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2012年11月 2日 (金)

まずは形から

最近、というのは NFL のシーズン中ということだが、三十一の自宅のテレビはフットボール専用のモニターと化しておりほとんどニュースの類も見られていない。見るのは NHK BS で試合の合間に夾まれるニュースのヘッドラインくらいだ。

それでも漏れ聞こえてくるニュースから、政府と国会の仕事が何も進んでいないことが伝わってくる。赤字国債の発行そのものに三十一は賛成ではないが、財源の手当がつかないおかげで地方交付税が交付されずに困った自治体が借入でまかなっているという。元金分はいずれ交付されるにしても利息は自治体の負担になるとか。それは本来国が補填するべきだろう。

小沢一郎が目指した二大政党制のなれの果てがこの有様だ。当の小沢は鶏口になりたくて二大政党から飛び出していったが。

考えたのだが、二大政党制は政党間に政策や支持層に差があって初めて機能するんではなかろうか。アメリカの民主党と共和党は明確に基盤支持層が違っていて、選挙では中間層をいかにひきつけるかが勝負になる。しかし日本ではともに保守ということで立ち位置に大きな違いがない。選挙のときに「マニフェスト」として相手との違いを際だたせようとするのは、「マニフェスト」のベースとなるべき理念に違いがないからだ。特に民主党は、旧社会党組から自民党離党組までの寄り合い所帯が本質で、党員の立場は自民党から見てさらに左から自民党の位置を通り越してもっと右側まで広がっている。結局、民主党のアイデンティティは「マニフェスト」しかないわけで、だからあれほど「マニフェスト」に固執するのだろう。

アメリカのような「大きな政府をめざす民主党と、小さな政府をめざす共和党」、あるいはヨーロッパ諸国のような「保守のキリスト教民主同盟と、革新の社会民主党」といった、それぞれが目指すものを基軸にした二大政党制、もしくはそれに中間小政党がからんだ連立制でなければ政治が進むはずもない。
日本のように形だけ整えたとりあえず政党ふたつ作ってみましたというだけでは政策で争いようがないので結局は政局で動いてしまうことになる。なんでもまず形から入る日本人らしいなあ。

そう遠くない将来に選挙があるはずだが、そのときには形としての「マニフェスト」ではなくそれぞれの政党が「目指すもの」を見せてほしいと思う。まあ無理だろうけど。

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