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2011年11月11日 (金)

「第一次世界大戦(下)」


上巻の感想を投稿したのはなんと6月。読み終えるまでに半年近くかかったわけではなく、実はとっくの昔に読み終えていたのだが、今さらになって感想を書こうと思ったのは今日の日付による。

一月一日は元旦、三月三日は桃の節句、五月五日は端午の節句、七月七日は七夕、九月九日は重陽の節句、さてでは十一月十一日は?

答えは第一次世界大戦の休戦記念日。

戦間期のドイツでは、ドイツが降伏したのはけして戦闘で敗れたのではなく「背後から刺された」、つまり共産主義者の策動により戦争を継続できなかったせいだ、という「神話」がまかり通っていた。この神話を流布したひとりがヒトラーで、その風説を利用して権力の座にのし上がったのだ。

しかし実際には、ドイツが降伏に追い込まれた1918年秋、これまで4年間にわたってドイツ人とフランス人とイギリス人と、そして新たにアメリカ人の血を飲み込み続けていた西部戦線はすでに突破されていた。
実はこの時期、どんなに堅固な塹壕陣地であっても突破は必ずしも不可能事ではなくなってきていた。ただ、ひとたび戦線にあけた穴を維持し拡大するには、その穴を塞ごうとする敵の膨大な予備部隊に先んじる速度と、つねに穴をあけつづけるだけの攻撃力を維持する必要があったのだ。1917年まではその能力はどの国の軍隊にもなかった。しかし1918年には事情が変わっていた。連合軍はその夏季攻勢で戦車を大量に投入し、突破口の拡大をはかった。ドイツ軍は予備部隊をつぎ込んでどうにかこの攻勢を防いだ。しかし、予備兵力を使い果たしたドイツ軍には、つづく秋期攻勢を支えるだけの力が残っていなかった。随所で戦線を突破されたドイツ軍は休戦までにフランス国内の占領地をほとんど失うことになる。

予備兵力のない軍隊に勝利はない。それは三十一の確信であり、軍事上の常識でもある。行き着くところまでリストラを進めた企業は「予備兵力のない軍隊」と何が違うだろうか。

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