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2010年10月 7日 (木)

「満州事変と政党政治」


満州事変は、いわゆる十五年戦争の発端になった事件であり、関東軍の幕僚が計画して実行した満鉄線路爆破(柳条湖事件)をきっかけに始まったことはよく知られている。

この事件では、出先の関東軍と陸軍中央の課長級以下の少壮幕僚が事件の拡大(最終的には全満州の占領と独立国家建設)をはかったのに対し、若槻首相率いる民政党内閣は不拡大方針をとり陸軍中央の首脳陣はそれに従った。著者は、前者のグループの代表に当時陸軍省軍務局軍事課長であった永田鉄山大佐を挙げ、後者のグループを浜口雄幸とその後継者である若槻礼次郎に代表させている。

浜口は、第一次世界大戦の反省から将来の戦争は総力戦になりその損害も大きく、戦争の結果得られる利益にとても見合わないと見ていた。戦争は日本の破滅をまねき、なんとしても防止しなければならない。そのためには国際連盟などの国際機関と多国間条約により国際協調と国家間関係の安定が必須と判断していた。その結果、中国に対しては蒋介石政権による満州も含めた強力で安定した政権の確立を望み、その政権と安定した関係を築くことを外交の主軸としていた。いわゆる「幣原外交」である。

いっぽうの永田は、同じく第一次大戦の結果から出発し、将来の戦争は総力戦となることが必至とみるところまでは浜口と同じながら、であるから日本は総力戦体制を確立しなければいけないと考えた。永田は浜口が依拠した国際機関や多国間条約による安全保障体制を信頼しなかったのである。永田は人材や物資などの資源をすべて戦争目的のために動員する「総動員」を構想した。そして日本国内だけでは不足する資源を確保するためには満蒙・華北・華中を日本の影響下におくことを望んだ。そのなかでまず着手したのが日本が特に大きな権益をもつ満蒙である。

第一次大戦後、永田と同期の陸士16期生を中心に陸軍の改革と長州閥打破を目的とした二葉会が結成された。陸軍軍閥史を語る際には必ず触れられるエピソードだ。この二葉会にならってやや若手中心の木曜会が成立し、さらに二葉会と合流して一夕会が結成されたのは昭和はじめの頃だ。試みに一夕会の主要メンバーを挙げてみると、河本大作、山岡重厚(以上陸士15期)、永田鉄山、磯谷廉介、板垣征四郎、土肥原賢二、岡村寧次、小畑敏四郎(以上16期)、飯田貞固、工藤義雄、東條英機、渡久雄(以上17期)、岡部直三郎、山下奉文、山脇正隆(以上19期)、七田一郎、草場辰巳、橋本群(以上20期)、石原莞爾、横山勇(以上21期)、北野憲造、鈴木貞一、鈴木率道、牟田口廉也、村上啓作(以上22期)、岡田資、清水規矩、根本博、坂西一良(以上23期)、鈴木宗作、澄田ライ四郎、土橋勇逸、沼田多稼蔵(以上24期)、下山琢磨、田中新一、富永恭次、武藤章(以上25期)、など。よく知られた名前がずらりと並んでいる。この中のリーダー格は永田鉄山で、東條英機がその分身として活動した。

一夕会の目的は既述のとおり陸軍改革と長州閥の打倒だが、それに加えて永田の持論である総力戦体制確立のための満蒙分離をも目指した。そして会員が陸軍各部の要職を得られるように猛烈に運動を開始した。そのひとつの成果が岡村寧次の陸軍省人事局補任課長就任である。補任課は陸軍の大佐以下の人事に責任をもつ。その補任課を握った一夕会は、陸軍省や参謀本部の実務の責任者である課長級に次々に会員を送り込む。永田鉄山は陸軍政策立案の責任者である陸軍省軍務局軍事課長に、東條英機は参謀本部編制動員課長に、といった具合だ。

いっぽうの陸軍上層部は、長州閥のながれを組む宇垣閥が陸軍大臣や参謀総長といった要職を握っていた。宇垣は政党内閣との協調を重視しており、満州事変当時の南陸軍大臣や金谷参謀総長は内閣に協調的だった。上層部と幕僚の間で政府に対する姿勢がかみ合っていなかったことになる。

若槻は、南や金谷を通じて事件の不拡大をはかった。ときには譲歩しときには強硬に主張し、南や金谷の立場をおもんぱかりながらも北満や錦州への関東軍の出兵を阻止した。この不拡大方針が最終的に瓦解したのは、若槻内閣内部の閣内不一致による総辞職だった。総辞職の原因は、安達内務大臣の閣議出席拒否と単独辞職拒否である。安達内相がなぜこのような挙に出たかはわかっていない。しかし著者は一夕会による裏面工作の可能性を考えている。

内閣の更迭により陸軍大臣と参謀総長が交代した。陸軍大臣の荒木貞夫、参謀次長の真崎甚三郎(参謀総長は皇族の閑院宮)はいずれも一夕会がかねてから推していた人物である。荒木・真崎の陸軍首脳は関東軍の北満進出や錦州占領を容認し、朝鮮や内地から増援を派遣した。こうして関東軍は全満州を占領し、満州国建国への道が開かれた。そして翌年5月、5・15事件により犬養首相は暗殺され戦前の政党内閣時代は終わりを告げる。

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火の帝国 明 を倒すのは水の帝国でなければなりません。ですからマンシュウにはサンズイをつけましょう。

投稿: もも | 2010年10月11日 (月) 23時44分

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