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2012年6月20日 (水)

リーチ(愛媛タンキ)

生まれて初めて四国に渡り、高松駅に到着した三十一。さてこれからどうしようか。現在時刻は11時。帰りの夜行は21時過ぎ。いちおうあと10時間あるが、帰りの列車に万一乗り遅れるとかあるいは列車そのものがウヤ(運休)になったりしてしまった場合にあとの手を考えるためにも、少し余裕を持って戻って来ねばなるまい。

二個所を回るだけの時間はない。候補となるべき方向は3つ。松山方面、高知方面、徳島方面だ。この中でまず消えたのは松山方面だ。高松・松山間は全線電化されている。実は今回の旅で三十一は一度も架線の下から出ていない。非電化単線鉄道愛好会会長の三十一としては、やはり一度は非電化路線に出なくてはなるまい。松山の先、宇和島方面まで足を伸ばせば非電化になるのだが、宇和島まで往復するのは時間的に(できなくはないが)厳しい。
現在地高松から一番近い非電化路線は徳島方面の高徳線だ。高徳線は海沿いでわりと風景もいいらしいし、所要時間も1時間程度で手頃だ。徳島に着いたあとは、鳴門線を往復するとか、牟岐線方面に向かうとか、徳島線から阿波池田を経由して土讃線でもどってくるとか、いくつかバリエーションが考えられる。だが結局、三十一が選択したのは高知だった。土讃線はふたつのスイッチバック、大歩危小歩危の渓谷、吉野川を渡るあたりの佃の大カーブ、鉄橋上に駅がある土佐北川、と見所が多い。途中、徳島県西部池田町を経由するので、今回の旅で四国4県のうち3県を訪れることができる。
ただ、実際にダイヤを調べてみると、岡山から高知方面に向かう「南風」はかなり頻繁に走っているものの、高松から高知にむかう「しまんと」はそれほど本数が多くなく、次の列車は夕方。これを待つわけにはいかない。では高松から高知方面に向う人々はどうするかというと、「南風リレー」と銘打った快速列車が走っていて、宇多津-多度津間の適当な駅で乗り継ぐらしい。荷物をコインロッカーに放り込み、駅構内で軽食をとってから7000系電車の「南風リレー」に乗り込む。車内はロングシートとクロスシートが互い違いに配置されているが、特急利用者ばかりではなく普通に快速としても利用される列車なので、直前に乗り込んだ時点でもうそこそこ席は埋まっていた。西に向かって発車するとまもなく高徳線を左に分岐し、さらに上下線の間隔がひらいたその間には車両基地があって各種車両が留置されている。やがて海側に貨物駅が見えてきた。何か珍しいカマ(機関車)がいないだろうかと思って目をこらしてみたけれど、EF65が一両いるだけだった。坂出を出ると未乗区間に入る。宇多津から先、多度津までの間ではどこで列車を乗り換えてもいいんだが、高松で買ったきっぷの特急券が多度津からになっていたので多度津まで行く。多度津は古風な地平駅だった。降りた乗客の大半は向かいにとまっていた土讃線のディーゼルカーに乗り換える。同じ番線で特急を待つのは三十一を含めて数組らしい。自由席の号車を確認してそのあたりで待つ。7分の待ち合わせでやってきた特急に乗り込み、左側窓ぎわの席に座る。右側と左側、どっちが景色がいいのかわからなかったので、適当に選んだのだが、実はこれがハズレだった。行き当たりばったりだとこういった予習ができない。
多度津を出て土讃線を走り始めた列車だが、最初の駅である金蔵寺でいきなり運転停車。上り南風と交換して次は善通寺に停車。善通寺と言えば三十一には11という数字が頭に浮かぶ。陸軍創設当時は丸亀に置かれていた連隊はやがてここ善通寺に移され、以後日露戦争前の第11師団設置を経て現在では陸自第14旅団司令部が置かれており、一貫して四国の防衛の要となっているのが善通寺である。駐屯地が見えないかと思ってきょろきょろしてみたのだが見あたらなかった。琴電琴平線の線路が土讃線をアンダーパスすると琴平駅。いうまでもなく「こんぴらさん」の最寄り駅だ。電化はここまで。ここから待望の非電化路線となる。讃岐山地を越えるために高度を上げていくはずだが、思ったよりも勾配はきつくない。印象としてはほぼ平地で、言われてみれば心持ちのぼっているかな、という感じだ。しかし、遠景に見られた円錐状の独立峰がだんだん近づいてくるとともに重なりあって見えるようになり、山が近づいてきているのが感じられた。讃岐財田を過ぎると急に勾配がきつくなり、やがてトンネルを経て阿波国に入る。このあたりにスイッチバックの坪尻駅があるはずだが見つけられなかった。急に景色が開けると、眼下に吉野川が流れる盆地が見えた。だけど、これも右側なんだよなあ。ここからあの盆地におりるというのがちょっと想像しづらいくらいの高低差だが、山裾にそって一気に高度を下げると吉野川を渡り、左から徳島線が合流すると佃。ここでまたもや上り特急を待って、次の阿波池田に停車。三十一の世代では甲子園の常連池田高校でお馴染みだ。ここからは四国山地越えで、吉野川上流の渓谷沿いに分け入っていく。世に名高い大歩危小歩危だ。このあたりは路線改良のためにあちこちで線路が付け替えられており、そちこちにトンネルが介在する。小歩危渓谷は車窓左側に見えるのだが、やがて線路は渓谷をわたって大歩危は右側になる。見えやしねえ。山間の小駅である大歩危に特急が停車するのは、祖谷渓への観光の便を考えてのことだろう。大歩危トンネルを過ぎると通過する駅名が土佐なんとかに代わり、高知県に入ったことがわかるが川の流れる方向は変わらずまだ分水嶺を超えていないことがわかる。県境と分水嶺が一致していないのだ。この区間で注目は土佐北川と新改だが、どちらも見つけられないまま視界が急に開けたと思うと土佐山田に到着。ここはもう高知平野の入り口だ。後免では土佐くろしお鉄道のごめんなはり線が左から合流してくる。そして高架の高知駅に到着。

