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2010年7月 7日 (水)

「日本の歴史20 維新の構想と展開」


前の巻は読むのに数か月かかったが、この巻は多分3日くらい。何が違うんだろうなあ。

五箇条の御誓文から明治憲法の発布までがこの巻での対象となる。つまり、維新にあたっての新国家建設の基本方針表明に筆を起こし、具体的な国家像を規定した憲法発布で擱筆したことになる。タイトルの通りの内容だった、と言うよりは内容を正しく示すタイトルがつけられたのだろう。

基本的には通史だが、その中でもふたりの対照的な人物を中心的にとりあげている。
ひとりは佐倉藩の江戸留守居役であった依田学海。はじめは藩の重役として藩政改革に奔走し、のちには藩を代表して中央の公議所に公議人として出仕した。五箇条の御誓文にある「広く会議を興し万機公論に決すべし」を体現する機構である。しかしやがてこうした会議は骨抜きにされて有司専制が前面に押し出されてくる。
そしてもうひとりは薩摩藩出身の内務官僚、三島通庸である。三島は各地の県令(県知事)を官選知事として歴任(当時の知事は中央から派遣される官僚で、公選ではない)し、県会の意向を無視するかたちで道路建設などを推し進めた。民衆の意見を考慮することなく、しかし自らの構想する事業は結局民衆(と国家)を利するという強烈な自負のもとに施策を断行するその姿勢はまさに「有司専制」である。

それでも全体的には、江戸時代に比べると民衆の理解を得る必要性をより強く認識していたようである。社会構造を根本から変革することをめざした維新期においては、実際の変革の対象であり担い手である民衆の理解が不可欠だからだ。当時在京していた外国人が「民衆は憲法について何も知らない」と記したのは有名な話だ。たしかに実際の憲法の概要が公表されたのは直前であり、内容は発布まで公表されていなかった。だが憲法の大枠はこれまでの政策の集大成であり、ある程度予測の範囲内であった。こうして完成した明治国家は、これから現実の洗礼をうけることになるがそれは次巻以降のお話。

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