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2013年6月10日 (月)

越後ときめかない鉄道

JR東日本の「週末パス」はけっこう使い手のある商品だと思うのだが、使用開始前日までしか販売していないのは何故だろう。三十一はだいたい出立を思いつくのが直前のことが多く、当日の朝ということも珍しくない。でも当日朝だともう「週末パス」は買えないのだ。旅行する場合はある程度事前に計画するのが一般的ということを認めるのにやぶさかではないが、当日思い立って旅行するような旅客をわざわざ排除するような商品設計は理解できない。ちなみに三十一の場合、大まかなパターンをいくつか事前に用意しておいて、当日の気分や天気などに応じて適宜選択して、微調整しながら実行するのが常である。

今回の場合、週末に出かけること自体はわりと前から(といっても水曜くらいかな)に決めていた。この週末は他に予定(や当番)が入っていなかったのと、この時期は日が長く夕方も7時くらいまで明るいのででかけるには最適だと考えたからだ。普通の旅行ならそんなに重要な要素にはならないだろうが、三十一の旅行ではけっこう重要な要素になる。基本的に初めて乗車する路線は日があるうちに(つまり景色が見えるうちに)乗ることにしているからだ。それでもぎりぎりになるまで切符や宿の手配はしない。後戻りできなくなっちゃうからね。三十一は何によらず将来を拘束されるのが大嫌いなのである。今回はやむをえず前日金曜の夜、会社帰りに「週末パス」を買った。これで(行き先がどこであれ)出かけることが確定。

先月の武豊線もそうなのだが、最近は「うしろが決まっている」未乗車路線を優先的に処理することを考えている。未電化の武豊線を、電化が完成する前に乗車したのでひとつはクリア。そしてもうひとつ残っていたのは、2014年度末に北陸新幹線が開業するとJRから分離されて第三セクターに移管される路線のうち、まだ乗車していない信越本線の長野-直江津間である。このほかに北陸本線の金沢-直江津間も移管されることが決まっているが、こちらは何度か乗っている。問題の長野-直江津間は長野県と新潟県の県境になるが、うち長野県側は既存の「しなの鉄道」が運営する予定だ。新潟県側は新設の「越後トキメキ鉄道」が運営する。しかしこの区間は全体として一体に運営される見込みで、乗客にとってはそれほど大きな変更にはならないだろう。それでも今のうちに乗っておきたかった。

東京から長野に行くのに一番簡単なのは北陸新幹線(長野新幹線)を使うことだ。在来線である信越本線は横軽が分断されてしまったので、鉄道を使うのであれば北陸新幹線を使うしかない。しかし今回の三十一は終点の長野までは行かず、軽井沢で新幹線を降りることにした。新幹線ではなく、「しなの鉄道」で長野に向かう。
実は三十一はこの区間をかつての信越本線時代に乗車したことがある。あるはずなのだが、小学生時代でほとんど記憶がない。当時「子ども会」でスキー合宿をすることになり、学校が終わってから信越本線の急行列車で長野まで行き、さらにバスに乗り換えて野沢温泉に行ったことがある。おそらく「信州」か「妙高」で169系だったことは今考えれば確実なのだが、そのころはもちろんそんなことを知る由もなかった。夕方出て夜中に到着したので景色も見えなかったし、現在の三十一の基準では「乗車」したうちに入らないだろう。
実はこういう三十一にとって「乗ったはず」という路線がいくつかある。中には「乗っていてもおかしくないが定かではない」というのもある。例えば阪急の宝塚線とか、伊豆急線とか、東金線などがこのカテゴリーに分類される。信越本線のこの区間もそのひとつだ。ただし、小諸-長野間はその後中学生の時に再乗車している。

写真は現駅舎ではなく、その隣で保存されている旧駅舎。
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鉄ちゃんのために一枚くらいは車両の写真を載せておかなくてはなるまい。
「しな鉄」の115系電車。
Img_2263s

浮かれた観光客でにぎわう軽井沢を「しなの鉄道」の115系電車であとにする。複線電化のかつての特急街道だけあって線路はしっかりしている。しかし115系電車はそれほど飛ばさない。このあたりは学生時代から20代にかけて車では何度も来ているが、鉄道に乗るのは実質的に初めてだ。適当に田舎でいい感じだなあ。左側から小海線が合流すると小諸。ここでいったん乗り換える。乗り換えた列車も115系だが。車内は地元民と思しき乗客で意外に混んでいる。西上田では貨物用の側線が見られたが残念ながら車両は目撃できなかった。しかし坂城ではすぐ隣の線路に石油タンク車が停車していてじっくり眺めることができた。先頭のカマ(機関車)はEH200でした。EF64を期待していたのだが。

長野に到着。今夜の宿は長野にとってあるので、余裕があれば荷物を預けていきたかったのだが時間がなくそのまま乗り換え。またまた115系。進行方向右側に席をとる。妙高山系は左側になるのだが、天気がそれほどよくなくかすんで見えない。北長野の貨物駅と車両基地を右に見て進む。211系電車が大量に留置されているのは、廃車待ちかな。ここだけでは足りないのか、途中駅の側線にも留置されているのを見た。右側かなり離れて北陸新幹線とおぼしき高架橋が並行しながら延々と続いている。土木工事はほぼ完成していると聞いていたがそれを実感した。開業したらもちろん(ほとぼりが冷めてから)乗ってみたいとは思っているが、在来線にいろんな影響が出るかと思うと複雑な心境である。