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高知駅前にはとでんの停車場がある。「都電」ではなく「土電」、つまり土佐電気鉄道である。駅前広場に中岡慎太郎と坂本龍馬と武市半平太の巨大な銅像が聳えたっているのだが、三十一はこういうのは趣味ではない。
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とりあえず今回の旅行での最高到達点であるから、なにか土産を買っていかねばなるまい。駅で会社向けと実家向けの土産を物色しているあいだに一番早い上り特急は出てしまっていたので、次の特急まで時間をつぶす。高知滞在時間は1時間半。のぼり特急で高松に向かう。今度は左側に席をとる。おまけに自由席車両の3号車は今度は先頭になるので、運転席を通じて前が少し見える。おお、前面展望ビデオで前に見たことがある土讃線と同じ景色だなあ、あたりまえだけど。
景色は格段に左側のほうが良い。新改のスイッチバックも、坪尻のスイッチバックも乗降ホームが見えるのはこちら側。土佐北川は、まあ前面が見えるから気づくことができた。大歩危渓谷はずっと左側だし、吉野川を渡って讃岐山地をのぼる時に眼下に池田の町と吉野川の流れを見おろすことができた。ただ基本的には折り返すなので詳しくは省略。書くほうも大変だし。
多度津駅で再び予讃線と合流、発車したところで煉瓦造りの給水塔と静態保存のSLが見えた。SLは軸配置1Cのモーガルで、でもテンダーに段差はついてないのでハチロクらしい。宇多津で南風を乗り捨てる。ちょうどこの駅で徳島からやってきた「うずしお」を併結して岡山に向かう。またもや「南風リレー」で高松を目指す。夕方で混んでいるせいか、席があいてない。運転席の直後に立つ。7時前、まだ明るいあいだに高松に到着。

サンライズが出る9時までに夕食をとろうと駅前で地図を見ていると、1ブロック先に高松城跡があり、その堀を埋め立てたところに琴電の高松築港駅があることがわかった。もう7時近いが、まだもう少しは明るいだろうと見に行くことにする。高松城は御三家水戸家の分家で18万石を領した松平家の居城で、石垣も立派なものだ。
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いっぽうの琴電の駅はこじんまりしていて、いかにも地方私鉄のターミナルという趣。

適当に夕食をとり、コインロッカーに預けた荷物を回収してサンライズに向かう。確保した部屋は14号車11号室。14号車ってことは一番先頭だなあ、一階かな二階かなと想像しながら向かう。デッキに入って案内を見る。11号室へは下向きの階段を使っていくように案内掲示がされており、「ああ一階か」と思いながら階段をおり、通路を歩くが11号室がないぞ。通路をつきあたったところにある階段をもう一度のぼると、そこに11号室があった。この先は運転室で行き止まりだ。一階でも二階でもない、サンライズでは数少ない地平レベルで、一番奥まったところにある、ある意味特等席だ。ただ、事故があったり火事になったりしたときには逃げにくいだろうな。そのときは運転室のデッキから逃げられるのかな。
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どうせこの前の通路を通る人はいないだろうからと、扉をあけっぱなしにしたままで発車を待つ。すると、運転席から指差喚呼やブザー音、操作音が丸聞こえであることに気づく。これは思ったよりもあたりかもしれないぞ。ここを狙って指定するテツもいるんじゃないかな。もはや景色は期待できない時間帯なので本を読んだりしてスゴしているうちに岡山でサンライズ出雲と連結し、そろそろ寝ようかと思いはじめたころに停車したのが三宮。翌朝、静岡で目が覚めたのは、運転士が交代するときのドアが開閉する衝撃で起こされたのだった。時刻は4時40分だが、もう明るくなってきている。このあとは寝たり起きたりしながら、提示の7時8分に東京着。

18日午後から19日の旅程:
高松(1213)→多度津(1243) 125M (7000系)
多度津(1250)→高知(1442) 39D (2000系)
高知(1613)→宇多津(1807) 52D (2000系)
宇多津(1810)→高松(1838) 160M (121系)
高松(2126)→東京(0708) 5032M (285系)

今回、四国4県のうち3県を訪問したので東京から地続きの46都道府県のうち、一度も足を踏み入れたことがないのは愛媛県だけになった。まさか愛媛が最後に残るとは。

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