住民に接する際の対応の厳しさにつながってしまっているのだが、個々の兵士にとってみれば無理もないだろう。

炎上するタンクローリーをバックに警戒するチームのシーンはちょっとWW2っぽいなあと思ったのだが、映画全体で一番印象に残ったのは最後に近い人間爆弾のくだり。さすがの三十一もちょっと切なくなった。

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2010年3月27日 (土)

天安事件

このタイトルだと中国国内から検索できないかもしれないが、まったく別の事件のことだ。

昨夜のこと、韓国海軍艦艇が黄海で沈没した。現場は韓国と北朝鮮が互いに主権を主張している係争水域だが、いまのところ北朝鮮の関与は確認されていない。船尾から浸水があったとのことだが、爆発があったとの報道もあり、また付近の島の住民のなかには砲撃音を聞いたという者もいたと伝えられている。救助活動は現在も継続中とか。

韓国海軍艦、船尾に穴 軍事境界線付近で沈没状態 (asahi.com)
Report: South Korean navy ship sinks (cnn.com)

報道されている「チョナン」という艦名から、問題の艦艇は Pohang 級コルベットの1艦である「PCC-772 Cheonan 天安」(1989年就役)らしい。ただ報道に混乱があるらしく(というより、報道が三十一を混乱させている)、「1500トンのコルベット」という記述があるが実際に調べてみると基準排水量960トン、満載でも1220トンというところで、1500トンという数字とはやや隔たりがある。むしろ Ulsan 級フリゲートの数字(基準1600トン)に近い。
写真や図面を見ると Pohang 級と Ulsan 級のシルエットは比較的似ている。前後に砲、比較的背の高い艦橋構造物、そして艦橋の前のデッキに小砲。実は三十一はかつて日本を訪問した Ulsan 級フリゲートの実物を見た(そして乗った)ことがあるが、その三十一でもぱっと見では間違えそうだ。Pohang 級の写真は上記 CNN の記事中にあるが、Ulsan 級の写真は Wiki で見つけたので興味のあるかたは比較してみてほしい。

ところで、Ulsan 級と Pohang 級の両方に言えることだが、一見してシルエットが高い。つまり重心が高い。こういう状態を艦船ではトップヘビーと呼ぶのだが、友鶴事件のトラウマをひきずる三十一としては見ていて危なっかしくてしかたがない。今回の事件がトップヘビーに起因するものでなければいいがと思う一方で、北朝鮮との衝突でなくトップヘビーが原因であったらいいのにと思ったりもする。

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2010年3月26日 (金)

玉虫の飛び交う国

先月、総理の発言を揶揄したとして注意処分を受けた連隊長が、この3月23日付で異動になった。

陸上自衛隊研究本部主任研究開発官を命ず
(第44普通科連隊長兼福島駐屯地司令) 1等陸佐 中澤 剛

これは左遷なのだろうか。
第一線の連隊長から研究職へとなるとそう思う人が多いかもしれない。しかし実際にはこの種の異動はそれほど珍しくない。去年1年分の異動をざっとみたところ、連隊長またはそれに類する部隊の長から陸自研本主任研究開発官という組み合わせは片手にあまるくらい見受けられる。
ただ、もともと連隊長に就任したのは去年の3月24日で、ちょうど1年での更迭となる。ところが「1年での交代」も実はそれほど珍しいことではないのである。

これは、どちらにでも解釈できることを狙った人事ではなかろうか。
「左遷」と思いたい人にはそう思わせておく。つまり「第一線の部隊の長からはずして研究職にまわしましたよ」というわけだ。その一方で「いやこれは通常の異動であって他意はありません」という解釈も可能なわけだ。
いかにも日本的な玉虫色の決着であることよ。

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2010年3月24日 (水)

2010年春の3桜

3月29日付の異動が公表された。

予想されたことだが、今年は小幅だ。空将への昇進はなく、陸将と海将はそれぞれ1名が昇進、1名が退職。
とりあえず将の異動だけ挙げておく。

第13旅団長(陸将補)・平野治征(防大21)
>陸自関東補給処長・寺崎芳治(防大20)
>第8師団長・木崎俊造(防大20)
>西部方面総監・用田和仁(防大19)
>退職

海自第3術科学校長(海将補)・小野原正信(防大22)
>海自補給本部長・柴田雅裕(名工大)
>舞鶴地方総監・宮浦弘兒(防大19)
>退職

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2010年3月22日 (月)

