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2012年10月 4日 (木)

相手の気持ちになって考える

最近、某サラ金のCMで「お客様の気持ちになって考える」というのをうたっているけれども、三十一はあれを見かけるたびにイラっとするのだ。
問題は「お客様の気持ちになって考え」た結果どういう対策が出てくるかであって、こんな精神論を押し付けて何かいいことをしたような気分になっているのだとすると救いがたい。

それはともかく、このごろ中国や韓国との間が領土をめぐってぎくしゃくしているが、これに対応するためには相手の気持ちになって考えることが必要だ。すぐ上で言ってることと違うように聞こえるかもしれないけど気にしない。
外交は相手があることで、相手が喜ぶこと嫌がることを把握した上でないと交渉はできない。どうも日本は相手が自分と同じように考えると思い込んでしまうことが多いように思う。国民性という言葉で安直に語りたくはないが、外務省のエリート連中であっても良くも悪くも日本人であるという前提から自由でいられないのだな。
確か加藤陽子の本で読んだのだと思うが、戦前の日本人は中国の抗日運動について「日本は条約に認められた正当な権利を行使しようとしているだけなのに、中国はその事実を認めずに排日抗日を繰り返して日本の正当な権利を侵害している」と本気で信じていたらしい。政府部内の見解にとどまらず、一般の認識でもあったという。だからこそ、日本の正当な権利を侵害する中国のみならず、それを理解せずに中国に肩入れする諸外国に対して反感を強めていく結果となった。日本人は~あえて「日本人は」と言うが~手続きさえきちんとしていれば誰もが文句を言わず従うと思っているようだが、実は「手続きなんか糞食らえ」と思う人が、またそれに共感する人が意外と世界にはたくさんいるということに注意する必要があるだろう。
「手続き上瑕疵がないから相手がどれだけ騒いでも出るところに出れば絶対に勝てる」と信じているのは生真面目な日本人くらいで、「形式は整っているかもしれないがそれは"正義"に反する行ないだからそもそも無効だ」くらいの反論は充分に予想してしかるべきだろう。"正義"なんていう人間の数だけあるものさしを持ち出してくると話が水掛け論に陥るのは目に見えているのだが、それ自体がひとつの戦術だ。

真面目さは日本人の美徳だと誇るのはいいけれど、言い換えれば日本人の生真面目さは希少だということになり、つまりは日本以外の大多数の人間は日本人よりも不真面目だということを意味する。三十一自身が日本人にしてはそれほど真面目ではないと自認しているのでよくわかるのだが、「手続き」にさほどの正当性を認めない人は意外に多い(多数派かもしれない)。

日本人の考え方は戦前と比べてもほとんど変わっていないとつくづく思うよ。

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