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2013年5月 5日 (日)

私鉄に乗ろうよ

用事があって、大阪に一泊で出張(仕事とは関係なく)してきたので、帰りに名古屋に寄ってくることにする。なぜ名古屋なのかというと、三十一にはやらなくてはいけない仕事がいくつかあって、その一つが名古屋、というか東海地区だったのだ。

やらなきゃいけない仕事というのは、

1. 北陸新幹線が開業(2014年度末予定)して経営分離される前に未乗車の長野-直江津間に乗ってくる。
2. 電化される(2014年度末予定)までに未乗車の武豊線に乗ってくる。

ここまでのふたつは期限が切られている。このほかにも

「未乗車の九州新幹線・博多-新八代間に乗ってくる」「未乗車の山形新幹線・山形-新庄間に乗ってくる」「電化期成同盟が暗躍する関西本線・亀山-加茂間に乗ってくる」「千葉県内の非電化区間である久留里線・小湊鐵道・いすみ鉄道に乗ってくる」などの仕事が三十一を待っている。

前日まではカレンダー通り仕事だったので、朝早起きして東京駅に向かう。会社に行くときに比べてずっと早く。6時半近くに東京駅につく見込みで山手線に乗っているとそれらしい乗客が目についてちょっと不安になった。当然のことながら指定席は全滅。2時間半くらいなので最悪立ってでもいいけど、大阪でも歩き回る予定なのでできれば座って行きたい。新大阪止まりの「のぞみ」にねらいを絞って並ぶことにする。競争相手は少ないほうがいい。30分くらい後の新大阪行きに並んで、首尾良く座席にありつく。ちょうどいいことに狙って乗れない N700A系でした。

一昔前の三十一だったらさっそく PC を取り出してなにやら始めるところだったかもしれないが、もうそんな気力もないので窓の外を眺めたりして過ごすことにする。それより何より、朝早かったので眠くなってきた。しかし N700A系の座席はあまり座りごこちというか寝心地が良くない。去年乗った E5系に比べると雲泥の差だ。これは「少しでも多く乗ってほしい」JR東日本と、「いくらでもいる乗客をいかにしてさばくか」のJR東海の発想の違いから来るのかな。最近は指定席と自由席で座席のグレードに意図的に差をつけることがあるので、その違いかもしれないけど。

座った座席はいつもと違って山側。これも意図的に普段と変えてみたもの。しかし新横浜を出てしばらくしたころに意識がなくなり、ふと気づくと安倍川を渡っていた。相模川とか富士川はどうした? 珍しく山側に座ったので富士山が見られるかと思っていたのに、しっかり見逃した。そうして、次に気がついたときには、矢作川を渡っていた。あれ、天竜川は?
名古屋を出て稲沢貨物を右に見て進む。伊吹山麓を走りながら「こんなところに住めたらいいなあ」と思う。無いものねだりだとはわかっているけれど。ちなみに三十一が考える理想の住まいはクーラーの不要な家。
新大阪に定時到着。ホテルに荷物を預けて用事を済ませる。

夜ホテルにチェックイン。けっこうぎりぎりに探したので何の変哲もないビジネスホテルのわりには高くついた。普段ならこの半額で泊まれるだろう。移動の便がいいのが取り柄か。
さて翌日の予定を考えよう。明後日は当番なので遅くとも明日中には東京に戻らなくてはいけない。名古屋に寄って武豊線に乗ってくるのはほぼ確定している。問題は名古屋までどうやって行くかだ。素直に考えると新幹線が速くて楽だが、それだとあまり代わり映えしない。まだ連休終わりには間があるので選択肢はあるはずだ。もうひとつ考えたのが、JR難波から関西本線で奈良を経て名古屋まで向かうというもの。けっこう魅力的だったのだが、後ろが決まっている状況では時間が読めなさすぎる。結局選んだのは、近鉄の名阪特急で名古屋に向かうというもの。去年、逆方向で乗ったルートではあるのだが大半を寝てしまっていたので乗り直しだ。