「日本の歴史18・開国と幕末変革」


本文が始まって1ページ目の真ん中から少しうしろ、7~8行目あたりに「日本海(朝鮮では東海)」というまったく脈絡のわからない注釈をみつけ、まず多大な危惧を抱いた。なんでここに、日本海の朝鮮での呼び方を注記する必要があるのか意味がわからなかったのだ。

ま、そういう著者だと思って読めばいいだろうと思って気を取り直して読み始める。

結果からすると、最初に考えていたよりも面白かった。こういう、何というか、ちょっと色のついた学者の著作はやたらと懐疑的な記述が目立つ傾向があるのだが、今回についてはそれがよい方向に働いたように思う。
これまでの「領主と庄屋に一方的に搾取され意志の表明もできない小作百姓」「しいたげられた農民が追いつめられてむしろ旗を押し立てて蜂起した一揆」「当時の国際情勢にも外交にも無知で因循姑息な幕府役人」「外国人に生理的な恐怖と拒否を示した一般民衆」「開国と不平等条約により混乱に陥った日本経済」といった定説について、いちいち実証をあげて反論している。

もともと三十一は「るろうに剣心」のころから「維新の志士」などという「勝てば官軍」側の自称にすぎない呼び方に違和感を覚えたくらいで、一方的に維新側に肩入れするような見方はできない天の邪鬼である。そういう意味では天の邪鬼同士で波長が合うのかなあ。
ちょうど今は大河ドラマのせいで坂本龍馬ブームだそうなのだが、結果として坂本が道筋をつけた薩長同盟による武力倒幕という路線が本当に日本にとってベストな選択だったかどうかというのは疑問の余地なしとしない。歴史でイフを語るのは不毛だが、実際の歴史を単に追認するだけなら過去を振り返る意味がない。

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2010年3月20日 (土)

ついに絶滅

トキの話でもクロマグロの話でもない。

将や将補についてはまだだけど、3月末の異動に関する情報が公式ページに掲載され始めている。

3月26日付の異動では、例えば次のような辞令が出ていて

第15旅団副旅団長を命ずる
兼ねて那覇駐屯地司令を命ずる
(第1混成団副団長)   1等陸佐 某

この日付で沖縄の第1混成団が第15旅団に改編されることがわかる。今年度中の改編はかねてから予定されていたし、今年度の予算にも盛りこまれていたから実はそれほど目新しいニュースではないが、実際に形になってみると感慨なしとしない。
あわせて、第1混成群を基幹に第51普通科連隊が新編され、第101後方支援隊が第15後方支援隊に改編される。
いずれにしろ、こうして陸自に残った最後の番号付き混成団が絶滅した。

将官以上の人事は来週の閣議待ちかな。

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2010年3月19日 (金)

新種発見

今朝のこと、京葉線の新習志野と海浜幕張のあいだ、京葉車両センターの横を通ったときに赤い帯をまとったE233系を目撃した。

おおー、新品だー。

考えてみれば赤い色のE233系は初めてじゃないかな。オレンジはあったけどね。今はまだ1編成しか見えなかったけれど、しばらくするとこれと同じ編成がのさばるようになるんだろう。楽しみなような、さびしいような。

個人的にはE331系の量産を期待していて、実際今朝も同じく京葉車両センターで目撃したのだが、結局いまに至るも量産は行なわれず試作の1編成にとどまっている。

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2010年3月18日 (木)

「日本の歴史17・成熟する江戸」


最初の50ページを読むのに多分3か月くらいかかったが、残りの300ページを3日くらいで読み終えたと思う。
まあたまにそういう本があるのである。勢いがつくまで少し時間というか根気が必要な本が。一度勢いに乗ってしまうとするすると読めるのだが。三十一と同じような本の虫にはわかってもらえるだろうか。

はじめのほうに一応「通史」が書かれているのだが、著者自身があとがきで述べているように「とってつけたような異質な感じ」がする。

この本の真髄は、「六万三千の村、一万の町」という言葉がもたらす量的なイメージと、そのひとつひとつの村や町がもつ個性とそれら相互のあいだの関係性を詳細に検討することで見えてくる全体の構造だ。そこに現れたのは従来注目されてきた「政治的権力」「軍事的権力」とは異なる「社会的権力」だ。その社会的権力を生んだのは、江戸の成熟である。

