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2013年3月25日 (月)

デフレを脱却しよう

昨年末の衆議院選挙について、一票の格差が2倍を超えていることから選挙を無効とする判決が出た。

広島高裁が衆院選「無効」判決 戦後初 (NHK)

直ちに無効になるわけではないけれども、このまま放置する状態が続けば最高裁も無効の判決を出しかねない。定数是正は急務だ。

で、国会議員の定数の問題と言えば「定数削減」がよく言われている。あたかも国民の総意であるかのようだ。しかし三十一は、前にもどこかで書いたような気がするが必ずしも定数削減を求めるものではない。

その根拠はと言えば、そもそも「格差是正」と「定数削減」は両立しづらいということだ。
まず前提として、選挙区の区割りは都道府県境をまたがない、つまりひとつの選挙区に複数の都道府県の領域が含まれないとしよう。この前提はそれほど無理ではあるまい。
そうすると、鍵になるのが全都道府県のうちもっとも有権者数が少ない鳥取県である。総務省の資料によれば昨年の総選挙の段階で鳥取県の有権者数は約48万人だ(総務省 平成24年12月16日執行 衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調)。ちなみに同じ資料で全国の有権者数は約1億人。

現在、鳥取県には小選挙区が2つある。有権者24万人に対して1人の代議士数となる。この比率で全有権者に対する代議士の数を計算すると約420人になる。現在の代議士数が480、0増5減のあとでは475になるので、まだ減らす余地があるようにも見える。しかし、24万人という単位がひとりの代議士に対して適切だろうか。鳥取県の次に有権者が少ない島根県は60万人弱。24万人で割るとほぼ2.5になってしまう。選出される代議士の数は整数にしかならないので、2人にするか3人にするか悩ましいところだ。
少し考えればわかることだが、こうした単位は小さいほうが格差は生まれにくい。小選挙区ではなく中選挙区にしたとしても同じ計算が成り立つ。どうしても数を増やしたくないのであれば、県境をとりはらって現在の比例ブロックのような大選挙区にするしかない。そうすると必然的に比例代表が考えられ、より小さな地域(例えば鳥取県のような)の特質に応じた代表選出は難しくなる。

さて「定数是正」と「定数削減」の両立が難しいとして、ではどっちが優先されるべきかと考えれば、三十一の考えでは疑問の余地なく「定数是正」だ。「定数是正」は民主主義の根幹にかかわる問題だが、「定数削減」は単に費用の問題あるいは気持ちの問題でしかない。だいたい有権者の数に対する国会議員の数の比率が、日本はそれほど多いというわけではない。日本より高い国は珍しくない。例えば議会制度発祥の地であるイギリスでは、日本の半分の人口に対して下院議員は650名である(小選挙区制)。

三十一の主張は、「数が増えてもいいけどその分働け」である。働いている姿が国民に見えないから「減らしてもいい」という意見が出てくるのだ。実際、たまに国会中継をテレビで見たりすると、勉強している人はものすごく勉強していることがよくわかる。しかし委員会や本会議での議論が採決に反映されることはあまりない。だから働いているように見えないのだ。

そもそも、人を減らして経費を節約しようというのはデフレの発想だよ。国が率先して議員を雇ってバリバリ働かせるくらいの気概があってもいいだろう。国が率先してリストラに走ってどうする。国が、というのはつまり我々国民が、ということでもある。議員の雇用主は我々なんだということを思い出そう。

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2013年3月20日 (水)

2013年3月の桜

年度末恒例、3月28日付の異動が公表された。
想定されていたことだが、少なくとも将レベルに関しては小幅の異動にとどまった。
昇進/勇退は陸2、海1で合計3。空の異動はなし。

川又弘道(防25)・第13旅団長(陸将補)>第4師団長
武内誠一(防24)・第4師団長>陸自富士学校長
井上武(防22)・陸自富士学校長>勇退

岩崎親裕(防23)・北方幕僚長(陸将補)>技本技術開発官(陸上)
小渕信夫(防22)・技本技術開発官(陸上)>勇退

蔵迫兼志(鹿児島大)・海幕技術部長>技本技術開発官(船舶)
曽我真二(防21)・技本技術開発官(船舶)>勇退

特にコメントすることもなし。

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2013年3月17日 (日)

海の向こうの国会

中国の国会にあたる全人大が閉幕した。ちなみに日本では「全人代」と省略されることが多いけれども、現地では「全人大」以外の略称を見たことがない。フルネームは「全国人民代表大会」。「全国/人民/代表大会」か「全国/人民代表/大会」かの違いかな。