翌朝、6時半に起きてチェックアウトする。絶対明け方に一度目が覚めるだろうと思ったので目覚ましもかけずに寝たら案の定5時半に一度目が覚めた。もう一度起きたら6時半だったので起き出す。じじいか。ホテルと地下鉄の駅のあいだに学校があって、垂れ幕がかかっていた。よく見かける「コンクール出場決定」とか「なんとか大会何位」という類のあれだ。

20130504_0705small

一瞬見たときに何かと思った。「○○も許さん」? 何のことだろうと思ったのだが、「"○○もゆる"さん」ですね。ひねった名前をつけるのもいいが、こういうリスクがあったとは両親も想像していなかっただろう。

大阪難波駅から近鉄特急で名古屋へ。車両はアーバンライナー plus 21000系。残念ながら窓ぎわは空いておらず、通路に面した席になった。しかし、通路上に液晶モニターがあってときどき(ずっとではない)前面展望を映してくれる。しかしこのモニターが中古再生品なのか、まだらに黒ずんでいる。最初はわざとああいう模様をしているのかと思いましたよ。更新されたのか室内は綺麗なので余計にギャップが目立つ。鶴橋付近で地下から地上に出、布施で奈良線と分かれて生駒山脈を左手に見ながら進む。このあたりは前回でも覚えがある。大和川・関西本線・近鉄大阪線・近鉄南大阪線・国道25号線・西名阪自動車道はほぼ同じ地点で生駒山脈を横切って奈良県に入る。奈良県自体は初めてではないが、鉄道に乗ってくるのは(記憶がまったくなかった前回を除くと)初めてだ。奈良県に入ると家の数がめっきり減って田んぼが目立つ。奈良盆地は条里制の遺構がよく保存されている地域として知られているが、このへんもそうなのかな。大和八木に停車。「吉野方面のりかえ」という表示を見て、ああ大阪から吉野ってこういう距離感なんだと思った。関東平野は広い分、山が遠い。
大和八木を出たあたりからはっきりと近郊区間ではなくなる。モーター音が高くなり、強い登り勾配であることがわかる。勾配の頂点で比較的短いトンネルを通過して、下り勾配に転じる。これで県境を越えて伊賀に入ったのかな、と思ったがあとで地図を見るとこの区間の分水嶺は県境にはなっておらず、まだ奈良県の内だった。やがて本当に伊賀に入り、名張停車。このあたりは伊賀盆地で、起伏がないわけではないがこれまでの山中に比べるとだいぶ開けている。伊勢神戸では伊賀鉄道の線路が見え、ちょうど向こう側から電車が接近してくるのが見えた。ああ、あれにも乗らなきゃと思ったが今回は時間がない。そして新青山トンネルに突入。5652m の全長は大手私鉄では最長である。伊勢中川駅構内の単線短絡線を通過して名古屋線に入る。津停車。津はJRとの併設で、ここからJRに乗り換えてもよかったんだと思いついたが後の祭り。このあと、白子、四日市、桑名と停まって名古屋へ。この間、ナローの近鉄内部線だの三岐鉄道だの養老鉄道だの、乗らなきゃと思う路線がたくさんあるが乗ってる時間がない。

名古屋に到着して、さて武豊に向かうのだが、単純に東海道線-武豊線を往復するのでは面白くない。JR武豊駅と、名鉄知多武豊駅は徒歩で10分。行きと戻りでルートを変えよう。最初の予定では、往路がJRで帰路を名鉄にするつもりだった。しかし近鉄の中で武豊周辺の地図をみていると、名鉄の駅が少しわかりづらいように見えた。さすがにJR側は古いだけあって主要道に面しており間違えようがないが、名鉄の駅への入口は地図ではよくわからなかった。そこで、徒歩ルートをJR→名鉄ではなく、名鉄→JRとするために、往路を名鉄、復路をJRとすることにする。今回名鉄に乗ってみることにしたのは、往復のルートを変えるのに加え、これまで名鉄の路線というものに乗ったことがなかった、というのもある。いわゆる大手私鉄16社のうち、これまでまったく乗車したことがないのは西鉄、南海、名鉄、そしてなぜか相鉄。少なくとも一回は名鉄の「顧客」になっておきたいと思っていたのだ。