著者がピックアップしたのは三井越後屋(三越)という有力商店、そして願人や芸能民という「身分的周縁」、最後に青物や魚介の市場。これらの構造や変遷を詳細にみると、幕府権力に制肘されながらも力を蓄えていき自立していくしたたかさがあることがわかる。上に政策あれば下に対策あり。こうした活力がつづく19世紀の激変をもたらすひとつの原動力となった。

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2010年3月17日 (水)

隣の電車は新しい

近頃、三十一が通勤している会社の最寄り駅に掲示されているポスターで「2010年夏、新型車両投入!」なるキャッチコピーを見かけるようになった。
E233系が投入されるということで、これでまた去年までのような快適(というほど大げさではないが)な通勤ができるようになるかと密かに期待していた。

ところが、よくよく考えて見るとこの駅には2方向から列車が乗り入れ、片方は10両編成だがもう片方は8両編成なのである。
面倒だな、実名を出してしまおう。三十一は海浜幕張まで武蔵野線~京葉線を使って通勤しているのだが、武蔵野線からの乗り入れ車両は8両、そして京葉線の線内列車は10両。今回の置き換え対象は京葉線用10両編成で、その結果捻出された車両で武蔵野線の8両編成を置き換える予定とのこと。10両編成のE233系電車は武蔵野線には乗り入れられないから、結局のところ三十一が乗る列車は205系か209系になる。新品のE233系を横目で見ながら205系・209系乗車を余儀なくされるわけで、むしろ不愉快だ。

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2010年3月16日 (火)

つぶやくヒマもない

三十一が普段巡回している blog がいくつかあるのだが、ここ数か月の傾向としてどれもこれも更新頻度があからさまに落ちている。

理由は明白で twitter のせいだ。

三十一もいちおう登録しているが、そんなに頻繁につぶやくほどマメじゃないのですよ。この blog でさえ一日一件の更新をめざしながら達成できていないという現状なのに。


などといいつつ、今さらですがみくし登録してみました。ニックネームはおそらく容易に推測できると思うので気が向いたら検索してみてくださいな。まだ中身なにもないけど。

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2010年3月15日 (月)

戦争を知らない大人たち(と、知っているひとりの大人)

国際宇宙ステーション(ISS)を共同で建設運用してきた国々の宇宙機関の長が東京に集まって会合を開き、2020までのISS運用を決め、さらに2028年までのISS運用延長をひきつづき検討することで合意した、というニュースはすでに先週のものだ。

せっかく作ったものだからできるだけ長く大事に使おうというのは至極真っ当な考え方だが、ようやくその真っ当な考えが総意となったということだな。アメリカはとにかくできるだけ早くスペースシャトルをやめたかったらしく、そのあおりを食らってISSも早期運用停止が打ち出されていたが、ヨーロッパや日本、そしてもちろんロシアの力で運用を継続できそうなめどが立ったせいか態度が変わってきた。政権交代もあったけど、その前から少し雰囲気が変わってきていたような気がする。

こちらはJAXAのサイト。
国際宇宙ステーション計画に関する宇宙機関長会議共同声明文 (JAXA)

と、ここまでは実は長い前ふりで、上記サイトを見てまず三十一が感じたのは「CSA(カナダ宇宙庁)の長官は若いなあ、それに比べてJAXAの理事長は・・・以下略」であった。

そこで、余計なお世話だが各国の宇宙機関長の生年月日を調べてみた。出典は言わずとしれた Wikipedia である。

1954/12/14 Steve McLean, President of the CSA (Canadian Space Agency)
1946/08/19 Charles Frank Bolden, Administrator of National Aeronautics and Space Administration (NASA)
1946/08/14 Jean-Jacques Dordain, Director General of the European Space Agency (ESA)
1945/06/16 Anatoly Nikolaevich Perminov, Director of the Russian Federal Space Agency (RFSA)
1939/05/27 Keiji Tachikawa, Administrator of Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)

一番若いカナダと、一番年上の某国を除くと、ほぼ 1945-1946年の生まれに集中している。ついでに指摘しておくと、カナダとアメリカの長官はもと宇宙飛行士、ロシアの長官はロケットエンジニア出身で、ヨーロッパの長官は研究機関の教授でもと宇宙飛行士候補だ。日本の理事長は財界出身である(工学博士の学位は持っているらしい)。