北長野を出ると単線になる。三才で対向列車と行き違い、豊野で飯山線を分岐する。線路の方向はあたかも信越本線のほうが直進する飯山線から分岐するかのように左に曲がっていく。しかし実際には信越本線の開業は明治21(1888)年、飯山線(当時は飯山鉄道)の開業は大正10(1921)年で信越本線のほうが30年以上古いのだ。鉄道開業前の長野と新潟方面の交通は千曲川沿いの飯山街道が主流だったそうだが、その事情がわかるようだ。信越本線開業当時に飯山街道沿いに鉄道を敷設しなかったのは、建設資材を陸揚げする直江津港と最短で接続する必要があったためらしい。飯山線とわかれると長野盆地を離れて勾配を登りにかかる。はっきりと速度が落ちてモーター音が高くなる。右手に野尻湖があるはずなのだが、山の向こうらしく見えやしない。線路は川に並行して高度を上げていく。頂点で県境になるのが妙高高原駅だ。この駅にはかつて車できた記憶がある。妙高山系を二泊三日でアタックした帰りに寄ったのだ。もっとも三十一はみんなが妙高山に登っていたあいだベースキャンプで飯を作っていたのだが。その妙高山も靄に隠れて見えない。ここから日本海に向かって今度は下りにかかる。関山駅はかつてスイッチバック駅だったが、現在は保線車両の留置線にわずかに痕跡を残すのみだ。しかし次の二本木駅は今では珍しくなった完全なスイッチバック駅だ。右手下方に線路が見えたかと思うと、すれ違う対向列車が停車しているのが見えた。三十一が乗っている電車が本線を左に外れたところにある駅に停車すると、まもなく対向列車が同じようにホームの反対側に入ってきた。客扱いを終え、まず対向列車が出ていくと今度は三十一が乗った電車が逆方向に走り出し、さきほど対向列車が停車していた線路に入っていく。そしておもむろに本線に出て直江津方面に向かう。まるで鉄道模型のジオラマのようだ。しかし二本木駅自体は勾配区間の終端に近いところに位置しているらしく、まもなく田んぼの広がる平野部に出た。山中を走っている間は隠れていた新幹線の高架橋がまたまた姿を見せるようになり、信越本線を乗り越えて右手から左手に出たところに脇野田駅がある。この駅は新幹線が開業すると接続駅になるはずで、実際新幹線側には駅の構造ができあがっているが脇野田駅自体は古色蒼然たるおもむきで、新幹線側になるはずの左手に出る通路も見当たらず、駅舎は新幹線とは反対の東側に向いている。脇野田駅と新幹線駅のあいだは一面の空き地でこれがやがて駅前広場になるんだろうが、この脇野田駅は新幹線開業にあわせて移転されて取り壊されることになるのかな。このあたり、新井、高田、直江津とそこそこ名の知れた駅が並んでいるが逆にいうとどれも突出していないということか。そこにさらに新幹線の新駅が加わることになるのだろう。新井駅では快速「くびき野」に乗り換える客が降りていく。あれは485系1000番台ですなあ。北陸本線と合流すると直江津。ここも線路名称上は新潟に向かう信越本線に北陸本線が合流する形になるのだが、実質的には北陸・信越線からなる複線の日本海縦貫線に長野方面からの単線の線路が合流しているのが実態だ。

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直江津駅は小奇麗だが無個性な駅舎だった。少し前までは古い趣のある駅舎だったらしいのだが、残念なことだ。15分ほどで折り返す。これに乗らないと日のあるうちに長野に帰れない。そしてまたもや115系。今日4本目だ。折り返しだから当然だけど。西に向かって発車した電車は日本海縦貫線の複線を乗り越して左側にわかれていく。脇野田では改めて駅周辺を観察してみたが在来線の駅がどこにできるのか見当がつかない。新幹線高架橋と交差するあたりにもそれらしい施設は見当たらない。どういうことかと思っていたが、高架橋をくぐるときにその下でなにやら工事をしているのを発見。まだはっきりしないが、あれは線路の基礎工事ではなかろうか。だとすると、在来線の経路自体を変更して新幹線の駅の真下に引き込んで連絡駅にするつもりなのかな。そう考えると、現在の駅に何も手が加えられていないのが納得できる。あとで調べてみるとまさにそういうことらしい。なお、この前日にJR東日本から駅名が「上越妙高」に決定したと正式に発表されていた。

7時ちょっと前に長野到着、食事をしてからホテルにチェックイン。特にすることがないので総選挙の開票など見てから就寝。

本日の旅程:
上野 (1130) → 軽井沢 (1226) 519E (E2系)
軽井沢 (1305) → 小諸 (1328) 767M (115系)
小諸 (1355) → 長野 (1501) 649M (115系)
長野 (1516) → 直江津 (1655) 353M (115系)
直江津 (1707) → 長野 (1850) 356M (115系)

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