国家の重要人事が決まる大会ではあるのだが、大筋は去年の秋の党大会で決まってしまっているので、党大会に比べるとあまり興味がわかなかった。それでもいくつか想定外な人事があった。しかしまずは主要人事を概観しておこう。

国家主席・習近平 (1953生)
国家副主席・李源潮 (1950生)

全国人民代表大会常務委員会委員長・張徳江 (1946生)
全国政治協商会議主席・兪正声 (1945生)

国務院総理・李克強 (1955生)
国務院副総理・張高麗 (1946生)
国務院副総理・劉延東 (1945生)
国務院副総理・汪洋 (1955生)
国務院副総理・馬凱 (1946生)
国務院国務委員・楊晶 (1953生)
国務院国務委員・常万全 (1949生、人民解放軍上将)
国務院国務委員・楊潔篪 (1950生)
国務院国務委員・郭声琨 (1954生)
国務院国務委員・王勇 (1955生)

国家軍事委員会主席・習近平
国家軍事委員会副主席・范長竜 (1947生、人民解放軍上将)
国家軍事委員会副主席・許其亮 (1950生、人民解放軍上将)

一番意外だったのは、李源潮の国家副主席就任。李源潮は昨年の党大会で政治局常務委員に昇格しそこねてヒラの政治局員にとどまっていた。それが国家副主席という栄職につくことになったのは想定していなかった。これまでの国家副主席は、功労者の栄誉職的な位置づけか、さもなくば次代の指導者が当面その地位についている場合はほとんどだった。しかし李源潮はまだ現役バリバリで栄誉職につくような年齢ではない。とは言え、年齢的に習近平の後継者ということはあり得ない。昨年の党大会では共青団(共産主義青年団)派は上海派に破れたが、ここで巻き返しが奏功したのかもしれない。あるいは、習近平がやり損なった時のための保険か。

国務院では、総理の人事は既定路線。筆頭副総理は張徳江となった。現副総理で残留したのは張徳江のみ。王岐山は党中央紀律検査委員会書記に専念する。常万全は予想された通り国防部長に就任した。軍関係の人事はあまりおおっぴらに公開されていないが、漏れ聞こえてくる範囲においては、だいたいこれまでの想定通りに進んでいるようだ。

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2013年3月14日 (木)

「アフガン侵攻」


けっこう厚い本だけど、わりとさくさく読めました。
そこそこ予備知識があったせいかもしれないけど。

昔、秦郁彦編集の「世界諸国の制度・組織・人事」でアフガニスタンの項目を見ていたとき、歴代国家指導者の名前の横に"死亡"を意味する (x) というマークが並んでいるのを見て驚いたことがある。凡例としてはこの (x) マークには病死などの自然死も含まれているのだけれど、ここに限っては例外なく非業の最期を意味している。



1933年から40年にわたって王位にあったザヒル・シャー国王(21世紀に入ってから再度登場したが2007年に亡くなった)がイタリアを訪問している留守にかつての首相で王族のダウドがクーデターを起こして王制が廃止されたのが1973年。
1978年4月にダウドが殺害されて、共産党のタラキが大統領に就任するが、翌1979年9月にアミン首相に殺害される。反政府ゲリラを鎮圧するためにソ連軍の介入を要請したアミンだが、アフガニスタン国内に入ったソ連軍がまずしたことは、大統領宮殿を襲撃してアミンを権力からひきずりおろすことだった。この襲撃の過程でアミンは死亡する。アミンの代わりに大統領に就任したのはカルマルだが、ソ連が撤退を模索するにあたって障害になると考えられたため、1986年にナジブラに交代させられる。カルマルは病気治療の名目でソ連に亡命し、1996年にモスクワで病死する。後継となったナジブラは、1989年のソ連軍撤退後もしばらく政権を維持していたが1992年に首都カブールが反政府軍の手に落ちると、ロシアへの亡命を試みたが失敗してカブールの国連事務所にかくまわれていたが、1996年にカブールが今度はタリバンによって占拠されると国連事務所から引きずり出されて殺害された。
1973年から1992年までの20年間に5人の最高指導者が入れ替わり、そのうち4人が殺害されて1人が亡命したことになる。気をつけなければいけないのは、ソ連軍が侵攻したのは1979年12月で、その時にはすでにアフガニスタンは混乱状態にあったということだ。ソ連が侵攻したから内乱になったわけではないのだ。

