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2013年6月24日 (月)

「アレクサンドロス大王」


けっこう前に読み終えた本だけど、著者が女性だというのを今知りました。

アレクサンドロス大王は世界史上の大有名人で、ギリシャとマケドニアがともに「自分たちの祖先だ」と争っている。現代から2300年前の人物に対する関係性をまじめに争うのも不毛だし、そもそもその間にはビザンチンやトルコによる支配という断絶をはさんでいるから、ギリシャにしてもマケドニアにしても直接の関係はもう無いと言っていいだろう。

この中で著者は最近のアレクサンドロス大王研究の傾向として「ミニマリズム」を指摘する。
「ミニマリズム」とは、歴史上の人物の行動の動機をあまり大きくとらず、必要最小限にかぎって考えるもので、実はこれは単にアレクサンドロス大王研究だけではなく、近年の歴史研究の一般的傾向と言ってもいいだろう。
たとえばアレクサンドロス大王やナポレオン、ジンギスカンや織田信長のような大きな業績(征服)を成し遂げた人物が、あたかも最初からこうした結果を求めて事業に着手した、と考えるのが古典的な歴史認識だった。しかし近年では、そのときどきの状況に応じて都度選択してきた結果の積み重ねが、最終的に大きな成果を生んだと考え、都度の選択の過程を研究・評価する手法がアカデミックな歴史研究では一般的になっている。
言い換えれば、最終的な結果と当初の動機を切り離して考えるということになり、よく考えれば当然のことでしかないのだが、かつてはこういった把握の仕方ができていなかった。アカデミズムの要請から自由なポピュリズムの世界においては、まだこのような「織田信長は天下統一をめざして桶狭間に出陣した」的な捉え方が幅を利かしているけど、それは結果から動機を求めるもので本末転倒だよ。

しかしこの「本末転倒」は歴史認識だけでなくいろんなところにはびこっている。

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