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2012年5月24日 (木)

太陽を追う

半年以上前から準備していた金環日食だが、天気には勝てない。

三十一の部屋のベランダからは、部分日食が始まったころにはかなりよく見えていたのだが、金環の少し前から雲に隠れがちになり、第二接触のタイミングでは太陽は雲の向こう。
ND100000 フィルターを装着したカメラのファインダーは太陽を見失なった。400mm望遠(実質は600mm相当くらいか)の画角からは5分くらいで太陽は外れてしまう。ときどき雲の切れ目から顔を出す太陽だが、そのわずかな時間でファインダーにおさめるのは至難の業だった。

その中で、奇跡的に撮れたのがこの写真だ。実際には中心をかなりはずしているのだが、トリミングしてある。
Img_1556_t

ひょっとしたらフィルターのついてないコンデジのほうが上手く撮れるのではないかと何枚か試してみたけれど、その中ではこれが一番きれいにうつったものだろう。
P5210004

正直ちょっと消化不良気味だ。太陽を自動追尾できる赤道儀があればよかったのかな。デジイチがもう一台あれば片方はフィルター付き、もう片方はフィルターなしで待ちかまえることができたのかな。そもそも、雲の少ない北関東まで足を伸ばせばよかったのかな。
希望を言い始めるときりがない。でも今の勢いだと願望のおもむくままに手を出してしまいそうだ。次の国内での金環日食は18年後の2030年6月1日、北海道だそうで、幸いにもまだまだ先のことであり、すぐにあれこれ買い集めても意味がないので、時間稼ぎになるだろう。そのころ生きてるかな、オレ。

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2012年5月20日 (日)

リハーサル

今日は少し天気が悪かったけど、昨日の朝はよく晴れていた。

そこで、自宅のベランダで朝の6時過ぎから9時までの間ちゃんと太陽が見えるかどうかを確認した。明日の同じ時間帯にあるはずの金環日食のリハーサルである。
ベランダに三脚を据えてカメラを載せ、太陽にレンズを向ける。太陽を直視しないで正しい方角にレンズを向けるのは意外に難しい。練習しておいてよかった。

P5190006

カメラボディ --- Canon EOS60D
レンズ --- SIGMA DG 120-400mm F4.5-5.6 APO HSM
フィルター --- MARUMI DHG ND-100000 77mm
レリーズ --- Canon RS-60E3
三脚 --- SLIK Carbon 823FL
微動雲台 --- VIXEN 微動雲台

カメラ部の拡大。

P5190013

さてこの機材を使って撮影できたのがこの写真だ。

Img_1457

これはオリジナルを 10分の1くらいに縮小したものだけれど、よーく見てみるとまだまだピントが甘い。もう何段か絞ったほうがよかったかもなあ。
それでも黒点が写っているのがわかるだろう。

明日はやや雲が多いらしいので、露出も少し変わるだろう。

昨日の朝,、3時間ほど太陽に向けていたカメラを回収したとき、フィルターがかなり熱くなっていた。うっかり触ったら火傷するんじゃないかと思ったくらいだ。ND フィルターは光を遮って減光する。遮られた光は単に反射されるわけではあるまい。かなりの部分はフィルターそのものが吸収するのだろう。明日の本番ではレンズ先端を太陽光から守るための何か覆いを用意しておいたほうがよさそうだ。

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2012年5月17日 (木)

失敗したくてもできません

検索キーワードにひっかかって気付いたんだが、次期海上幕僚長候補であったはずの加藤元海将の退職について、某週刊誌に記事が載っていたらしい。
不倫がどうのこうのと書いてあったらしいが、本人も本省も認めるわけがないだろうから確認のしようもない。いずれにせよもう退職してしまったわけで、いまさら理由を詮索しても詮無いことである。

むしろ気になったのは該当記事の最後の一文。
加藤元海将の退職時の補職は佐世保地方総監、替わって着任した吉田海将は早々に北朝鮮ミサイル事案に担当部隊として対処することになったわけだが、それについて「ミサイル探知に失敗した海上自衛隊云々」と表現していた。

「失敗」ねえ。

本来であればできること、少なくともできる可能性があることができなかったのなら「失敗」という表現もあり得るかもしれないけど、もともと海自のイージス艦にはブーストフェーズでミサイル発射を探知する能力はないし、期待されてもいない。それは静止衛星軌道上に配置された米軍の DSP (早期警戒衛星)の役割だ。ミサイル/ロケット発射の際の熱(赤外線)を赤道上空 3万6000キロから監視しているもので、発射の第一報はこの衛星から入ったに違いない。しかし、飛行経路で待ち受けていたイージス艦のところまで飛んでこなかった。飛んでこなかったものは探知しようがない。それを「失敗」と責めるのは理不尽だよね。