ソ連のアフガニスタン侵攻は、それまでのデタント(緊張緩和)を吹き飛ばし、アメリカに強硬派のレーガン政権を誕生させ、1980年代の対決をもたらした。しかしソ連指導部にもソ連軍部にも、この介入を長期化させるつもりは最初からなかった。もともと介入要請はアフガニスタン政府(ダウドやタラキ)からあったものだが、ソ連は拒否し続けてきた。それが一気に介入に傾いたのは、アミンによるタラキ殺害がきっかけだった。ソ連はアミンを排除してもっとずっと穏健な政権を樹立させることを望み、そして実行した。

ソ連はアフガニスタンを16番目のソビエト共和国にしたかったわけではない。ただ、潜在的な不安定を抱えた中央アジア諸共和国のすぐ南側にアメリカやパキスタンの影響力の大きい政権が誕生するという悪夢を見たくなかっただけだった。だから、アフガニスタン政府が安定すればすぐ撤退するつもりだった。しかしソ連政府は、同じことを20年近く前にアメリカがベトナムで試みて失敗していたことを忘れていたか、あるいは見て見ぬふりをした。そしてアメリカと同じ過ちに陥ったのである。

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2013年3月11日 (月)

「ゼロリスク」と民主主義は両立し得ない

2年が過ぎた。

復興を早く進めようという総論に異論を唱える人はいない。
だが各論になると話はそう簡単ではない。実際に自分が負担やリスクを負う立場に置かれればなおさらだ。典型的なのが瓦礫や除染のための中間貯蔵施設で、必要性は認めながらも自宅の近くにもってこようと言うと激しい反対に遭う。火葬場やゴミ焼却場と同じだ。これまで原発を福島や新潟に押しつけておきながら瓦礫や汚染土を受け入れるのは拒否するというのはあまりに都合が良すぎる。だがこういう考え方は少数派のようだ。「子供がいないから言えることだ」と言われると反論ができないのだが。

ただ、このままずるずると復興が延びていくと、その結果生じるコストは結局自分たちに跳ね返ってくるのではないかという危機感を持っている。できるだけ早く「復興モード」を脱して自立してもらうためには、早く、大量に資源を投入すべきだろう。そのほうが最終的なコストは小さくなるに違いない。しかし日本では too little, too late な施策しかできていない。「被災者のことを考えて」というお題目はあるのだが、すべての被災者にとって都合のいい施策はあり得ない。民主的にやろうとするとどうしても時間がかかる。それとスピードをどう両立させるかが問題だ。こういう状況になると「独裁が必要」とか言い出す輩が現れる。南米やアフリカだったらクーデターを起こされかねない。強権に頼らず復興を進めることができるか、日本の民主主義が試されている。

すべての人にとって都合のいい解決策は存在しないのと同様に、まったくリスクのない解決策も存在しない。あの震災で「ゼロリスク」はあり得ないと学んだはずなのに、なおも「ゼロリスク」を求めるのは、本当の意味での学習能力がないということだ。現在被災地に山積しているリスクをわずかでも引き受けることを拒否していては、結局いつまで経ってもリスクは残り続ける。広くリスクを分散することで事実上無視できる程度までリスクを低減するという発想が必要だろう。

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2013年3月 8日 (金)

無作為爆撃

ちょっと前の週末のことだが、朝電話がかかってきて起こされ、出てみると某国営放送の「世論調査なんですが」。
よくニュースでやっている「コンピューターで無作為に選択した電話番号に」というヤツらしい。

寝起きを襲われて不機嫌だったので一瞬断ろうかとも思ったのだが、少なくとも一度くらいは実際に体験してみないと文句を言うにも説得力がないだろうと受けてみることにした。調査のテーマは電力とか原子力とか、まあそういう内容だった。

バイトというわけではないだろうが、とても記者とも思えない、とにかく原稿を読むことだけは得意ですというような流れるような、しかし明らかに用意された原稿を機械的に読んでいるのがまるわかりで繰り出される質問に次々に答えながら、三十一はなんだか不思議な違和感を禁じ得なかった。

質問と回答の組み合わせは2パターン。
ひとつは、「あなたは○○と思いますか? A.まさにそう思う、B.わりとそう思う、C.あまりそう思わない、D.まったくそうは思わない」
そしてもうひとつは、「あなたは○○に賛成ですか? 賛成、反対、どちらともいえない」

