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2010年3月13日 (土)

ケガの功名

密約云々でマスコミは騒いでいるけれど、それについて三十一はあまり責める気にはなれない。「不都合な事実」について正面から議論することを避けるのは何も政府や官僚にかぎったことではなくこの国の一般的な風潮で、それがたまたま政府官庁でも起きていたというだけのことだ。だからそれでいいというわけではもちろんない。そういう風潮は改めなくてはいけないけれど、一方で都合の悪い議論を避けている政府与党がこの問題について「これまでの自民党は説明を怠ってきた」と鬼の首をとったかのようにかさにかかって攻勢に出ようとしている様子はどうも三十一には合点がいかない。
まあ参議院選挙を控えて得点稼ぎに懸命なのだろうけど。

ただ三十一は、この問題が明るみになったことでひとつ大きなメリットがあったと思う。それは公文書の保存廃棄に関する扱いが厳格化される動きが出てきたことだ。日本ではこれまで公文書のたぐいがわりと簡単に破棄されてきた。そのルールすら決まっていなかったのが実態だ。その結果、後世の歴史家が記録をもとに研究をしようとしても資料が残っていないというケースが多い。それはほんの20~30年であっても起きているのだ。
近頃は情報公開を求める世間の圧力がかえってこうした文書の破棄を促進している側面がある。文書保存ルールが確立していないのをいいことに、都合の悪い文書は今のうちに闇に葬ってしまえという意識が働かないとはいいきれないだろう。

政府は今後、公文書については基本的に30年保存しその後は国立公文書館に移すとしている。例えば30年後あるいは50年後に誰かがこの文書を見るかもしれないと思うと、官僚や政治家もちょっとはその行動が変わってくるかもしれない。
「崔杼弑君」の教訓は現代の日本にこそあらまほしきものだ。

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