三十一は前の記事で、「一段目の燃焼はほぼ所期性能を発揮しただろう」と書いたが、いろんな記事を読むと一段目からすでに問題があったとする論調がみうけられる。しかし、今月の「軍事研究」に掲載されていた野木恵一氏の記事では、三十一とほぼ同じ見解を示していてちょっと心強くなった。何人の有象無象が三十一と意見を異にしていたとしても、ひとり野木氏と意見が同じであれば充分だ。もっとも、野木氏の記事は発射直後のまだデータの出そろっていない段階で書かれたものらしいので、その後新しいデータが出てきて判断が変わるかもしれないけれど。




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2012年5月14日 (月)

オレンジ色中、青一本

今年の GW は調子が悪かったり天気が悪かったり連休の真ん中に仕事で呼び出されたりしたので、結局どこにも出かけることがなかった。考えてみれば自分で企画した泊まりがけの鉄道旅行は2009年以来していない。さすがに今年はどこかに出かけたいと考えているので、ちょっと天気がよかったこともあってリハビリを兼ねて日帰りででかけることにした。

日帰りできて、これまで乗ったことがなくて、それなりに面白い路線というのはもちろんいくつもあるけれど、少し前から行ってみたいと思っていたのは御殿場線である。かつて御殿場線には東京駅からの直通電車があったけれど、今では全線がJR東海エリアに入っていて運転系統が分離され、東京で御殿場線関係の列車を見ることができるのは小田急新宿だけになっている。テツの間では常識だが御殿場線はかつての東海道本線で、丹那トンネルが開通して現在の熱海ルートが開業するまでは日本を代表する幹線の一部だった。ということは逆に言えば、御殿場線の起終点間にはもっと便利で早い別ルートがあるということになり、あえて乗ろうと思わなければ乗らずに済んでしまうということでもあるのだ。総火演のチケットが奇跡的に当たって電車で行かざるを得なくなったりしたら乗るだろうけど。

話を本題に戻して、東京駅に着いたのは 11時ちょっと前。御殿場線を踏破するのに、まず考えたのは国府津側と沼津側のどちらから乗り始めようかということだ。結論から言うと沼津側から乗ることにしたのだが、理由は特にない。強いて言えば沼津のほうが新幹線をつかってアプローチが楽だろうと思ったくらいだ。
みどりの窓口で備え付けの時刻表を確認してみると、一番近いひかりがちょうど三島に止まるようなので、これ幸いと切符を買って乗り込む。車両はいまでは珍しくもない 700系である。東京では 700系か N700 系しか見ることがないので、趣味的にはつまらない。さすがに新幹線は便利なもので、30分あまりで三島に到着、4分の接続で在来線に乗り換えて沼津に向かったのだが、これは本当に接続してるのかなあ。在来線ホームが思いのほか遠くて危うく乗り遅れるところだった。このあたりは東海エリアなので普通列車の定番 313系である。昼前に沼津に到着していったん降りる。
いつものごとく駅の外観をカメラにおさめて、さて富士山はと見わたしてみると、東京は晴れていたのに富士山は雲に隠れて裾野だけがかろうじて見えており、カメラを向ける気にもならなかった。ちょっと楽しみにしていたのに残念。沼津から御殿場に向かう列車は 313系 2連のワンマン列車。運転席のすぐうしろを確保できたので当然かぶりつく。沼津駅を東に向けて発車した列車はやがて左にそれて東海道本線とわかれる。かつて本線時代は三島駅だった下土狩駅を出たあたりから勾配が大きくなり、20パーミルを越える急勾配が連続する。裾野駅は25パーミルの勾配の途中にレベル(水平)区間を作って駅を置いている。駅を出るとまた25パーミル勾配が始まるのだ。ただし、比較的最近設置された駅(「長泉なめり」など)は勾配の途中にホームが設置されている。線路はひたすら高度を上げてやがて 30分あまりで御殿場に到着。
御殿場では、隣のホームに小田急 MSE の青い車体が停車している。時刻表で予想されていたので驚くことはなかったが、カメラを抱えて早速移動。ああ、新宿方の先頭車は切妻なのね。流線型の先頭形状の印象が強いけど、それは下り方だけなんだ。JR東海のコーポレートカラーはオレンジで、駅名標のラインカラーやこれまで乗ってきた 313系の車体のラインなど、オレンジが幅を利かしている中に鮮やかな青一色の編成がまじると映えるなあ。