例えば毛利さんとか若田さんが理事長になる可能性はあるんだろうか。

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2010年3月14日 (日)

「しあわせの隠れ場所」

この邦題はないよなあ。

"The Blind Side" という原題から、「見えないところ=隠れた場所」という発想と貧しい少年が幸福になっていくというストーリーから日本の興行関係者がでっちあげたものだろうけど、本編中にまったくそれらしいセリフも描写も出てきていないし。

というわけで、映画観てきました。
原作はだいぶ前に読んだけど、本当に日本で公開されるとは思ってなかった。主演女優のサンドラブロックがこの作品でアカデミー主演女優賞をとったらしいので、それなりに評判にも話題にもなったのだろう。確かに主役のはずのマイケル・オアーよりもリー・アン・トゥーイのほうがよっぽど目立ってたよなあ。

時間を間違えて最初の10分くらいを見逃したんだけど、ローレンステイラーとか出てきたのかな。それはともかく、フットボールを知らない人にはわかりにくい話だよなあ。マイケルが最初に高校でフットボールの練習をするときに、どれだけとんでもないことをしていたかというのはアメリカ人には一目瞭然だろうけど、日本人の多くにはよくわからないと思う。
原作で描写されていたマイケルの生い立ちや、これまでどれだけ「学校」と無縁の生活をしていたかという点がそれほど詳細には説明されていない。これが説明されていないせいで、単なる「いい人に出会えてよかったね」物語になってしまっている嫌いがある。本来はアメリカ社会の問題をえぐり出すはずだったんじゃないのかね。

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2010年3月13日 (土)

ケガの功名

密約云々でマスコミは騒いでいるけれど、それについて三十一はあまり責める気にはなれない。「不都合な事実」について正面から議論することを避けるのは何も政府や官僚にかぎったことではなくこの国の一般的な風潮で、それがたまたま政府官庁でも起きていたというだけのことだ。だからそれでいいというわけではもちろんない。そういう風潮は改めなくてはいけないけれど、一方で都合の悪い議論を避けている政府与党がこの問題について「これまでの自民党は説明を怠ってきた」と鬼の首をとったかのようにかさにかかって攻勢に出ようとしている様子はどうも三十一には合点がいかない。
まあ参議院選挙を控えて得点稼ぎに懸命なのだろうけど。

ただ三十一は、この問題が明るみになったことでひとつ大きなメリットがあったと思う。それは公文書の保存廃棄に関する扱いが厳格化される動きが出てきたことだ。日本ではこれまで公文書のたぐいがわりと簡単に破棄されてきた。そのルールすら決まっていなかったのが実態だ。その結果、後世の歴史家が記録をもとに研究をしようとしても資料が残っていないというケースが多い。それはほんの20~30年であっても起きているのだ。
近頃は情報公開を求める世間の圧力がかえってこうした文書の破棄を促進している側面がある。文書保存ルールが確立していないのをいいことに、都合の悪い文書は今のうちに闇に葬ってしまえという意識が働かないとはいいきれないだろう。

政府は今後、公文書については基本的に30年保存しその後は国立公文書館に移すとしている。例えば30年後あるいは50年後に誰かがこの文書を見るかもしれないと思うと、官僚や政治家もちょっとはその行動が変わってくるかもしれない。
「崔杼弑君」の教訓は現代の日本にこそあらまほしきものだ。

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2010年3月12日 (金)

「北陸」が遠くなる

明日、3月13日にJRグループはダイヤ改正を行なう。

三十一にとって最大のトピックは「北陸」「能登」という、首都圏と北陸地方を結ぶ夜行列車の廃止だ。こうしてまた時刻表の寝台特急ページが寂しくなってくる。
個人的には「あけぼの」が生き残ったのが奇蹟的だとすら思っているのだ。

ただ、JR東日本は現在の寝台特急牽引機であるEF81後継として、EF510-500番台を新製した。これは間違いなく「北斗星」と「カシオペア」用で、場合によっては「あけぼの」にも使われることになるかもしれない。JR東がわざわざ投資してEF510を新製したからには、少なくとも当分の間は使うつもりだろう。
どうせ投資するなら、牽くほうだけではなく、牽かれるほうの客車のほうもリニューアルしてほしい。そうすれば少なくとも10年単位で寝台特急が延命することが期待できる。

