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2011年5月 4日 (水)

ランカスターとケンブリッジ

このブログを昔から読んでいる人は三十一が華族という過去の制度に多少興味があることに気付いていることと思う。

華族というのは要するに戦前日本の貴族制度なのだが、貴族制度の本家であるところの、というか現代でもほぼ唯一貴族制度が生きている国であるイギリスで最近イベントがあったのは日本でも大きく報じられていたので今さら説明する必要もないだろう。ただ、新婚夫婦が宮殿のバルコニーに姿を現したときに上空をフライパスしていたのはどうもランカスタースピットファイアのように見えた。

日本ではあまり報じられていないが、この結婚によってあらたにケンブリッジ公領が創設されて新郎が公 (Duke of Cambridge) の、新婦が公妃 (Duchess of Cambridge) の称号を得た。公領の創設は 1986年に王家の次男で新ケンブリッジ公の叔父になるアンドルー王子がヨーク公になったとき以来である。王家の三男で末っ子のエドワード王子は現在ウェセックス伯位しか保持しておらず、兄が公位であるのに比べて格下だが、これは父のエジンバラ公位を将来継承する予定だからと言われている。

さて日本の華族制度はイギリスの貴族制度に範をとったと思われているかもしれないが、実はほとんど似ているところがない。本来、どこの世界でも貴族制度は土地所有と強く結びついており、大土地所有の事実がまず先にあって、その実力を背景にして政治的経済的社会的な影響力を行使したのが貴族だという一面がある。日本においても奈良時代の豪族や平安の貴族は大土地所有者だった。しかし平安末期から既存の上級貴族は不在地主化し、地方の実権は在庁官人やのちの武士層に移った。近世末期には上級貴族は土地から切り離されて宮廷貴族化し、土地所有層は諸侯という別の階級になった。明治以降、土地を持たない宮廷貴族と土地を支配していた諸侯はいずれも華族にまとめられたが土地からは切り離されてしまう。個人の財産として土地を所有することはあっても、所領としての土地保有はなくなった。

しかしイギリスでは名目上であっても「貴族とは所領をもつもの」という概念が生きている。実態がなくなっても名目を残すのがイギリス流というものだ。だから、日本では華族の爵位は「イエ」に与えられるものだが、イギリスでは貴族の爵位は領地についてくる。たとえばある人物を公爵とする際には、日本ではそのイエの当主に爵記が授けられるのに対し、イギリスでは「公領創設」の特許状が公布される。今回のケンブリッジ公位の創設も正確には "Creation of Dukedom of Cambridge" (ケンブリッジ公領の創設)と表現されるのだ。特許状には(名目上の)領地と、領地名、そして相続条件が記載されている。ほとんどの場合、相続条件は最初の叙爵者の男系の嫡出子孫とされているが例外もある。ファイフ公家は 1889年にいったん創設されたが、男系の子孫がなくそのままでは断絶が確実だったため、1900年改めて女系の相続を認めた特許状が出された。1889年の特許状を改めたわけではなく追加で出たのである。1889年に創設されたファイフ公家は1912年に断絶したが、1900年に創設されたファイフ公家が現在にいたっても存続しているということになる。
なお、日本では実子がない場合は養子をとってイエを相続させれば爵位も相続できるが、イギリスでは血縁が相続条件であるからまったく血縁のない人物が養子になって爵位を得ることはできない。婿養子であっても普通はダメである。ただし資産の相続は当然女系でも可能であるので、爵位は遠い親戚に移ってしまったが資産そのものは女系の子孫に相続されるというケースはけっこう多い。

もうひとつ、日本とイギリスの大きな違いとして、日本では爵位はイエに与えられるものであるから、伯爵から公爵に昇格したとするとこれまでの爵位(伯爵)が言うなればとりあげられて代わりに公爵が与えられる。しかしイギリスでは爵位は土地につくものである。これまで伯爵であった(ということはつまり伯爵領を所有していたということだ)、それに追加で公爵位が与えられる(=公爵領が与えられる)ということになる。だからイギリスの特に高位の貴族では複数の爵位をもっていることがある。例を挙げると、現在のクイーンズバリ公 (Duke of Queensberry) は、加えてバクルー公 (Duke of Buccleuch)、ダンフリースシャー侯 (Marquess of Dumfriesshire)、ドンカスター伯 (Earl of Doncaster)、ダルキース伯 (Earl of Dalkeith)、エスクデイル男爵 (Baron Eskdaill) の爵位を保有している。ただし通常は最高位の爵位だけを名乗っている。

現代の日本では貴族制度は憲法で禁止されているが、戦前の日本であっても華族に大した特権があったわけではない。経済的に華族特有の権利はほとんどなく、ただ「華族の体面を保つ」という義務だけが課せられた。政治的には貴族院の選挙権被選挙権があったが、その代わりに衆議院の選挙権被選挙権はなかった。イギリスでも近年では貴族の特権が奪われつつある。いまや世襲貴族には上院の議席は与えられず、ときの政府が任命する一代貴族が上院議員の大半を占めている。所領や資産も相続税のために手放すケースが多い。階級格差は確実に縮まりつつある。

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