この手の質問があわせて15問くらいあっただろうか。
三十一はその都度、自分の考えに一番近い選択肢を選んで回答するわけだが、にもかかわらず回答した瞬間に自分自身の答えにしっくり来ないものを感じてしまった。自分が言いたいことはそういうことじゃないんだよなあと思いながら回答は終了。電話を切ったあとに釈然としないものが残った。

以前からニュースを見ながら「どこまで信用できるものやら」と思っていたんだが、今となっては断言できる。「あんなもん当てにならん」。

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2013年3月 7日 (木)

「ビブリア古書堂の事件手帖4」


最近ドラマ化されてるけど、それとは関係なく読んでいた本。主役を剛力彩芽が演じてるらしいが違和感ありあり。そのせいもあって、ドラマは見る気がしない。

読んでいて「どこかで似たような設定を見たことがあるなあ」と思っていたのだが、何だかわかりましたよ。「"文学少女"」ですね。古書かどうかという違いはあっても、本をモチーフにしたミステリーという点は共通。ホームズ役が女子で、語り部兼任のワトソン役が男子というところも同じだ。


三十一もわりと古書店をまわるほうだと思うが、いわゆる古書マニアとはちょっと違って、興味をもつジャンルに新刊が少なく、古書に頼らざるを得ないという事情があるのだ。

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2013年3月 3日 (日)

「彷徨える艦隊8」


前にも(多分「ハルヒ」の感想で)書いたような気がするのだが、この種の長編を読むときには前巻のことを忘れてしまっていることが多い。執筆している方は、前巻を書き終えてすぐ続けて次の巻の執筆にとりかかるのだろうから、その間に時間的なギャップはない。しかし読むほうはそうはいかない。完結済みのシリーズをまとめて読むのでなければ、例えば一週間かけて一冊を読んでまた3ヶ月とか半年待つ、というサイクルになる。覚えられるか。ハヤカワ文庫では、登場人物の簡単な紹介が載っているのだが肩書きに毛が生えたくらいの説明しかないことが多い。

特にこの8巻では、登場民族(人物ではなく)が多すぎる。4ないし5(アライアンスとシンディックを同一と数えるかどうか)の異なる民族(あるいは人種)が登場しているが、本当にこれだけをいっぺんに出す必然性があったのかな。いや、自分の記憶力が衰えているのを他人のせいにしているわけではなイデスヨ?

ギアリー元帥の艦隊は、元帥が地球にいてもらっては困る誰かのために敵地深くに送りこまれていくつもの異星人と接触し、ときには戦闘しときには協調しながら地球への帰還を目指す。そういう意味では第一部と似た設定だなあ。

さて、この巻で三十一がもっとも印象に残ったのは無名下士官の次のセリフ。

"まともに仕事をするための時間は足りないのに、どうして、やりなおしのための時間はたっぷりあるんですか?"

はじめにちゃんと時間をかけることが結局は時間の節約になるということは、みんな理屈ではわかってるんだろうけどすぐ忘れちゃうんだよなあ。最近、三十一も同じようなことがあって身につまされる。

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2013年3月 1日 (金)

2013年2月の打ち上げ

先月は6件、うち1件失敗。

1日 06.56GMT シーランチ/ゼニット (Intelsat) - 失敗
6日 16.04GMT バイコヌール/ソユーズ (Globalstar × 6)
7日 21.36GMT クールー/アリアン5 (Africasat1-a, Amazonas 3)
11日 14.41GMT バイコヌール/ソユーズ (Progress M-18M)
11日 18.02GMT バンデンバーグ/アトラス5 (Landsat)
25日 12.31GMT スリハリコタ/PSLV (SARAL, Sapphire, NEOSSat, UniBRITE, TUGsat-1, AAUSAT3, STRaND-1)

珍しく中国の打ち上げがないね。
ゼニットの失敗は、打ち上げからほどなく1段目で何らかの不具合が検知されてエンジン (RD-171) がシャットダウンされたらしい。その時点ですでにコースを外れ始めていたという報道もある。誘導とか姿勢制御に根本原因があったのかもしれな。

いつもだったら、Orbital Launch Chronology へのリンクを貼るところだが、NSSDC のサイトの情報の更新が遅くて ID が確定できないので(想像はつくけど)まだ DB に入力していない。しばらく待って更新されないようなら Zarya から持ってこよう。

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