実際のところ、JR東の寝台特急が全廃になったら、仮に耐用年数が残っていたとしたらEF510はJR貨物に売却されるだろうから(旅客会社からJR貨物に機関車が売却された例はこれまでも多い)、安心していられないというのが三十一の考えだ。客車は貨物会社には売れないだろうけどね。

余談だが、JTB時刻表の「おもな駅のご案内」に掲載されている駅をながめていて、なんだかんだ言ってここに挙げられた駅のほとんどに少なくとも一度は降りて構内を歩いたことがあることに気づいた。
東京・新宿・上野・大宮・品川・横浜・成田空港・空港第2ビル・名古屋・京都・大阪・新大阪・広島・小倉・博多・新八代・鹿児島中央・秋田・山形・長野・新潟・仙台・盛岡・八戸/札幌。
そしてまだ降りたことがないのが岡山、そしてまだ通ったことすらないのが高松。
次のまとまった休みの行き先はこっちかな。

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2010年3月 9日 (火)

たぶん「磁石」とか呼ばれるんだろうβ

良識の府とでもいうべき某国営放送の中で最もフリーダムな番組と言ってよかったねとすたが「大人の事情で」先月終了し、後継(まんま後継ではないそうだが)の「MAGネット」が4月から始まることになった。

で、その先行版が「β」と称してこの週末流されたのだが。

β版であるところをさしひいても、「ねとすた」に比べて"毒"成分が少ないように感じる。もっと毒を吐いてくれないと面白くないなあ。本放送までの1か月であとどれくらい熟成されるだろうか。まあ期待半分というところ。

個人的に三十一は西又葵はあまり好みではない。どっちかと言えば鈴平ひろのほうがいいなあ。あ、七尾奈留もわりと好き。

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洗剤をもらったわけではないけれど

今月から新聞をとりはじめた。

今住んでいる部屋に引っ越してきてから数年で新聞というものをとらなくなってしまい、それ以来何度か勧誘にあったがその都度「どこに限らず新聞はいりません」と断ってきた。実際、とっていたときですらほとんど読んでいなかったからねえ。オートロックでいちいちマンションの玄関までとりにいくのが面倒だったということもある。

そんな三十一が10年ぶりくらいに取り始めた新聞というのは朝日でも読売でも毎日でも産経でも東京でも日経でも、もちろん東スポでもない。

朝雲

洗剤をくれるわけでもないのに年間購読を申し込んで、おまけに宣伝までする三十一はなんてありがたい読者だろう。
なぜこの時期かというと、そろそろ春の定期異動があるはずなので、それまでに申し込んでおこうと思ったからだ。

ただし、さすがの三十一もこれを持ち歩いて電車の中で読む勇気はない。

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2010年3月 7日 (日)

トカゲのしっぽ切り

結局のところ、普天間問題は社会民主党を政権から切り捨てるための、もっと正確に言うと社民党のほうから政権を抜けると言い出させるための、いわば当て馬でしかなかったということかな。

あくまで県外移設にこだわる社民党をおいて、民主党と国民新党のあいだで例えばキャンプシュワブ陸上案といった県内移設に政府案がまとまったとすると、社民党としては政権にとどまっていられないだろうというのは明らかで、労せずして社民党を下野させることができる。
そう考えてみると、5月末という期限も意味深長だ。5月いっぱい社民党を政権にとどめておけば予算はまず通過しているだろう。そのいっぽうで、7月に予定されている参議院選挙までのあいだをやり過ごし、選挙で社民党抜きで参議院過半数が確保できれば、もはや社民党は用済みとなる。去年の段階でそこまで考えていたのかどうかわからない。どうせ社民党と合意はできないだろうことを見越して、予算が通るまでは連中を政権内にとどめておくために5月まで決定を引き延ばしたとすると(誰が考えたのかしらないが)、大した慧眼と言わざるを得ない。逆に利用されるだけ利用されて使い捨てられた社民党とその党首はいい面の皮である。

国家の安全保障でさえ政権運営の道具にしてしまうという発想が三十一にはなかったので、ことがここに至るまで思いつかなかったですよ。
だがそれにしても、これはあくまで「国内政治事情」でしかない。一方の当事者であるアメリカ政府にとって、たとえ事後であってもそういう事情が明らかになってしまうと、ふりまわされたアメリカ政府の現政権に対する感情はどうなるかねえ。"Trust me" と言われてもそうそう信頼できるものではなくなってしまう。