Img_1364

「あさぎり4号」が新宿に向けて走り去ったあと、昼食にしようと駅を出た。たぶんもともとの市街地は駅の西側で、東口は新しい出口なんだろうな。ちかごろ話題のアウトレットは東側からバスが出てるらしいが。もちろんそんなものに用はないので西口に出て食事できるところを探したんだが、なんにもないぞ。地方のちょっと名の知れた駅前も最近はけっこうこんな感じの駅が多いんだよね。もっぱら鉄道で移動している三十一には厳しい時代だ。
マクドナルドくらいはあるだろうと思っていたのだが、それもなく、その代わりにあったのはなぜかサブウェイだった。日本じゃ入ったことないぞ。適当に頼んで適当に食べて適当に出る。見るものがあれば 1時間くらい潰してから国府津に向かおうと思っていたのだが、とても時間が潰せそうもないので、次の電車に乗ってしまうことにする。やって来た列車はこれも 313系だが、3連になっていてワンマンではなく車掌が乗っている。それにともなって、運転席後方の構造が異なりワンマン仕様では運転席と客席をつなぐスライド窓がなくなっていて、通常のガラスはめごろし窓になっていた。駅を出るとすぐ線路脇に D52 が保存されているのが見えて「しまった」と思ったが後の祭り。
御殿場を出ると今度は下りにかかる。車窓からは酒匂川とおぼしき渓谷が見下ろせる。どのあたりで県境を越えたのかわからないが、神奈川に入った山北で 10分停車。下り「あさぎり」と行き違ってから発車。松田で小田急に乗り換えると思われる乗客がごっそり下車して車内はだいぶ空いた。松田の少し先で小田急の線路がアンダーパスしていくが、その両路線をつなぐ線路が見える。これなしでは「あさぎり」という列車は存在できない貴重な路線だ。このあたりまで来ると景色もだいぶひらけてくる。右手に国府津車両センターが現れ、東海道新幹線をくぐって海が見えてくると国府津。御殿場線の本線はいったん高架に上がって東海道本線の旅客上下線の間に入ってくるが、地平のまま貨物上り線に合流する線路もある。もともとはこっちが本線だったんだろう。
国府津からは東海道本線で東京に向かう。1時間以上かかるのでグリーン車を奮発する。

今日の旅程:
東京(1103)→三島(1148) 469A
三島(1152)→沼津(1156) 439M
沼津(1219)→御殿場(1255) 2654G
御殿場(1336)→国府津(1435) 2542M
国府津(1448)→新橋(1544) 862M

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2012年5月12日 (土)

「朝鮮儒教の二千年」


地域としての朝鮮はかつて「東方礼儀の邦」「小中華」「東華」と自称していたくらいで、儒教道徳がもっとも純粋な形で浸透した国と言われている。
儒教の本家はいうまでもなく中国だが、その中国では仏教や道教が一定の影響力を保っていた。一番影響力が強いのは実際には儒教よりも道教かもしれない。しかし、朝鮮半島では高麗時代に仏教が力を持っていたが、李朝時代にはその反動もあってか儒教が重視され、国の規模が適度であることもあって、かなり徹底された。李朝の創設者である李成桂は熱心な仏教徒だったと伝えられるが、その即位にあたっての教書では「儒教立国」を宣言した(といって排仏を明言したわけでもない)。
しかし時代が進むにつれて先鋭化が進む。排仏は徹底されて政治的な影響力はほぼ失われた。儒教は科挙と結びついて政治思想を占有する。ことに朱子学が重視されて儒教の中でも陽明学などほかの学派は排除された。朱子学は日本でも特に江戸時代に官学として用いられたが、実際にはその大義名分論がとりいれられたに過ぎず朱子学の本旨である性理学は受容されなかった。朱子学はもともと、現世主義を規範とする儒教に理論的根拠を与えようとしたものですぐれて形而上的であり哲学的である。いきおいその議論は観念的となり、片言隻句を争ってさまざまな派閥がうまれ、その派閥が政治的党派と結びついて流血の政争をもたらした。李朝後半を通じて政局を支配した朋党がこれである。この朱子学一尊主義がもたらしたのは朋党の禍だけにとどまらず、実学の軽視をもまねいた。


専門家でもない三十一がこんなことを言うのは不遜だが、韓国・朝鮮人の国民性はこういうところから来ている部分もあるのかなあと思ってしまった。

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2012年5月 5日 (土)

2012年4月の打ち上げ

少し更新が遅れてしまいました。実は DB のほうは疾うに更新済みであったのだが、まとめるのが遅れた。
4月は6件、うち失敗が1件。失敗は例のあれである。

4/3 23:12GMT バンデンバーグ(アメリカ) / Delta IV (NROL 25)
4/12 22:39GMT トンチャンリ(北朝鮮) / Taepodong 2 (光明星3) - 失敗
4/20 12:50GMT バイコヌール(ロシア/カザフスタン) / Soyuz U (Progress M-15M)
4/23 22:18GMT バイコヌール(ロシア/カザフスタン) / Proton M (Yahsat 1B)
4/26 00:17GMT スリハリコタ(インド) / PSLV (RISAT 1)
4/29 20:50GMT 西昌(中国) / 長征3B (北斗M3,北斗M4)

Orbital Launch Chronology

北斗シリーズは相変わらず着実に打ち上げを続けている。去年は1年間で3機だったけれど、今年は4ヶ月で3機(打ち上げは2回)だ。
インドの PSLV は半年ぶりの打ち上げで、これまでと比べると少しペースが落ちている印象がある。PSLV は20回連続打ち上げ成功という信頼性の高いシステムだが、GSLV のほうは最近2回の打ち上げでいずれも失敗しているので、それが少し影響しているかもしれない。

例のあれにはあえて触れない。

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