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2012年12月10日 (月)

「政友会と民政党」



よかった、選挙までに読み終えることができて。

戦前、第二次護憲運動から五・一五事件までの間、政友会(立憲政友会)と民政党(立憲民政党)という二大政党が交互に政権を担当した時期があった。某一郎さんがめざした二大政党制は80年前の日本で実現していたのだがわずか10年にも足らずに機能しなくなった。なぜだろう。一般には、軍部の台頭によって政党政治が圧殺されたと言われているが、軍部の台頭を許した(少なくとも抑えることができなかった)のには、当時政権を担当していた政党にも責任がある。
この本の中で清瀬一郎の二大政党制を評した言葉:

「ただ政権争奪のための甲、乙両組にすぎない。それで争いをしようとするのだから腕力に訴えるか、相手の非をあばくかの他にすることがなくなるのは当然である」(意訳)

が引用されているが、そのまま現在にも通用すると感じたのは三十一だけではあるまい。
与党から政権を奪取するために、軍部の一部と手を組んで「ロンドン軍縮条約」や「天皇機関説」を政治問題化したのは政党だ。目先の勝ち負けのために自分で自分の首を絞めるような行動をとり、結果として政党に政権がまわってこなくなってしまったのは自業自得だが、本来国民の声を議会に吸い上げるパイプの役割をするはずの政党が機能しなくなり、ついには戦争にいたってしまった責任は重い。斎藤隆夫は終戦直後の日記に「乗ずべき機来れり」と書いたそうで、「反軍演説」で名高い代議士ではあるが政党人として戦争・敗戦をとめられなかったその責任をどう考えていたのかと思う。

さて民主党政権の3年間のみならず、自民党政権の末期も含めた近年の二大政党制運用を経た結果、国民は「いまの形の二大政党制では機能しない」ということを学習したのではないか。格差社会とは言われながらも欧米のような明確な階級が存在しない今の日本では、二大政党間にはっきりした路線の違いは生まれない。特に、所帯が大きくなればなるほど、政策は最大公約数的になって特色が出しづらくなる。むしろはっきりした政策(反原発でも原発推進でもいいが)を持った比較的所帯の小さな政党の連立によって政策を形成していくほうが国民の意見を反映できるのではなかろうか。
そもそも政党は政見を同じくするものの集合であって、政権獲得はその政見を政策にするための手段であり政権獲得そのものが目的ではないはずなのだが、手段と目的が倒置しているようにしか見えない。

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コメント

ロンドン会議での政党特に政友会のざまを見ていると鳩山も犬養も東郷も国賊、非国民でなくてなんであろうと思います。
今の政党が役人のいいなりなりになり、いいようにあしらわられているのを見ると、戦前の政党もこんなふうにしてだめになっていったのだなあと想像します。
マスコミ(含むNHK)や司法のでたらめさも今更ながらです。

投稿: | 2012年12月15日 (土) 22時07分

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