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2010年3月 5日 (金)

2010年2月の打ち上げ

2月は4件。1月も2件だけだったので、今年はずいぶんペースが遅い。

3日 03:45UT バイコヌール(カザフスタン/ロシア)、ソユーズU(Progress M-04M)

8日 09:14UT ケープカナベラル(アメリカ)、STS-130(Endeavour)

11日 15:23UT ケープカナベラル(アメリカ)、アトラス5(SDO)

12日 00:39UT バイコヌール(カザフスタン/ロシア)、プロトン(Intelsat 16)

これは不況が影響しているのかなあ。今年になって商業衛星で打ち上げられたのはたぶん Intelsat だけ。打ち上げの計画から実施までは年単位の期間がかかるから、不況による投資抑制の影響がいまごろになって見えてきたのかもしれない。だとすると、逆に回復も遅れる可能性がある。商業打ち上げでは後発の日本には厳しい状況だ。

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2010年3月 4日 (木)

「国鉄特急電車物語 直流電車編」


個人的に、「こだま」や「つばめ」に使われて東海道を行き来していたころの写真ではスマートに見えるのに、同じデザインのはずだが最近の急行「能登」などで使われている車両で見るボンネット型特急電車では野暮ったく見えてしまうのは、いったいなぜなんだろう。

思い返してみたのだが、もちろん三十一は151系時代の東海道特急に乗ったこともない(生まれてもいなかった)し、その後の181系と系列名が変わったあとの車両を使った列車にも多分乗っていないはずだ。ものごころついたころには181系電車はすでに上野~新潟間の特急「とき」にしか残っておらず、それも全列車ではなくごく一部であった。上越新幹線開業とともに行き場のなくなった181系は運用から離れる。それまでに三十一には乗車する機会はなかった。ああ、でも上野で実車は目撃しているかもしれない。
気がつけば当時181系の後継として我が世の春を謳歌していた183系もJR東日本では定期特急用としてはすでに過去帳入りし、JR西日本ではまだそれなりの勢力を保っているものの主力は485系交直流電車を直流化改造した800番台だ。この800番台には、先年山陰を旅したときに京都~城崎間の山陰本線や舞鶴線で乗ったが、さてオリジナルはと考えてみるとはなはだ心許なく、かろうじて30年前に松本~辰野間を乗車した特急「あずさ」しか思い出せない。もっともこれは183系ではなく189系だったかもしれないが今となっては確かめようがない。
振り子型電車の381系には、やはり山陰旅行のときに乗車したが米子~松江間という妙な区間。こうやって考えてみると、三十一もまだまだ乗っていない車両が多いなあ。精進せねば。

で、ようやく本題の本の話。
適度にまとまって読みやすい本だとは思うが、151系とその系列の分量が大半をしめていて、その後の車両の説明が少ない。著者の思い入れがそのまま反映されたという感じ。まあそれはそれとして読むにはいいだろう。「直流電車編」とあるからには「交直流・交流電車編」もあるんだろうな。

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2010年3月 3日 (水)

アメリカ海兵隊は普天間撤退の夢を見るか

「辺野古案でなければ海兵隊撤退も」元米国防副次官 (asahi.com)

ま、朝日の見出し付けは信用しないでインタビューそのものを見て各自判断するのが正しかろう。これも「主なやりとり」で抜粋らしいのでどこまで信用できるかわからないが。

普天間めぐる元米国防副次官インタビュー 主なやりとり (asahi.com)

そもそもインタビューの相手はかつて共和党政権下で対日交渉を担当した人物で、どれだけ現在の政権の意向を体しているのかはわからない。しかし、このあたりの感覚はおそらく政権にかかわらず共通だろう。

米国政府は深い失望感を感じている。普天間飛行場の新たな移転先をめぐる議論は、ほぼ全面的に日本の国内政治事情によって支配されているからだ。

オブラートで包んだ物言いをしているが、ストレートに言ってしまえば「家庭内の事情で他人を振り回すな」ということだろう。報道を見るかぎり、日本側は自分の都合ばかりを述べ立てているように見える。「グアムでもいいんじゃないの」なんていう発言はその最たるものだ。
このまま漫然と時がすぎれば、普天間にも残れず他のどこにも行けず、最終的にはグアムなりハワイなり米本土なりに撤退しなくてはいけなくなる。そうしたら某党の某党首は大喜びだろうが、そうなった場合のリスクはあまりに大きい。

