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2011年12月29日 (木)

「十字軍物語3」


この本を読んでいる途中で「これはどうしても触れておかねばなるまい」と思ったのは、実は本筋とはあまり関係ない個所であった。
イギリスの獅子心王リチャードの弟になるジョン王は、在位17年の間に大陸の領土をほとんど失ったために「失地王」と呼ばれるようになった、と記述されているがこれは正確ではない。
日本では一般に「失地王」と訳されているが現地では John the Lackland と呼ばれる。"lack" という動詞には、はじめは所有していた何かをあとで失ったというよりは、本来あるべきものが欠けているという語感が強い。イギリス王ヘンリー2世には、夭折を除けば4人の息子があったが、ジョンはその末っ子だった。長兄ヘンリー、次兄リチャード、三兄ジョフリーにはそれぞれ領地が与えられたが、末っ子のジョンが生まれたときに父王ヘンリーが「もう与える領地がない」と言ったことから「土地無し lackland」と呼ばれたというのが本来の謂われである。
しかし日本では "lackland" を「失地王」と訳したのと、在位中に領土をことごとく失ったという事績を結びつけて、ここで引用されているような俗説が流布してしまった。これは実は英国史をある程度知っている人間なら常識なのだが、いったん世間に流布してしまった俗説はおもいのほか強固である。だが、著者は俗説を鵜呑みにした同じ巻の中で「原史料の全文に虚心に向かい合う」ことの意義を得々と説いている。三十一がこれを読んでやや鼻白む気持ちになったとしても無理はないだろう。

さて「十字軍物語」はこれで完結ということだが、200年にわたって繰り広げられた十字軍とはいったいなんだったろう。西欧の側からすれば、十字軍を主導した法王のもくろみに反して教皇権の相対的な弱体化をもたらした。軍事力をもたない法王が異教徒との妥協の余地のない闘争を推進する以上、現実に軍事力をもつ世俗諸侯を頼らざるを得ない。またイスラム側では、ムハンマドの創始以来400年あまりを経て拡大の末分裂の様相を呈しつつあったイスラム世界に、再編のきっかけとなる刺激を与えたということが言えるだろう。サラディンによるアユーブ朝の成立から、奴隷上がりの軍人によるマムルーク朝の成立や、やや時代がくだるがオスマントルコの勃興もこの文脈で語ることができる。

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