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2010年10月 5日 (火)

「軍艦『関東』越前海岸遭難記」


まず、関東は軍艦じゃなくて特務艦なんだけどなあと思ったけど、文中にわかってて書いているような記述があったので文句が言えない。海老原さんが「差し支えないでしょう」と言ってるようなら三十一ごときには到底太刀打ちできません。海老原さんというのは海軍艦艇の権威、もと防衛庁戦史室の故・海老原惇氏のことである。

日本海軍では意外に艦船の事故が多い。平時の事故で最も犠牲が多かったのは、おそらく大正11年にカムチャツカ方面の警備中に座礁遭難した新高であろう。そのほか、大正5年の津軽海峡での笠置の喪失、明治45年の千島近海での浪速の喪失、明治41年遠航帰りの松島の馬公港内での爆沈、大正6年の志摩半島沖での音羽の喪失、大正8年の種子島沖での特務艦志自岐の座礁、などなど。
これら一連の事故の最後を飾った(?)のが、大正13年の越前海岸への工作艦関東の座礁だ。呉から関門海峡経由、舞鶴へ向かっていた関東は、冬の嵐の中で艦位を失って越前海岸に座礁した。12月の越前海岸では暴風が吹き荒れて脱出もままならず、結果として運用長機関長以下97名が殉職した。

この本では遭難までの顛末、遭難から救助までの経緯、そして後日談をまとめている。やや情緒過多の感はあるが貴重な記録だ。

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