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2010年5月 6日 (木)

「人類よ、宇宙人になれ」

というのは、小学校の国語の教科書に掲載されている立花隆の文章だそうな。

三十一はもちろん小学生ではないし、小学生の子供がいるわけではない。それなのになんでこんなことを知ったかというと、某国営放送でこんな番組を放送していたからだ。

人類よ 宇宙人になれ「立花隆 vs 小学生」(NHK)

簡単な紹介しかないのだが、興味のある方はぐぐってみるのがよかろう。

たまたま見ていて思ったのだが、立花隆の意見に対する小学生の「反論」なるものが一見もっともらしいものでありながらほとんどは簡単に論破できるようなたぐいのものばかりで、いかにも小学生らしい考えの浅さがかいま見えた。そして立花隆の再反論もほぼ予想通り。例えば

  • 宇宙開発よりも地球環境問題を先にするべきだ。→粗雑な択一問題、あるいは優先順位問題に単純化されてしまっている。方法論は複数あってもいいし、保険を考えるなら複数あるべき。
  • 宇宙で暮らすのは難しい。→どれだけ現状の技術水準を理解しているかそもそも疑わしいが、仮に困難だとしても研究を始めなければいつまで経ってもたどりつけない。また短期的には困難だとしても長期的には可能になることは充分考えられる。いま研究をしない理由にはならない。
  • 人類は地球を見捨てるべきではない。→ただの感情論で理由になっていない。またこれも「全人類が地球から出ていくか残るか」という択一論に陥っている。一部が地球に残り一部が出ていくというのが現実的な解になろう。

なかには「人類がいなくなったら地球がさびしがる」などという噴飯ものの意見もあったが、不必要な擬人化はことの本質を見誤らせる。腐女子じゃあるまいし擬人化はほどほどにしておくのがいい。

番組解説では「立花隆と小学生の真剣議論」などとうたっているが、三十一がみているかぎり立花隆が小学生をあしらっているようにしか見えない。端で見ているとちょっと大人げないくらいだ。しかしときにはこうした大人げなさも必要だろう。象徴的なのは、立花隆にちょっと反論されると小学生の側の意見がころっと変わってしまうことで、そこまで考えがいたっていなかったことがバレバレである。
ま、こういう経験をして自分の考えの浅さを自覚するというのも大事なことだ。

「小学生らしい浅はかさ」と言ったが、こういう連中はいい年した大人にも多いよね。小学生から成長してないのかな。

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