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2010年3月 4日 (木)

「国鉄特急電車物語 直流電車編」


個人的に、「こだま」や「つばめ」に使われて東海道を行き来していたころの写真ではスマートに見えるのに、同じデザインのはずだが最近の急行「能登」などで使われている車両で見るボンネット型特急電車では野暮ったく見えてしまうのは、いったいなぜなんだろう。

思い返してみたのだが、もちろん三十一は151系時代の東海道特急に乗ったこともない(生まれてもいなかった)し、その後の181系と系列名が変わったあとの車両を使った列車にも多分乗っていないはずだ。ものごころついたころには181系電車はすでに上野~新潟間の特急「とき」にしか残っておらず、それも全列車ではなくごく一部であった。上越新幹線開業とともに行き場のなくなった181系は運用から離れる。それまでに三十一には乗車する機会はなかった。ああ、でも上野で実車は目撃しているかもしれない。
気がつけば当時181系の後継として我が世の春を謳歌していた183系もJR東日本では定期特急用としてはすでに過去帳入りし、JR西日本ではまだそれなりの勢力を保っているものの主力は485系交直流電車を直流化改造した800番台だ。この800番台には、先年山陰を旅したときに京都~城崎間の山陰本線や舞鶴線で乗ったが、さてオリジナルはと考えてみるとはなはだ心許なく、かろうじて30年前に松本~辰野間を乗車した特急「あずさ」しか思い出せない。もっともこれは183系ではなく189系だったかもしれないが今となっては確かめようがない。
振り子型電車の381系には、やはり山陰旅行のときに乗車したが米子~松江間という妙な区間。こうやって考えてみると、三十一もまだまだ乗っていない車両が多いなあ。精進せねば。

で、ようやく本題の本の話。
適度にまとまって読みやすい本だとは思うが、151系とその系列の分量が大半をしめていて、その後の車両の説明が少ない。著者の思い入れがそのまま反映されたという感じ。まあそれはそれとして読むにはいいだろう。「直流電車編」とあるからには「交直流・交流電車編」もあるんだろうな。

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