忘れてならないのは、失うものは単に軍事的な能力だけではないということだ。日本は、抑止力の基礎となる、同盟の能力と戦略的な連携関係も失うことになるのだ。

どうせ某党の某党首なんかは、某国が万一日本に侵攻してきたら先頭に立って抵抗するなんてことは絶対にないだろう。むしろ先頭に立って相手を招き入れそうだ。そんな某党首の世迷いごとにいつまで日本国民をつきあわせるつもりだろうか。某党首が政権におさまっているという現状だけですでに同盟国の信用を失いつつあるような気がする。

実際のところ、豪州やシンガポール、インド、韓国など地域の各国の方が、今の事態を日本より深刻に受け止めている。驚くべきことだ。

三十一の個人的な感想としては、それほど「驚くべきこと」だとは思えない。日本がそういうことに鈍感なのは別に今に始まったことではないからだ。ただそれは単に意外性がないというだけで、それでいいかというともちろんそういうわけではない。

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2010年3月 2日 (火)

「世界の歴史11 ビザンツとスラヴ」


このシリーズ全30巻の中でもマイナーなテーマに含まれる巻だろう。ということはつまり、三十一好みということだ。実際のところ、読み終わるまでに3日か4日しかかかっていないだろう。

いきなり巻末の話になってしまうが、参考文献でしょっぱなに掲げられている次の本

(そのころは文庫になっておらず講談社現代新書だった)を読んだ記憶があるぞと思っていたら著者同じひとですね。あとがきにもある通り著者は「日本のビザンツ史で5本の指に入る」専門家で、それはつまりそれだけ層が薄いということであるのだが、何年か十何年かを隔てて同じような本を読む羽目になるというのも芸がないなあ。ただし、読み終わるのにかかった時間が示すごとく、楽しく読めたのは間違いない。

この本はタイトルが示す通り、ビザンツとスラヴの2部構成になっているのだが、三十一にとってより新味があったのは後半のスラヴだ。ロシアだけでなく、セルビアやブルガリア、ハンガリーやポーランドやチェコといった東欧諸国をまんべんなくとりあげている。厳密にいうとハンガリーとかルーマニアはスラヴに含まれないけど、地域的には周囲のスラヴ諸国と無関係ではいられないからここでとりあげるのがやはり適当だろう。
東欧地域のヨーロッパ化(というのはつまりキリスト教化)は9世紀から10世紀ころ。西欧のキリスト教受容は4~5世紀頃だからだいぶ遅れているように思えるが、国家の形成という観点から考えるとシャルルマーニュの戴冠やオットー大帝による神聖ローマ帝国の成立と比べてそれほど遅れているわけではない。ポーランドのヤゲロー朝は当時ヨーロッパでもっとも有力な王家のひとつで、ポーランドのみならずリトアニアやハンガリーまでも支配していた時期もある。しかし総じて東欧では貴族の勢力が強く、強力な王権の発達を妨げる傾向が強かった。それが近隣諸国の干渉する余地をつくってしまい、結果として近代にいたって西欧に遅れをとることになったのだろう。

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2010年3月 1日 (月)

前面展望なう

近頃カナダでなにやらイベントがあったらしく、テレビがつまらないので DVD ばかり見ていた今日このごろ。


これまでこの種のビデオを見たことがないわけではないのだが、広い画面で見るとハマるねえ。前3本は普段から馴染みのある路線あるいは比較的最近乗車した路線で、最後はずいぶん前に乗った路線と未乗車の路線と2年ほど前に乗った路線の組み合わせだ。最後のやつはちょうど今見ているところなので途中までの感想なんだけど、それでもけっこう面白い。

とにかく時間をつぶすには最適で、例えば4時間収録されていたとすると環境ビデオふうに流しておいてもいいし、腰を据えてじっくり見てもいい。繰り返して見ても、見るたびに新しい発見があって二度も三度もおいしい。問題があるとすれば、時間つぶしが目的だったはずなのに本来はつぶすはずではなかった時間までもがつぶされてしまうことがしばしば起こるということかな。

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