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2012年4月15日 (日)

北の打ち上げ花火

昨日の朝、会社にでかける直前にニュースが飛び込んできた"北の国"の打ち上げ。

米軍が発射を確認したが日本では確認できていないということなので、米軍のDSP(早期警戒衛星)では発射時の赤外線を探知したが、日本がカバーしているレーダーの覆域にまでは飛んできていないということが判断できる。続報を聞きたかったが、会社に遅れそうなので(実はすでに遅刻なのだが)後ろ髪を引かれる思いで家を出た。

結局、打ち上げは行われたものの失敗に終わったということで、"北の国"当局は珍しくも自ら失敗を認めた。これまでの3回の打ち上げのうち、失敗したのは今回が初めて(ということに彼の国の中ではなっている)なので、そろそろ「失敗した」と言ってもかえってリアリティが増すと判断したのかもしれない。

落下地点は韓国西方の黄海上ということで、もともと一段目が落下すると予定されていた海域とほぼ同じだったということなので、一段目にかぎっていえばほぼ所期の性能を発揮したと考えられる。考えられる原因としては、まず二段目の分離に失敗したというのが考えられる。そのまま二段目に点火した場合はもちろん機体の破壊に直結するし、しなかった場合でもそのまま落下すれば空力破壊による分解は免れない。分離には成功したが二段目の点火ができなかったというシナリオもあり得る。この場合ももちろんそのまま落下、分解となるだろう。さらには、誘導になんらかの問題が生じて破壊指令が送信されたというケースもあるだろう。要するに、人工衛星を打ち上げるためには何がうまくいかなくてもリカバリーが難しい、それだけぎりぎりの設計を強いられていると言えるだろう。

さて今回の騒動で三十一が気になったのは、「人工衛星の打ち上げと称するミサイルの実験」という言い方だ。「実質的にミサイル実験」という観測に異を唱えるものではないが、「人工衛星かミサイルか」の二者択一を当然の前提とするような話しぶりがどうにも三十一をいらだたせる。三十一に言わせれば「どっちも」目的であって「どっちか」という設問自体に意味がない。もちろんどちらかに重点はあるのだろうが、どちらにどれだけの比重があるかは当局者に聞いてみないとわからない。そもそも、当局者であっても人によって比重が違う可能性もあるしな。

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