名古屋駅にはもう一度戻ってくる予定だったので、荷物を預けようとコインロッカーを探したがどこも空きなし。しかたないので荷物を持って武豊に往復する。PCは入っているけどそれ以外が荷物を極力少なくしてあるのでそんなに大変ではない。名鉄名古屋駅で時刻表を調べてみると、5分後くらいに内海行きの特急があるようだ。特急といっても名鉄特急は特別車両を除いて追加料金不要。きっぷを買って乗り込む。内部はロングシート部分と転換クロスシート部分の混成。名鉄名古屋駅は地下駅だが、出発してすぐに地上に出る。神宮前で名鉄本線から離れて常滑線に入るが、ここは中部空港へのミュースカイが行き交う路線。きちんと整備されているらしく乗り心地は悪くない。太田川でさらに常滑線から離れて河和線に入る。常滑線と比べると少し速度が落ちたように感じる。知多武豊で下車。なんの変哲もない相対ホームの駅だが、それぞれのホームに改札口があって、主要道に向かう細い路地がつながっていた。結果としては取り越し苦労だったかもしれないが、それも結果論だ。

10分ほど歩いて武豊駅へ。この駅は、明治19年に武豊港に陸揚げされた建設資材を名古屋、岐阜を経て敦賀方面に輸送するために鉄道が敷設されたときに開かれた。東海地方で最も古い鉄道駅のひとつで、数か月とはいえ名古屋駅よりも開設は早い。もちろんその当時の建物は残っていないだろうが、それでも風格を感じさせるたたずまいだった。しかしすでに架線柱が建てられている。この時間帯、武豊線の列車は30分に一本。ちょうど15分くらいで次が来る。深浦駅で2時間待つことと比べたら楽なものだ。やがてやってきた列車はキハ75系4連。次の東成岩駅で衣浦臨海鉄道半田線がわかれていく。半田駅は、武豊駅よりもさらにオーソドックスな昔風の駅。三丁目の夕陽に出てきそうなくらい、ある種ステレオタイプな昭和の駅。30年前の大磯駅を思い出した。沿線には「武豊線複線化電化」を目指す看板が立っている。電化は実現することになったが、複線化は難しそうだ。少なくとも駅周辺では線路脇まで家が建ち並んでいて用地が確保できそうもない。東浦では衣浦臨海鉄道の碧南線が接続している。乗れるものなら乗ってみたい。築堤をかけのぼり、東海道本線の下り線をオーバーパスして上下線の間に割り込む形で東海道本線に合流すると大府。ここからは区間快速運転だが、たぶん熱田駅で後続の快速電車に追い抜かれた。

名古屋で列車をおり、いったん改札を出ようと構内を歩いているとき、ズボンのポケットに入れていたはずのコンデジがないことに気づいた。他のポケットやカバンの中を探してみたが見つからない。さては列車の中に置き忘れてきたかとホームに戻ってみると列車はすでにホームにいなかった。というわけで今回は武豊駅の写真はありません。スマホでとった写真でお茶を濁す。

名古屋から新幹線で帰京。"のぞみ"だが今度は N700系。14時くらいに東京に着いたが、考えてみればホテルでチェックアウト時間ぎりぎりまで休んでからまっすぐ新幹線で戻ってきても同じような時間になっただろう。わざわざ早起きしてなんでこんな面倒くさいことをしているのやら、と我ながら馬鹿馬鹿しく思わなくもない。

ところで今回、大阪市内での地下鉄での移動、それから武豊から名古屋までのJRでの移動、すべて Suica で済ませた。便利さを実感する。

今回の旅程:
(5/3)
東京(0720) → 新大阪(0953) 9205A (N700A系)

(5/4)
大阪難波 (0730) → 近鉄名古屋 (0949) 107レ (21000系)
名鉄名古屋 (1011) → 知多武豊 (1046) 306レ (2200系)
武豊 (1108) → 名古屋 (1202) 4523D (キハ75系)
名古屋 (1220) → 東京 (1403) 6156A (N700系)

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