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2012年2月29日 (水)

「清盛以前」


某大河ドラマに合わせて再刊されたものだと思うが、そんなこととは関係なく面白そうだったので買った本。

平氏が武士としてまず勇名を馳せたのは、平将門の乱平定に大功があった平貞盛と言えよう。しかしそれからほぼ一世紀あまり、ほぼ3世代の間はそれほど目立つ存在ではなかった。家格としては受領を歴任する合間に都で官につきながら摂関家の爪牙として働くという立場だったろう。その一方で、のちに「伊勢平氏」と呼ばれることになることでわかるように伊勢の在地に勢力を扶植したことだろうが、この間の事情はよくわかっていない。ただし、同族の間で勢力争いを繰り広げた結果、もとは同格であった平氏一門が貞盛流の被官として組織されていったという結果が見えている。
こうした平氏が再び表舞台に現れるのは平正盛の時代、時の最高権力者である白河院の恩顧を得て当時乱妨をきわめていた源義親の追討に起用され、これに成功したときを画期とする。これから次の忠盛にいたるまで、平氏主流は白河院・鳥羽院と続く上皇に密着して上昇してきた。清盛の父忠盛は、武士としては前代未聞の公卿(三位)まであと一歩というところにまで上り詰めていたのだ。
忠盛が世を去ってから「武者の世」の幕開けとなる保元の乱までわずかに3年。「清盛以前」に築き上げられてきた土台の上に乗って、働き盛りの平清盛は一気に飛躍を遂げる。

なお、昔から根強い「清盛落胤説」について著者は、もちろん明証はないものの状況から「ほぼ確実」と判断している。

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